◆第28話「冒険しない冒険者」
冒険者ギルド直営の集会場、「勇者の剣」亭。かつては剣の整備をする音と、討伐計画を練る男たちの熱気で満ちていたこの場所は、今や全く別の熱狂に支配されていた。
「おい! 『北の古城』の探索権、値上がりしたぞ!」
「S級指定だ! ドラゴンが出る確率は80%! ドロップアイテムの想定価値は金貨1000万枚だ! 今のうちに権利を買っとけ!」
円卓を囲む冒険者たちの手にあるのは、武器ではない。羊皮紙の束だ。彼らはまだ見ぬ魔物の皮や、掘り出されてもいない財宝の権利を売り買いし、酒を煽っていた。
藤村蓮は、異様な雰囲気に眉をひそめながら、店の奥へと進んだ。工場の拡張に伴い、魔導エンジンの冷却材に必要な「火トカゲの皮」が不足していた。正規の依頼を出しても誰も受けようとしないため、かつての顔馴染みであるSランク冒険者、ギガスに直接交渉に来たのだ。
ギガスは、特等席で高級ワインをラッパ飲みしていた。かつて「剛斧」と呼ばれた筋肉質の体は、脂ぎった贅肉に覆われ始めている。
「おう、工場の若旦那じゃねえか。どうした、お前も『買い』に来たのか?」
「仕事の依頼だ、ギガス」
蓮は単刀直入に言った。
「火トカゲの皮が欲しい。西の火山に行ってくれないか。報酬は相場の倍出す」
ギガスは鼻で笑った。
「倍? はした金だな。……悪いが若旦那、俺たちはもう、泥にまみれて魔物を追い回すような効率の悪い商売は卒業したんだ」
「卒業? 冒険者をか?」
ギガスは一枚の美しい証券を蓮に見せびらかした。そこには『未踏破ダンジョン・資産流動化証券』と書かれている。
「いいか、よく聞け。ダンジョン攻略には金がかかる。装備代、食費、ポーション代……。だが、実際に潜って『ハズレ』だったら大赤字だ。そこで、俺たちは頭を使った」
ギガスは、まるで賢者のような口調で説明を始めた。
「まず、ダンジョンに入る前に、そこに『あるかもしれない』財宝やレアアイテムの価値を試算する。例えば、伝説の剣が出れば1億ゴールドだ。その『将来得られるはずの報酬』を担保にして、証券を発行して売り出すんだ」
蓮は呆れた。
「……つまり、『捕らぬ狸の皮算用』を売ってるのか?」
「言葉が悪いな。これは『リスクの分散』と『資金調達』だ」
ギガスは悪びれずに続けた。
「投資家はこの証券を買うことで、家にいながら冒険の成果を得られる権利を持つ。俺たちは、その売却益で今の生活費と、将来の攻略費用を『前借り』できる。……ウィン・ウィンだろ?」
「でも、実際に潜らなきゃアイテムは手に入らないだろう。いつ潜るんだ?」
「バカだなぁ」
ギガスはニヤリと笑った。
「潜っちまったら、夢が終わるだろうが」
「は?」
「もし潜って、中身が空っぽだったら証券は紙屑だ。……だが、潜らなければ『すごいお宝があるかもしれない』という期待だけで、価格は上がり続ける。これを転売してる方が、汗水垂らして戦うより100倍儲かるんだよ!」
それは、実体のない期待値を回し合うだけの、完全な詐欺だった。
「……詐欺だ」
蓮の声が低くなった。
「アンタたち、そんなことをして剣が鈍らないのか? 冒険者としての誇りはどうしたんだ」
「誇りで酒が飲めるかよ!」
ギガスが激昂し、立ち上がった。
「俺たちは今まで命懸けで戦ってきた! いつ死ぬか分からない恐怖の中でな! ……ようやく俺たちにも、安全に、楽して稼ぐ順番が回ってきたんだ。それを『汗をかけ』だの『誇り』だの……説教臭いんだよ、芋屋風情が!」
バシャッ!!冷たい液体が、蓮の顔を打った。ギガスが、飲みかけの赤ワインを蓮に浴びせかけたのだ。
「……っ」視界が赤く染まる。高級なワインが、蓮の髪から滴り、白いシャツに赤黒い染みを作っていく。それはまるで、冒険者たちが捨て去った血の色のようだった。
「帰れ! 二度とツラ見せるな! 俺たちはもう労働者じゃねえ、投資家様なんだよ!」
「負け犬は出て行け!」
店中の冒険者からの罵声を背に、蓮は濡れたまま店を出た。ワインの甘ったるい匂いが鼻につく。蓮は、汚れたシャツを握りしめた。
「……楽して稼いだツケは、必ず払わされるぞ。その時になって、錆びついた剣を嘆いても遅いからな」
ギガスたちの高笑いは、夜の街に響いていた。それが、破滅へのファンファーレだとも知らずに。




