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イチリン  作者: 火炙
10/12

9 帰ろっか

 ....ん?天井がある。それも木造の。外でもホテルでもないな。


 体を起こすと隣には体を丸めて眠る龍神。自身の上着を掛けてやると、静かに立ち上がり外へ出た。


 あぁ....お堂か。来るとき見えたあの神社ね。あったあった。私の事を運んでくれたのか、感心感心。

それにしても傷の治りが速いな。もう完治してるじゃんよ。


 ズボンのポケットに手を突っ込むと、なにやら硬い感触が。

取り出してみると、液体が三分の一程入った小瓶だった。



 数十分後、まだ眠そうな龍神が起きてきた。境内で体を動かしていた花形は挨拶を交わし、手水舎で顔を洗うよう促すと龍神はコクリと頷いた。


 「....で、これ何かな?」


 さっぱり顔の龍神の前に小瓶を突き出して見せる。


 「あぁ、ちゃんと塗っといたけど」

 「けど。じゃなくてさぁ....」


 「なに怒ってるんだよ」


 花形がぷりぷり怒るのには理由(わけ)がある。


 「これ一瓶の値段知ってる?七千万だよ?ななせんまん!」

 「おー高いな。てかそれなんなんだ?俺のも花形の怪我も治ってるけど」


 「はぁ....これは万能薬。知ってる?」

 「万能薬?」



 万能薬。名が体を表すとは正にこのこと。そのため解説は最低限の物とする。

概ね全ての病や傷を治せる魔法の液体。とある少年の体液を薄めた物である。



 決してメジャーとは言えないその存在。知らなかったのなら仕方が無い。

それに、聞けば一滴では足りないと思ったから。早く治って欲しかったから。と、強く責め立てられない内訳に諦めつつ、龍神を連れ車へと向かった。


 長い石段を下り、歩いて五~六分。田舎道に似つかわしくない真黒い高級車が一台。

慣れた手つきでスムーズに発車し、道交法を遵守しつつホテルへと向かった。





 「はい、到着~」


 駐車場に車を止めると二人はエレベーターへと向かった。


 「昨日あんな事があったのに意外と静かなんだな」

 「まあね。こっちでパパっとやっといたからね」


 隣に立つ護衛の女がただ物でない事に確信を持ちつつ、エレベーターを後に。

部屋の扉を開いた龍神は思わず息を飲んだ。


 「大久保....お前....!」


 死んだと思っていた者が生きていた。生きていて欲しい者が無傷で戻った。

互いが心の底から無事を喜ぶ中、龍神は大久保との再会にどこか気まずさを感じていた。

己が行動を振り返り、初めて気づいた自身の醜さ。そんな自分を命がけで守ってくれた者に合わせる顔が無い。それ故、この喜びをぶつける事はおろか、目を合わせる事すら出来ずに居た。


 「....あー、帰る準....」

 「坊ちゃまっっ!!良か゛っ゛た゛っ!!!」


 立ちすくむ龍神に飛びつき、強く抱きしめる大久保。


 「あーちょいちょい、傷開きますよ....」


 当然、花形の声なんぞ二人の耳には届かない。


 「悪かった....今まで....ホントにこ゛め゛ん゛!!!」

 「いえ、もう良いんです。ご無事で....もう....良かった....」


 溢れ出した感情は、言葉から涙へと変わった。

先ほどまでと異なり驚くほどに言葉が出ない。否、出せないのだ。話そうにも言葉を押しのけ嗚咽が溢れ出る。


 そんな感動空間に割って入る事も出来ず、三十分ほどの外出で暇を潰し、意を決して突入。

中では、改心し素直になった元悪ガキと在りし日の主人に胸躍らせる一人の女が。


 仲睦まじい二人に水を差さぬよう、そっと部屋へ入ると、探るように手を小さく振り、返事を貰うと、テイクアウトした昼食を手に腰を降ろした。


 昼食を食べ終え、これからの予定を話し合おうというタイミングで花形の携帯に着信が入る。

応答し、一言二言交わすと他二人にも聞こえるようスピーカーにした。


 大久保のこちらの方は?という問いに、協力者さ。と簡単に返すと携帯の中の人物と話を始めた。


 『で、外異の件だけど、りゅうじん?って子が持ってるお守りに用があるみたいだねぇ』

 「ほーー、って事なんだけど持ってる?」


 龍神がズボンのポケットから赤いお守りを取り出すと、それを受け取り、了承を得た上でお守りを開封した。

中には、赤いインクが染みだした折りたたまれた一枚の紙と、米粒程度の黒い何かが一つ。


 「おー、あったあった。これ預かるね。ハイ、返すね。あっ中の紙は見ない方が良いよ」

 「あの....それってなんなのですか?」


 「うん。これはね昨日君たちを襲った怪物、私らは「外異(がいい)」って呼んでるのだけど、そいつのコア?心臓?みたいな物かな。要するにコレを返して欲しくて襲い掛かってきた訳よ」

 『ソレなしで動けるってことは人工のものかもねぇ。現に君のママはネット通販でソレ買ってたしぃ』


 「通販!?!?ネット通販!?」


 狼狽える花形を置いて話は進んでゆく。


 「あの....外異?はどうしたら私たちから離れてくれるのでしょうか?」

 『さっきの黒いやつ、アレ種なんだけどねぇ、アレを返して上げると追っかけて来なくなるかなぁ」


 「あ?でも化け物は花形が倒してたじゃねえか」

 『んー死体見た?見てないんじゃない?』


 「あ、確かに....」

 『ん。ソレが無い外異は死なないんだ。そのうち復活してまた来るかもねぇ~』


 そんな無責任な言葉にパニックになる二人と、通販で外異の種が買える事に未だ動揺を隠せない花形。

わーわーきゃーきゃーとおよそ十分。三人が一様に落ち着きを取り戻すと、話題は大久保の持つ秘密へと移る。


 「で、大久保さんさ、まだ話す気にならないかな?」

 「あー、えーっと、それについてなのですが....話す理由が無くなったというか....」


 「んえ?無くなった?」


 大久保は携帯を取り出すと、一本の動画を再生した。


 その内容は、一行を襲った外異と同じ外異がやけに長身な人物に一蹴りで倒されている映像だった。

花形の興味を引いたのは、動画内の長身の人物。


 「これ誰だろう....この人は大久保さんの知り合いだったりするの?」

 「いえ。それが全く。襲われそうになっている所を助けて頂いて....お礼も言えずです」


 お礼も言えずか....いや、引っ掛かるとこはソコじゃなくて。ホントに誰だ?

アレを一撃か....別に私だって出来るけどね?ただ、初見であの硬度を看破した上で全力蹴りはどうだ?勇気と実力があれば全然可能だけど、そんな人間はそういない。

とにかく、ここまでの実力者を私が把握していないのはおかしい。こいつは要注意だね。


 「うん。面白い物をありがとう。で、これを見せれなかったのはどうして?」

 「これを見て、やっぱり無し。と言われるのが怖くて....」


 「あー、ははっ、そういうこと。まぁ....普通の人ならビビるよね」


 大久保さんとは逆で、危険だからこそ私に依頼をしたと。財多のおっちゃんも良い勘してるね。


 「うん。とりあえず....帰ろっか」


 花形の提案に二人は小さく頷いた。





 三人は国道に居た。花形の運転で家へと向かっていた。

助手席にはお土産を積み、後部座席では二人がお菓子を片手に談笑していた。

しかし、そんな幸せな時間は長く続かない。


 「おっ、来たね」


 ルームミラーに映るナナフシ型外異の姿。

後ろの二人の顔が恐怖に染まる。車内の空気が張り詰め、呼吸の音が大きく聞こえる。


 予想より復活が早いな。それに昨日より大きくなっている。しかも速い。

しっかし国道をドタドタと追いかけてきちゃって....ここまで来ると可愛く感じるね。


 「大久保さん。申し訳ないけどちょっと運転変わってもらえるかな」

 「は、はい!分かりました」


 運転を任せると、ルーフへ上がり外異と対面。


 デカくなってるな。昨日以上だ。大きくなって復活したか。

さて、どうやって落ち着かせようか。そこらにある車片っ端からぶん投げるってのもアリだけど....

普通にやるのもマンネリではあるし....そうだね、こうしよう。


 花形はその手にレイピアを編みこんだ。


 「よし、こいっ!」





 「Bungee hug.comっと....ありゃ出ないねぇ。消されたかぁ早いねぇ....」


 パソコンを前に頭を抱える星見(ほしみ)。不得手な作業に早くも白旗を掲げる。


 なぁーーーーんかあったよなぁ....アーカイブ?魚拓?そんな感じのが....

こーいうのは詳しい人に任せるかなぁ。


 で、暇になっちゃったし、外異をネット販売しそうな奴でもあたるかなぁ。


 その時、星見の携帯に着信が入る。


 『や、一時間ぶり』

 「どした?」


 着信は花形からのものだった。


 『子供の手前、出来ない話があったでしょ?」

 「あー、種を仕込んだお守りを渡した理由。だね。うん。恨んでたみたい」


 『怨恨ねぇ』

 「DV、モラハラ、家庭内暴力のオンパレード。しかも旦那と息子の両方からね」


 『うわ~やりそ~』

 「それに結構あくどい事してるみたいだよ。財多のおっさんに泣かされた人がいっぱい居たよ」


 『ふぅん』

 「っていうか、キンキン、カンカンうるさいんだけど。そっち何してんの?」


 『こっち?こっちは....』



 「バトル中だよ」


 得物は変わっても花形の守りは依然として強固なものだった。

まるで数十年共にした愛用の武器かの様に、流麗な動きで逸らし、受け流しては弾く。

その安定感は、並走して戦闘を見守る運転手に、自分にも出来るのでは?と錯覚させる程だった。


 ん、私の記憶が正しければそろそろトンネルに入るね。

アレがこのままの勢いで突っ込んできたら崩落事故....か、うん。片づけるか。


 弾いた内の一本をキャッチ。伸縮を利用して高く飛び上がると、外異の頭部目掛けて一直線。

お守りに入っていた種をポッケから取り出すと、外異の頭部に叩き付けた。


 「さぁ、お帰り」


 外異の体がパラパラと枯死する様子を、着地した見知らぬ車の上から見届ける。

風に吹かれて消えていく外異に、ホッと一息。飛び石を伝うように屋根の上を移動し、無事戻ると運転を交代、ドライブを再開した。





 「どうする?このまま帰る?」


 静寂を破ったのは、花形の突拍子も無い質問だった。


 「....?どこか寄り道ですか?」

 「んー、そうじゃなくて....私さこのまま家帰らないのもアリなんじゃないかなって思ってるんだ」


 その提案の裏に隠された思い。

 問題のある家庭へこのまま帰しては、せっかく心を入れ替えた龍神もまた元の悪たれへ。

何より、この状況も元を辿れば父親のせい。黒い噂すら流れるようなクズに教育は出来ない。そもそもそんな人間は子供にとって悪影響でしかない。そんな考えに基づいての発言だった。


 「た....確かに花形さんのおっしゃる事も理解出来ます。ですが....」

 「ちなみに出来るよ。田蔵(でんぞう)さんから二人を隠すことも出来るし、その場合は住居、資金もこちらが出す」


 「そ、そんな事まで....?流石に申し訳無いと言いますか」

 「まぁ、出来るというだけですよ。依頼も無いのにそんな勝手な事はしません」


 そして再び訪れる静寂。

これを破るのは大久保だった。


 「あ、あの。どうやって隠してくれるのですか?」


 隣で眠る龍神を起こさぬよう静かに口を開く。


 「うーん。詳しい事は言えないけど、二人に迷惑はかけないし損もさせない」


 身を挺して子供を守る誠実さと、巨大な化け物を打倒す実力を持ち合わせる女の断言。

出来る。迷惑はかけない。損はさせない。花形と同じように龍神の家庭環境を憂いていた大久保にこれが刺さった。


 「この話を聞いていない坊ちゃまでも納得できるようなやり方はありますか?」

 「あるよ」


 「でしたら....お願いします」

 「おっけー。引っ越し費用はこっちが持つし、公共料金も一部持つから安心して家探しをしてて。あと家具だけど、それもこっちで持つから良いの選ぶといいよ」


 「そこまでして頂かなくても....」

 「やるからには徹底的に。お客様を大事にしてるのさ」


 「ホントに....何と言って良いか....ありがとうございます。ホントに....」

 「ちょっと申し訳ないけど、今日から最長で一週間ほどホテル暮らしをお願いしたいんだ。もちろんホテル代と生活費は出すから」


 至れり尽くせりの提案。断る理由もなく二つ返事で了承した。

ここまで来ると、もはや怪しさすら感じなくなったようで、その心に一寸の疑いも存在していなかった。





 「こ、こんな豪勢なホテルに....?」

 「うん。チェックインだけよろしく。後これも」


 花形が取り出した太った茶封筒に、大久保は思わず目を丸くする。


 「なっ、なななこんなにも受け取れませんよ!」

 「ハハハ、まぁまぁ。これぐらいは使うでしょ?」


 封筒を押し付けると、大久保から借りた車に乗り込むが、いざ出発のタイミングで大久保から声が掛かった。


 「ん?どうしたの?」

 「あの、本当に何と申し上げたら....ホントにありがとうございました!ほら、坊ちゃまも」


 「ありがとう」

 「はははっ。良いって良いって。連絡くれたら飛んでいくから。気軽....あー、何かあったらいつでも呼んでね」


 「はい!ありがとうございました!!!」


 サイドミラーに映る大久保は、どれだけ小さくなっても頭を上げることはなかった。


 夢『一緒に入ってた紙にはなにが書いてたの?』

 咲「死ね死ね死ねーって。多分アレ血だよ」

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