◆第24話「食卓から消えた『貧者のパン』と、甘い代用品」
かつて、『貧者のパン』と呼ばれ、市場の野菜売り場に泥つきのまま安値で山積みにされていたジャガイモは、今や王都の一等地にある宝石店のショーウィンドウに鎮座していた。
磨き上げられたガラスの向こう。真紅のベルベットのクッションの上に、うやうやしく置かれた一個のジャガイモ。その脇に添えられた値札には、ベテランの職人が汗水垂らして働く一週間分の収入に匹敵する金額が書かれている。
「おお……見ろよ。あんな立派な『メイクイーン』だ」
「表面の凸凹が芸術的だねぇ。あれなら、来年には家一軒分に化けるぞ」
通りがかる庶民たちは、ガラスに鼻を押し付けるようにして、それを羨望の眼差しで見つめていた。だが、誰一人として「美味しそう」「食べたい」とは言わない。今の王都において、ジャガイモを食べるなどという行為は、金貨を溶かして飲み込むようなもの。「もったいない」し、何より「野蛮な金持ちの道楽」とされていたからだ。
「かじりつくなんて、とんでもない。賢い俺たちは、見るだけで十分さ」ジャガイモはもはやカロリー源ではない。「食べることもできる通貨」であり、「神棚に飾る家宝」となっていた。うっかり保管中に芽が出てしまっても、「おお! 資産が増殖しようとしている!」と喜ばれる始末だった。
では、かつてジャガイモを主食としていた庶民は、今何を食べて飢えを凌いでいるのか?そこで登場したのが、以前の飢饉の際にも王国の南方で育てられていた救世主――「白サツマイモ」だった。
見た目はジャガイモに似ているが、加熱するとほこほこしていて、ジャガイモより甘い。本来なら塩味のシチューや肉料理の付け合わせには合わない代物だが、この好景気で頭がフワフワと浮かれた人々にとって、その「甘さ」は、豊かさの味として大歓迎された。
街の屋台からは、甘ったるい匂いが漂っている。
「へいらっしゃい! 『白い黄金』のフライだよ! 本物のジャガイモより甘くて、とろける美味さだ!」
「パンに挟んでもよし、スープに溶かせば極上のクリームになるよ!」
人々は、かつての素朴なジャガイモの味を「あれは貧乏くさい味だったな」と笑い飛ばし、口の中いっぱいに広がる白サツマイモの甘さを「進歩の味」としてもてはやした。花が咲かないから投機対象にならなかったサツマイモが、皮肉にも彼らの胃袋を支えていたのだ。
夕暮れ時。下町にある、とある靴職人の家の食卓。テーブルに並んでいるのは、白サツマイモを潰したマッシュと、薄いパンだけだ。客観的に見れば栄養バランスは崩壊しているが、家族の表情は明るい。
「父ちゃん、今日も『芋証券』は上がったの?」
息子が口の周りを白サツマイモのクリームでベタベタにしながら尋ねる。父親は、満足げに夕刊を広げた。
「ああ、上がったとも! 我が家がなけなしの貯金をはたいて買った『ジャガイモの権利書』は、今や馬車一台分の価値になったぞ」
「すごい! じゃあ、馬車を買うの?」
「バカ言っちゃいけない。これを持っていれば、来年にはお城が買えるかもしれないんだぞ」
父親は夢心地で語る。実物のジャガイモなどもう長いこと見たこともないが、紙切れ一枚が彼に「自分は資産家だ」という全能感を与えていた。
母親もニコニコしながら、おかわりをよそう。
「そうよ。私たちはこの『食べられないジャガイモ』のおかげで、こんなに豊かな気分になれるんだから。さあ、甘いお芋をたくさんお食べ」
「うん! あまーい!」
誰も飢えてはいなかった。バブルの恩恵で仕事はいくらでもあったからだ。ジャガイモ専用の金庫を作る仕事、証券を印刷する仕事、あるいは成金農家向けの派手な服を縫う仕事。給料は白サツマイモを買うには十分すぎるほど出ていたし、懐には「値上がりし続ける紙切れ」が入っている。貴族用とされた赤サツマイモの菓子を買う者もいた。
実体経済としての食生活は、かつてより糖分過多で貧しくなっていたが、精神的にはかつてないほどの「安心感」と「幸福」が満ちていた。
「人生は甘い。この白サツマイモのようにな」
父親がそう言って笑い、家族全員で甘いマッシュを頬張る。本物のジャガイモが誰の口にも入らない世界で、人々は幸せな勘違いの中に生きていた。窓の外では、今日もどこかの成金が打ち上げた花火が、虚しく夜空を焦がしていた。




