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◆第29話「錬金術師の紙吹雪と『PPP(パーフェクト・ポテト・ポートフォリオ)』」

 王都の大手銀行「グランド・ポテト・バンク」の金庫室。かつては金貨の山で輝いていたその場所は今、天井まで積み上げられた「紙くず」で埋め尽くされていた。農民たちに乱発した「ドリーム開墾ローン」の借用書だ。担保は岩山や沼地。冷静に見れば、焦げ付き寸前の不良債権の山である。


「……終わった。これ以上、貸す現金がない」支店長が頭を抱えていると、王都から派遣されたエリート金融魔道師たちが、颯爽と現れた。彼らはパリッとした法衣をまとい、計算尺と水晶玉を持っていた。


「嘆くことはありません、支店長。その紙くずこそが、新たな錬金術の材料なのです」

 リーダー格の男が、不敵な笑みを浮かべて言った。

「この借用書を、魔法にかけて『商品』に変えるのです」


 彼は黒板に、一般人には理解不能な複雑怪奇な数式の魔法陣を描き始めた。

「いいですか? 一人の農民に貸すのはハイリスクです。しかし、数千人分の借金を束ねて『ポートフォリオ』にすればどうなるか? 確率論の魔法により、リスクは霧散し、純粋な利益だけが結晶化するのです!」


 つまり、農民から高い利息を取る権利を束ねて平均化すれば、安定した利息収入を得ることができるというのが、新しいアイデアの基本である。


 支店長は目をぱちくりさせた。

「……つまり、腐った芋も、一万個集めて煮込めば宝石になるということかね?」「その通り! 我々はそれを『PPPパーフェクト・ポテト・ポートフォリオ』と名付けました!」


 金融魔道師は、汚れた借用書の束を、金箔で彩られた美しい証券の箱に詰め込んだ。そして、その上に高らかにハンコを押した。【格付け:トリプルP(超優良・絶対安全)】


「ご覧なさい。中身は泥だらけの借金ですが、外側はピカピカの『安全資産』になりました。これを投資家に売れば、銀行には現金が戻り、また農民に貸し出せる。……無限機関の完成です」


「おお……! 魔法だ! これぞ現代の魔法だ!」

 支店長は感涙にむせび泣いた。彼らは誰も、中身の借用書を書いた農民が、実際にはツルハシ一本で岩山を削っているだけの無一文であることなど、思い出そうともしなかった。だって、計算式が「安全だ」と言っているのだから。



 翌日から、王都の証券取引所や貴族のサロンでは、奇妙な儀式が繰り広げられるようになった。銀行から派遣されたセールスマンと、金を持て余した投資家との商談である。しかし、そこで交わされる言葉は、両者にとって異国の言語のようにちんぷんかんぷんだった。何を言っているのか、全く理解できない。例えば――


「さあ旦那様! こちらが最新の『PPP』でございます! この商品は、シニアトランシュのリスクを劣後債に転嫁しさらにクレジットデフォルトスワップでヘッジをかけた完全無欠のハイブリッドデリバティブとなっております!」


 銀行員の口から飛び出すのは、もはや意味をなさない古代語の高位魔法の詠唱のようなものだった。貴族の老人は、ポカンと口を開けた。


「しにあ……とらんしゅ? ……それは、新しい肥料の名前かね?」

「いいえ! これは『とにかく絶対に損をしないスゴイ魔法』とお考えください!」

「おお! スゴイ魔法! それなら話は早い!」


 セールスマン自身もまた、自分が何を言っているのか理解していなかった。彼はただ、マニュアルに書かれた「必殺の呪文」を暗唱しているだけなのだ。だが、彼は自信満々に胸を張った。


「とにかく! これは高等数理魔道学の結晶です! 要するに一言で言えば――『絶対に損をしない魔法の紙』ということです! しかも、年利はインフレによる目減りを補填しつつ驚異の15パーセント! ジャガイモ畑が全滅しても、金融の魔法で配当が出ます!」

「理屈はさっぱりわからんが、すごいことだけはわかった! 買おう! あるだけ全部だ!」


 あちこちで、似たような光景が繰り広げられた。

「奥様、こちらは『インカのめざめ』連動型の変動金利付きPPPです」

「あら、変動金利? よくわからないけれど、響きがお洒落だわ。頂くわ」


 あるテーブルでは、こんな会話がなされていた。

「社長、こちらの『変動金利型リバース・モーゲージ・ポテト』ですが……まさか、このスキーム(仕組み)をご存知ないわけではありませんよね?」

 銀行員が、小馬鹿にするような笑みを浮かべた。その瞬間、商人の背中に冷や汗が流れた。何を言っているのかわからない。でも、ここで「知らない」と言えば、王都の流行に遅れた田舎者だと思われてしまう。周りの投資家たちは、皆、わかったような顔をして頷いているではないか。


(……みんなが買っているんだ。私が理解できないだけで、きっと高尚な理論があるに違いない)


 商人は知ったかぶりをして、精一杯の虚勢を張った。

「も、もちろん知っているとも! リバースのモーゲージだろう? 常識だ!」

「さすがです! ではサインを!」


 商人は書類の中身を一行も読まず、震える手でサインした。彼が恐れたのは「損をすること」ではなく、「無知だと思われること」だったのだ。売り手は「中身はゴミだが、魔法の呪文で煙に巻く」。買い手は「意味は不明だが、買わないと無知だと思われるし、儲け話にも乗り遅れる」ことを恐れた。


 誰も箱の中身を開けようとはしなかった。箱の外側に貼られた「トリプルP」という輝かしいラベルと、右肩上がりのグラフだけを見て、人々は熱狂的に金を投げ入れていく。取引所の片隅で、蓮はその光景を呆然と眺めていた。


「……誰も、イモを見ていない。みんな、誰かが作った『物語』を買っているだけだ」


 蓮の隣で、銀行家たちが祝杯をあげていた。

「素晴らしい! 錬金術は実在したんだ!」

「もはや我々は、農業すら必要ないのかもしれんな!」


 彼らの足元を支えているのが、遠い農村で今にも倒れそうな農夫の借金であることに、誰も目を向けようとはしなかった。祭囃子は最高潮に達し、その狂乱の音が、破滅の足音を完全にかき消していた。

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