8 デカい蟲
ガンッッ!!ホテルの壁に開いた穴から、二本の硬く鋭い巨大な針の様な物が土埃に穴を空け勢いよく伸びてきた。
「危ない!!」
大久保が力を振り絞り龍神を突き飛ばした。
その直後龍神が居た場所に空を裂くような鋭い突きが飛び、そのまま壁を貫いた。
その切っ先ばかりに目を向けていた二人が、徐々に後退するソレを目で追っていると、衝撃的な光景が視界に飛び込んできた。
突如四人を襲撃した二本の棘。そしてその棘に胸部を貫かれた二人の取り巻き。
血液と小便で体を濡らした二人の少年は、時折ピクピクと小さく痙攣しながら、ゆっくりと戻ってゆく棘に連れられ部屋の外の”本体”の元へとたどり着いた。
そんなおぞましい光景を目にした大久保は自身の服のポケットから車のキーを取り出すと龍神に向け投げつけた。
「坊ちゃま!これでお逃げ下さい!!」
「は!?!?お前はどうすんだよ!?てか、運転とか出来ねえぞ!」
「運転なんて免許が無くても出来ます!!ですから早く!」
「い、いや、でもお前は....」
「早く!!行きなさい!!!!」
普段は大人しい大久保の血気迫る叫びに体を押され、鍵を受け取ると駐車場へ向かい駆け出した。
階段を急いで駆け降りると、駐車場へ到着し、いつもの車を見つけると見様見真似でロックを解除し乗り込んだ。
えぇっと、確かこの辺に鍵さして....あっ!ささった!で、えーっと回した後、この辺りのボタンを....コレか?....あっこっちか....ん?あれ?
それっぽいボタンをポチポチと押していく中、不意に大きな振動と共にエンジンが付くと、小さくガッツポーズしてペダルに足を伸ばした。
ガンッ!
....あ?なんで動かねぇんだよ....クソッ!どうする....どうする....
いや、そうだ。調べるか。........ハンドブレーキを上げて?....ギアをDにして....動いた!
アクセルをべた踏みし急発進した車は、信号や標識、法定速度を無視ししながらホテルを後にした。
龍神お得意のレースゲームの要領で悪くない運転をしていたが、化け物と距離を取り、尚且つ車で逃げている。そんな状況が安心と冷静さをもたらした。
クソッ....なんなんだよアレ........チッ!イライラする!!どこに逃げろってんだよ!つーかここどこだよ!ちょーしに乗って走らせすぎたか?
そんな冗談のような現実に苛立つ龍神の頭に、とある思考が侵入した。
....あのバケモン今どこに居んだ?俺を追っかけてるって事は、少なくともあのホテルにはもう居ないはずだよな。
じゃあこのままホテルに戻ってバケモンが戻ってくる前に大久保回収して逃げるか。
てか、マジでどこなんだよ。ここ。こんなクソ田舎が大阪に存在してたのかよ。
見慣れぬ山道に、勘で運転することを諦め人を頼る事にした龍神。この時の彼は冷静であったと同時に、この後の事で頭がいっぱいだった。故に忘れていたのである。スマホの存在を。
車を降り、しばらく歩いていると、山道に抜ける長い石階段を見つけた。そしてその先には神社があった。そこに行けば誰か居ると踏んだ龍神は、はぁと一息意を決した。
大阪でUSJ以外の観光地かー....ホテルに居ないかもだし、念のため調べておくかな。
ってもどうせ大阪城とか通天閣とかだろうなぁ~....というか、聞きゃ良いじゃん!
そんな簡単な事に気付いた花形はスマホを取り出すと大久保に電話を掛けた。
しかし反応が無く、根気よく待ち続け八コール目にしてようやく繋がった。
「お、出た。もしもし?」
しかし反応は無い。
「ん?もしもーし。大久保さん?」
名前を呼んでも返事は無く、改めて画面を確認するも通話は確かに繋がっていた。
「....大久保さん。無事なら話して。ピンチなら舌打ちを一回、超ピンチなら舌打ちを二回して」
電話をスピーカ、音量Maxにした上で携帯を耳に押し当てると、
「........チッ............チッ....」
エンジン音にも負けそうな小さなSOSを花形は確かに受け取った。
花形は運転手に窓を全開にするように頼むと、窓に手を掛け運転手に二万円を押し付けた。
「おっちゃん。ありがとね」
「....?な、なにをしようとして....」
「うん。走った方が速い」
そう言い残すと窓から飛び出し、言葉通りタクシーより遥かに速い速度でホテルへと向かった。
何だ。何があった?想像がつかない。強盗か?いや、金持ちの子供だし身代金目的の誘拐もあるか。
いや、だとしたら大久保さんは何で電話に出れた?一緒に攫われたなら拘束なりされているはず。少なくとも携帯は没収されてるはずだよ。
子供達にリンチなりレイプなりされて大怪我を負ったとか?それは十分にあり得るけど、無駄に主人思いな大久保さんがその状況を”大ピンチ”だと言うかな?いや愛想を尽かしていたとしたら言うか。
頭と体をそれぞれ高速で動かす花形の目が目的地のホテルを捉えた。
....お?おお?なんだあの穴。待てよ....それはちょっと最高に想定外だな....
膝を突き出し、龍神達も部屋の窓へ思い切り突っ込むと、体を前へ転がし受け身を取り即座に室内のクリアリング、そしてドアを背に寄りかかって項垂れている大久保の脈を確認した。
....ある。生きてる。腹部、それも肝臓辺りに大穴開けられて生きてるとは大したものだね。
息があるなら助けられる。子供が一人も見当たらないのは....後回しかな。
「大久保さん?大丈夫だよ。助かるからね」
そう励ますと、上着の内側から、ごく少量の液体が入った小瓶を取り出した。
大久保の上着をはだけさせ、下着を外すと露出した患部に液体を数滴落とし、余った分を大久保の喉に流し込んだ
「とりあえずはこれで大丈夫。で、意識はあるかな?あるなら舌打ちをして」
「........チッ....」
「うん。良かった。これから痛みも傷もマシになるから、もうちょっとだけ付き合って欲しいんだ」
「チッ....」
今のは同意....だよね?純粋な舌打ちの可能性もあるけど、まあいいや。
「今から幾つか質問をするからチッチッ言って答えて欲しい。じゃあまずは....」
なるほど。化け物の襲撃に会って取り巻きは死亡。龍神はどこかに逃げたか。
化け物....まぁ十中八九『体細胞分裂外異常成長体』だろうね。で、あの窓にギリギリ収まるサイズの目か。かなりデカいな。
でも、それは都合が良い。そのサイズなら上から探せば一発だし。
「龍神君は任せて。だから貴女はここで安静にしてて。じゃあね」
そう言い残すと、助走を付けて窓から飛び出した。
「人いねぇじゃねーか!!」
木々に囲まれた人の居ない閑散とした神社。大声を上げた所で反応は無い。
クソみてぇな階段上って来てやったのに誰もいねぇし、このクソ神社ボロボロで気味悪ぃし無駄だったか?つか、臭ぇ。
で?次は?引き返してまた人探しか?いや........いや、それしかないか。
ああ!もう!めんどくせぇな!!つかアイツなんなんだよ!俺一人にしやがって。目怪我しただけだろ?別に来れたじゃねえか。
龍神は知らなかった。大久保は龍神を突き飛ばした際に足を捻っていた。
そんな状態では邪魔になるだけ。自分が居なくても大丈夫だろう。という判断の元、一人残り時間稼ぎに励んだ。
そんなことはつゆ知らず怒りを募らせる龍神に呼応するように騒めきはじめる木々。
そのことに気が付いたのは”ソレ”が現れた後であった。
廃れた神社の隅々を探索し、ついにはお堂の中にまで足を踏み入れたが、やはり収穫はゼロ。
お堂を背に、ふと顔を上げた。ソレは佇んでいた。
全身を銀色に輝かせ、周囲の木々よりも遥かに大きく、そして細い体躯を持つ虫。
昆虫に関する知識が無い者でも、健常者であれば知っている。その虫は、
「........はっ....は....?....な、ナナフシ....?」
いつから居たのか。なぜ気づけなかったのか。自分の命はここで終わりなのか。思考の波が押し寄せる。
しかし少年にこの状況を打開する術は無い。だが死にたくはない。であれば、
「チッ!クソッ!クソッ!なんなんだよもう!!」
であれば、逃げるしかない。
あてはない。ゴールもない。それでも走るしかない。
どうする!?どうする!?このまま走ってても良いのか!?
よく分かんねぇけど、このまま真っすぐ走んのは良くねぇ気がする。
人が居るとこに行った方が良いんだろ?でもそっちに行くには、あの化け物の下を通らないと行けない。
少年の脳裏に浮かぶ彼の地獄。仲間達と大久保を惨殺した化け物に立ち向かえるほど少年は強くない。
しかし、腰を抜かして動けなくなるほど弱くもない。悪路の中、走りなれない足を必死に動かし逃げ続ける。息を切らし、躓いても尚立ち上がり逃げ続ける。それでもやはり子供、限界は訪れる。
「う゛゛っ゛っ゛!!」
ド派手にこけて一回転。
何度目の転倒か、とうとう心よりも先に足が折れてしまった。
起き上がりたくても起き上がれない。
刹那、脳裏に浮かぶのは冷たく接してしまった仲間や母親。大久保への申し訳なさと謝罪。
少年は忘れていた。自身には護衛が付いていた事を。
そして、その護衛を引き離したのは紛れもない自分自身だということを。
クソッ!クソ!クソ....!なんで....なんで俺がこんな目に....誰か....誰か....
「誰か!助けて!!誰か!!誰か!!!!」
恥も外聞もない懇願。”誰か”への救助要請でもあり、化け物への命乞いでもある少年の叫び。
振り上げられた長く鋭い前足。
サンッッ!
少年の胸から下腹にかけての皮膚を切り裂いた。
化け物が攻撃を外した訳ではない。恐怖心が少年の体を僅かに後退させたのである。
再び振り上げられた凶器は、少年の中心を捉え振り下ろされた。
鮮血と汗に濡れ、ガタガタと体を震わせる少年に動く力は残っていなかった。
ガンッッッ!!
またもや攻撃は当たらなかった。
外したからではない。邪魔が入ったからである。
「花形....咲........」
「やっと名前で呼んだね。まぁ、とにかくそこを動かないこと」
上空からの鋭い突きを見事に蹴りはじく。
連続する不発が化け物を苛立せ、攻撃がより苛烈になるが、それを全て受け流し弾き飛ばす。
カアァァァァンンン!!
隙を突いて頭部に全力の蹴りを叩き込んで見せるが、大したダメージは稼げなかった。
それどころか、耳の良い者には骨に罅が入る音が聞こえた事だろう。
あぁっ!クッソ硬いな!これ全身もか?全身もだろうな。
それにしても変だな。アレはどこを狙って攻撃してるんだ?少なくとも私では無いよな。
いや、もちろんその行動は正しいんだよ?強い者では無く弱い者を狙う。いたって自然。
でも頂点捕食者に食われそうになってんのに、弱い方を狙い続けるのはちょっっと違くない?
大久保さんが言ってたな。アレの狙いは龍神だと。どんな根拠があるのか知らないけど、多分合ってる。現にそうだから。私じゃなくてあの子。....とりあえず倒しきるか。
とは意気込んだものの、攻めに転じるには厳しい状況であった。
で、これいつまで続けようかな。防御自体なら何の問題も無い。より苛烈になっても全然耐えれる。
でも責めたいなぁ....だけどここを動けば後ろのがハチの巣だ....
しかし、コイツの足?随分増えたな。根元からニョキニョキ分岐して生えてきたけど、それは問題無し。
何本増えようが狙っている所が同じなら分かりやすくて楽で良い。
それなりに余裕を感じている花形とは対照的に、龍神は今にも逃げ出したいという状態だった。
花形から動くなと言われた手前ジッと待機しているが、弾かれた足が自身の周囲に落ち刺さる度に恐怖心と焦燥感が積み重なる。
逃げたい。一刻も早くこの場を去りたい。そもそもこの場には花形が一人居れば良い。自分は必要ない。
それらしい理由はある。理屈も通っている。合理的でもある。一度でもそう考え始めると幾何級数的に増加する『逃げ出したい』に脳を支配される。
「はっ....はっ........はっ....」
内側から込み上げてくる焦り。脳内で叫ぶ声が大きくなる。行け!行け!冷静で居れなくなる。
体をその場にとどめておく事が激しいストレスとなり、走り出さなければ過呼吸になり死んでしまいそうになる。
「はっ....はっ....あ、ああああぁぁぁぁぁぁ!!!」
奇声を上げ立ち上がると走り出そうとした、しかし足を取られその場で盛大にズッコケた。
なっ....!!動くなって言った........チッ!しまった!
短距離とはいえ、苛烈な攻撃に揺らぎが生じ、急激な軌道の変化に花形は対処出来なかった。
龍神が顔を上げると、数十本の鋭く太い棘に全身を隈なく貫かれた花形が目に入った。
ボタボタと血を垂れ流した花形が棘の収縮と共に空へ連れられて行く。その体が化け物の顔の前へと近づいたその時、
「んっ....向こうのチビだと思った?」
棘に貫かれていない左腕を、対面する生物の右目に伸ばすと、握り潰し引きちぎる、そしてその破片を投げ捨てる。という動作を繰り返し始めた。
チッ....結構ぶち抜かれたな....
足....はダメ。腕....もダ、いや左は生きてるな。デカい筋肉太い血管両方行かれてるか、落とされたら立ち上がれるか?
........あれ落とされない。それどころか近づいて行く。捕食か?
いや、それなら都合が良い。腕一本あれば勝てるな。
化け物の右目が八割程失われ、頭部から飛び出した腫瘍のようになったその時、花形は目の中に腕を思い切り突っ込み頭蓋を破壊すると、脳を掴み握っては開きを繰り返した。
ハハっ....唐揚げを揉みこむ動作がこんな所で生きるとは....
脳の揉みこみは化け物が倒れ息絶えるその時まで続いた。
木に背を預け座り込む満身創痍の花形とふらふらと駆け寄る龍神。その目から大粒の涙をボロボロと零し、嗚咽を漏らしながら一歩一歩と近づいてゆく。
恐怖からの解放。緊張の緩和。己が態度、大切な者に対する行為の反省と後悔。傷ついた肉体と、ぐちゃぐちゃになったメンタルが涙を内から押し出していた。
そんな事情を知るよしは無いが、なんとなく”アレ”が必要だと察知した花形は、虫の脳がこびり付いた左腕を上げ『おいで』と一言。少年を胸の内へ迎え入れた。
自身の腹部に妙な感触を覚えつつも龍神の声に耳を傾ける。
「....っぐ....えっぐ....しぬの....?」
「うん。あっいや、それは君次第かな」
「おれ....?」
ある程度落ち着いてきた龍神を引き離すと、今度は中身が並々入った小瓶を取り出し手渡した。
「一つの傷に対して一滴。まずは自分に、終わったら私にもよろしく」
「これ....どーやってつかえばいい?」
「傷口に直接一滴。服は脱がせておいて。どこかの運転手と違って刺激は強くないから大丈夫。あっそうだ、これ帰りのタクシー代ね。もう中一なんだし一人でホテル戻れるよね?」
タクシーをあまり利用しない花形はヤマ勘で四万円を渡すと、薄れゆく意識の中一つの疑問の解を得た。
ハハハ....さっきの感触、アレだったか。まーまー元気におっ勃てちゃって。
こんなんで興奮してちゃ将来苦労するだろうねぇ....
「ま、頑張ってね」
花形は励ましの言葉を残し、眠るように静かに息を引き取った。
花「あの怪物が扉をくぐると....思った?」
大「いやぁ....ちょっと冷静じゃなかったというか....」




