◆第27話「荒れ地の錬金術と、借金で耕す夢」
『黄金』と『紫の女王』の登場により、ジャガイモへの投資熱は、物理的な限界点に達していた。王都近郊の農地はすべて埋まり、貴族の庭先、市民のベランダ、果ては屋根の上のプランターまで、土のある場所はすべてイモで埋め尽くされている。
「植える場所がない! 種芋は用意できるのに、栽培する土地がない!」
投機家たちの悲鳴が響く中、王都の銀行街から、パリッとしたスーツを着込んだ男たちの大群が農村に押し寄せた。彼らはクワの代わりに、分厚い契約書と計算機を携えていた。
「土地がないなら、作ればいいのです。……ご覧なさい、あの美しい『未来の農地』を」
銀行員が指差したのは、村の外れにある、ヤギですら登るのを嫌がるようなゴツゴツした岩山や、年中霧が立ち込める底なし沼だった。常識的に見れば、二束三文の荒れ地だ。開墾するには、岩を砕き、土を入れ替え、水路を引くなど、天文学的な費用と労力がかかる。貧しい農民にそんな資金はない。
しかし、銀行員は悪魔のように甘い声で囁いた。
「お金なら、我々が全額お貸ししますよ。担保は不要。なぜなら、『開墾後の畑』そのものが、借金の何倍もの価値を持つからです」
これが、このバブルが生んだ最大の発明――「ドリーム開墾ローン」だった。
「いいですか? この岩山を買って畑にすれば、そこで『シャドークイーン』が育ちます。その収益から開墾費用と利子を返せば、あなたの手元には『最高級の畑』と『莫大な資産』が残る。……やらない手はありませんよ?」
農村の景色は一変した。静かだった森は伐採され、岩山には朝から晩まで高給の火魔道士の唱える爆破魔法の音が響き渡り、沼地にはダンプカーのようなゴーレムが大量の土砂を運び込む。
農民たちは、銀行から借りたばかりの巨額の資金を、湯水のように投入した。
「もっと人を雇え! 土魔法使いを呼んで岩を砂に変えろ! 金なら銀行がいくらでも出してくれる!」
本来なら絶対に採算が合わない超高コストな工事だ。だが、今の狂った市場では、出来上がった土地に「ポテト・フィールド」というラベルを貼りさえすれば、かかった費用の倍の値段がついた。岩山の一角が平らになるたびに、銀行員が飛んできて「おめでとうございます! 土地の評価額アップです! 追加融資を実行します!」と叫び、さらに借金を重ねさせた。
あの燕尾服の農夫、トーマスも、今や「不動産王」気取りだった。彼は泥だらけのタキシードのまま、崖の上に立って葉巻(実はただの木の枝)をくわえている。
「見てくれ、あの断崖絶壁を。今は鳥しか止まれねえが、来月にはあそこで『インカのめざめ』が輝くんだ。銀行はあの崖に、城一つ分の値段をつけてくれたよ」
彼は契約書にサインすることに慣れすぎて、もはや金額の桁数を確認すらしなくなっていた。ゼロがいくつ並んでいようと関係ない。ジャガイモさえ植えれば、すべてが解決するのだから。
開墾ブームはエスカレートし、人々は常軌を逸した場所まで手を出し始めた。
【垂直農法計画】切り立った崖に足場を組み、空中に土を吊るしてイモを植える。「日当たり抜群!」という触れ込みで高値がついた。
【ダンジョン農地化計画】「日光がなければ魔法のランプで育てればいい」と、地下洞窟のモンスターを追い出して畑にする計画。冒険者ギルドまでがツルハシを持って参入した。
銀行はこれらすべてに融資を行った。「ジャガイモに関連するプロジェクトなら、失敗するはずがない」と、金融システム全体が、泥と欲望と実体のない担保の上に積み上げられた、巨大で不安定なジェンガとなっていた。
夕暮れ時。掘り返されて赤土が剥き出しになった荒涼たる大地を、農民と銀行員が肩を組んで眺めていた。
「素晴らしい眺めだ。ここには『黄金』が眠っている」
彼らの目には、無残に破壊された自然が、輝く資産に見えていた。誰一人として、この莫大な借金を「誰が」「どうやって」最終的に清算するのか、考えている者はいなかった。なぜなら、明日は今日よりももっと、イモも土地も値段が上がっているはずだからだ。




