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メソロジア~ブラック・ストーム~  作者: 夢科緋辻
第3章 オカルティック・サマーバケイション編
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第17羽 交錯

 第一校区風紀委員会直属の精鋭部隊『とくはん』の班長であるいまりょうあらしやまの山頂にある展望台にやって来ていた。


 ここは、あまかぜじま最大の景観ポイントだ。山頂に立てられた背の低い円塔の屋上。西洋の城にある石造りの見張り台を、大きな手の平で上から押し潰したらこんなデザインになるかもしれない。

 腰の高さまで積み上げられた石壁に囲まれ、所々に丸太を加工した見た目のテーブルや椅子が置かれている。教室四つ分くらいの広さに、正方形に切り取られた岩が敷き詰められた硬い石床。少し視線を上向ければ青い夏空が広がり、正面まで下げれば水平線まで太平洋が続いている。この暑い中でハイキングをしてもまあ良いかと思えるくらいの絶景である。


 現在はハイキングを終えた生徒達が弁当を食べている時間だ。山頂に着いた班から順次弁当が配布されていき、クロスワードパズルを全て埋められていたらデザートが貰える仕組みである。塔の屋上で景色を楽しみながら、あるいは周囲の森の木陰でピクニックシートを敷いて、生徒達は思い思いの方法で楽しい時間を過ごしていた。


班長ボス、本当に何か起こるのか? 今朝からずっと平和そのものだぜ」


 明るい色の長髪を一本に括ったしろあきらが気の抜けた声で言った。

 硬貨を入れて使うタイプの双眼鏡を覗き込んでいるが、190センチに迫ろうという長身痩躯では使いにくいのか、絵本に出てくる老翁と同じくらい腰を曲げている。


「可能性がある、としか言えないな」

「昨日の花火の最後に発生した謎の突風が、また俺達を襲うと?」

「条件や引き金が分からないんだ、警戒しても損はないよ。何かがあってからじゃ遅いからね」

「ま、班長ボスがそう言うなら反対はしねぇよ」


 お、あったあった! と何やら目当ての物を発見したらしい御代が楽しそうな声を漏らした。手元の看板にはデフォルメ化された周辺の地図があり、双眼鏡を使って見える景色が紹介されている。天候次第では伊豆諸島の他の島々も見えるらしい。


 腰の高さまである石壁に体重を預けた今津は、容赦なく降り注ぐ日差しに目を細めて、


「(結局、昨日のドラゴンは何だったんだ?)」


 夜の海上に出現した半透明のシルエット。そして、明らかな殺意と共に放たれた暴風。

 自然現象でないのなら界力術的な現象と考えるのが妥当なのだが、肝心の根拠はどこにもない。天風島で発生する怪奇現象と白竜伝説の関係を早乙女さおとめ京子みやこに調査してもらっているが、報告はまだ上がってきていなかった。


 発生条件が不明であり、極論を言えば、今すぐ目の前に謎の『歪み』が発生する可能性だってある。警戒を怠って生徒に怪我人が出れば学校側の責任問題になるし、現場に居合わせた特班にも糾弾の流れが飛び火しかねない。せっかく勝ち取った設立の話を白紙に戻す事だけは避ける必要があった。


「んで、班長ボスはどう思うのよ?」


 双眼鏡の使用時間が終わったのか、それとも単に飽きたのか、御代がレンズから顔を離して石壁に体を預ける。


「何がだい?」

「氷華ちゃんとナオヤの事」


 少し離れた机では、青雪色アリスブルーのショートカットに雪の結晶を模した髪飾りを乗せたしらづめひょうが、生徒の集団に混じって楽しそうに談笑していた。ちょこんとした小柄な体躯に、ねこのようにあどけない顔付き。全員が第一校区中等部の制服を着ている事から察するに相手はクラスの友人だろうが、残念ながら、姉の制服を借りて研修に参加した初等部の生徒にしか見えなかった。


「氷華ちゃんがナオヤの事を好きだってのは班長ボスも知ってるだろ? だけどよ、氷華ちゃんがどれだけアタックしてもナオヤは気付きゃしねぇ。ありゃ放っておけばほぼ確実に何も起きねぇパターンだぜ。せっかく明るい話題が目の前に転がっているんだ、俺としては背中を押してやりたい訳よ」

「……で、本音は?」

「面白そうだからからかって遊びたい! あ、でも応援したいってのは本当だぜ!」


 ぐっと親指を立てた御代に毒の無い笑顔を向けられて、呆れと共に溜息をかざるを得なかった。


「応援したいってのはオレも同じ気持ちさ、必要なら特班として協力してもいい。気にせず青春を楽しんでくれと氷華には伝えてあるしな。オレは班長なんだ。班員達が気持ちよく活躍できる環境を作るのも仕事の一つだよ」

「そうこなくっちゃ!」

「でも、必要以上に外野が干渉するのもどうなんだ? 変に意識させて微妙な空気にさせたりしそうだけど」

「それはそれでいいんだ、甘さだけじゃなくて酸っぱさも必要だからな。むしろ俺は羨ましいよ。外野にからかわれて、お互いに照れながらも、同じ集団で行動を共にする――そういう思わず顔が赤くなる恥ずかしい事ができるのは『本物の居場所』だけなんだし」


 それによ、と御代は風に踊る柳の葉みたく爽やかに微笑んだ。


「一緒にいる時間が長くなれば、それだけ言葉ってのは重みを増していく……思わず唇を閉じて、気付かない振りをしちまう程に。終わりは確実に近づいてきてるのに、いつでも言えるって決定的な瞬間を先送りにしちまうんだ。誰かに背中を押されないと始まらない関係はあるよ。少々強引だとしても、後はなるようになってくれる」

「……、」

「何にせよ、お互いに好きって気持ちを共有できて、ずっと一緒にいられる。これ以上の幸せはねぇだろ。想いを伝えられねぇのも、自分の気持ちに嘘を吐くのも、やっぱりスマートじゃねぇからな。あんな気持ち、他の誰にも味わわせたくねぇよ」


 やけに重みのある言葉だった。楽しそうに友人と喋っている白詰を眺めるその顔は、どれだけ絶望的な戦況でも部下だけは生きて国に帰すと決意した上官である。


「(確か、僚は不良生徒ストリーデント時代に『アイオライト』の中核を担っていたんだったよな?)」


 現在は投棄地区ゲットーが完全に立入禁止になった関係で、アイオライトは自然消滅したと聞いている。あまり当時の事を話したがらないのは、アイオライトから脱退する時に何かあったからなのかもしれない。


 どうやら白詰も自分が見られている事に気づいたらしい。ろんに顔を顰めると、一緒に喋っていた友人達に断りを入れてからこちらに近づいてくる。


「何ですか、じっと氷華を見て。すっっっごく不愉快なんですけど」

「いやー、頑張ってるなって思って。背中のそれ、ナオヤの剣だろ? わざわざ持ってきたのか?」

「そうです、これもすず先輩の作戦です!」

「ちゃんと()()()()を持ってきたよな?」

「勿論です! ナオヤ先輩との『仕込み』があるんですよね、その辺りは抜かりなしですよ!」


 剣道部が竹刀を運ぶ長細い巾着袋に触れて、フフンと胸を張る。

 

「直也先輩は風紀委員ではなく普通の生徒として研修に参加していますから、武器の所持は認められていません。何かが起きた時、風紀委員会の腕章を巻いた先輩に何も言わずに氷華が武器を用意してみせたらどうなるでしょうね?」

「健気だな」

「塵も積もれば何とやらです! ただでさえ妹のようにしか見られていないんですから、さっさと一人の女としてステージに立たないと……そのためにも美鈴先輩の指令を全うします! 面倒なライバルに先を越されたくはないですし!!」

「オーケー、そんな頑張り屋さんな氷華ちゃんに朗報だ!」


 御代は携帯端末を取り出すと、勢い良く白詰の鼻先に突き出した。画面ではメッセージアプリが起動しており、『かみやなぎたかすみ』という名前が表示されていた。


「ジャジャーン!! なんと、ナオヤの同級生クラスメイトの連絡先をゲットしたのだ!」

「な、なにぃっ!?」

「すでに色々と情報は交換済み!! ナオヤの好きな食べ物とか苦手な事とか、恋する乙女が気になる情報が満載だぜ!!」

「よくやりました! その話をもっと詳しく!!」


 御代が持つ携帯端末を奪い取ろうと、白詰が必死に手を伸ばす。しかし身長差が半端ではない。少し御代が手を挙げただけで、意地悪な兄貴が歳の離れた妹を苛める構図が完成してしまう。


「このっ! ふん! 卑怯ですよ木偶の坊っ!! その無駄にデカい身長を活かすなんて!!」

「いっつも馬鹿にされてるからな。ここらで一度、力関係ってものをしっかり確立させねぇと――って痛っ!? すねっ、すねは反則だろうが! 暴力反対だぜチビっ子があ!!」


 ギャーギャーと何やら殴り合いの喧嘩一歩手前まで進んでいるが放っておく。仲が良いのか悪いのか分からないが、変にかしこまったりして距離が生まれるよりマシだろう。


 そして、色々と白詰に仕込んだらしいなかはらすずはこの近くにいなかった。御嵐山の山頂に到着してから、丸太みたいな見た目の椅子に座り込んで動かざること山の如し。年輪が描かれた木製テーブルに顔を付けたまま電池切れを起こしていた。知力や頭脳では並外れた能力を有しているが、体力面については平均を大きく下回っているようだ。


「さて」


 気持ちを切り替えて、今津は周囲の警戒に戻る。


 時刻は十一時半。

 すでに半分近い班が山頂に到着して、昼食の弁当を食べ始めている。早い班だと下山の準備に入っていた。あと一時間半も経つ頃には全ての班が頂上から下山を始めるだろう。


「このまま何も起きなければとか、寝ぼけた事でも考えているのかい?」

「っ!?」


 すっ、と。

 僅かな気配すらなく、何かが唐突に意識の中へと潜り込んできた。


 運動という言葉が似合わない細身の男子生徒。

 青を基調したデザインのジャージは第二校区高等部の物か。気取った衣装でも着こなしそうな整った目鼻立ちは、そよ風のようにさっぱりとしていた。目許まで伸びた長い前髪に、何かを企んでいそうな曖昧な笑み。感情を映さない糸目には、スクエア型の黒縁眼鏡が添えられている。


「(話し掛けられるまで、全く気付かなかった……?)」


 その驚愕は、街中を歩いていたら物陰から急に銃口を突き付けられた感覚に似ていた。予兆もなければ、理由も分からない。それでも自分の命が剥き出しで晒されている危機感だけは嫌というほど理解できる。


「……何だ、お前は」

「あまり初対面の相手を睨み付けないで欲しいね。君は敵が目の前に現れたら、対話もなしにいきなり殴り合うのかい?」

「敵、だと……?」

「少なくとも味方のつもりはないな。だけど、ここで君と戦うつもりはないよ。こう見えても僕は裏方担当でね、正面切って第一校区のいまりょうとやり合える力なんて持ってはいないんだ」


 いい加減に無茶振りはやめて欲しいね、と肩を竦めた少年は困惑にりゅうを歪めた。


「僕はね、会話をしに来たんだ」

「会話?」

「そう、不完全とは言え『英雄化』に達した君と。どうやら天風島の遺跡で『感覚』を掴んだようだし、どのレベルまで育っているか確認しておきたかったのさ。とは言え、まだ指の先端が少し触れた程度だ。君の中に実った果実は、青く、硬い。残念だけど、収穫にはほど遠いな」

「……お前は、一体何を言っている?」

「分からないのなら気にしなくていい。どうせ説明しても理解できないだろうからね。僕の言葉の意味が分かる時が来れば、自然とまた巡り会う事になるだろう」


 クツクツ、と。

 楽しそうに喉を鳴らした少年は体の向きを変えて去って行く。肩越しに振り返り、鼻梁まで垂れた前髪を弄りながら告げた。


「だから、この程度の試練で死なないでくれよ? 君の可能性は、失うには余りにも惜しい。今の段階でも実験に付き合えるくらいの度量は見せて欲しいね。でなければ、せんていの刃は容赦なく君の果実に迫るぞ」

「実験だと!? 待て、お前は――」

班長ボス? どうしたよ、そんなに血相を変えて。さっきのヤツは班長ボスの知り合いか?」


 いつもと変わらない御代の声を聞いて、狭窄していた視界に光が戻ってきた。長く息を吐き出して、凝り固まっていた神経を柔らかく解していく。


 ふと気付いた時には、すでに少年の姿を見失っていた。探してみるも見つからない。屋上から下りてしまったのだろうか。


「僚、お前は何か聞いたか?」

「さっきの野郎からか? 生憎と、俺はどっかのチビっ子のお世話で手一杯でね」

「またチビって言った! 氷華だって……氷華だって、好きで小さいんじゃないのにっ!!」

「……そうか」


 あの少年の事は敢えて伝えなかった。

 声変わりを終えたにしては高いテノール声で告げられた言葉が抽象的で理解できなかったという理由もある。だがそれ以上に、二人を巻き込む事に強い躊躇いを覚えたのだ。あの少年の目当ては自分一人。いたずらに情報を共有すれば仲間を危険に晒しかねない。


 ジリ、と。

 すいたいが違和感を検知したのは、その時だった。


「(界力術の気配? まさか、あいつが……?)」


 実験。試練。

 先ほどの不穏な言葉が耳で再生される。


 素早く視線を左右に走らせるが、楽しそうに弁当を食べる生徒達の光景から異変は見出せなかった。旅行で羽目を外して、誰かが冗談半分で界力術を発動しただけか? そんな都合の良い可能性に心が流れそうになった――直後。


 烈風が、吹き荒れる。

 ずっと感じていた横方向ではなく、円塔の石壁を登ってくる下からの風でもない。


 ()()()

 それはまるで、巨大な体を浮かせるために長い翼で羽ばたいたような――


「……出やがった!」


 歪み。

 明らかに自然現象とは考えられない異変。滞留した超高濃度ガスによって空気の屈折率が変わっていると説明された方がまだ信じられるその空間が、一体どんなシルエットを形作っているのかは言うまでもない。


班長ボス?」

「ドラゴンだ! 昨日の夜と同じだよ、またアイツが目の前に現れたっ!!」

「本当か!? くそっ、俺には何も見えねぇぞ!」


 声を張り上げた御代は必死の形相で青空を見上げるが、無意味だと悟って唇を噛んだ。隣では白詰が不安そうに視線を彷徨わせている。

 他の生徒の反応も似たようなものだった。不自然な風に疑問を持ってはいるだろうが、まさか頭上に凶悪なドラゴンが浮遊しているとは考えていまい。


「(なるほど、これは最悪の展開だ……)」


 ここは円塔の屋上だ。背が低いと言っても、軽く三階分くらいはあるだろう。落下防止の石壁も腰の高さまでしかなく、建物の周りには硬い地面が広がっている。


「(これじゃあ安全装備もなしに超高層ビルの壁面で高所作業をするのと同じだ! 暴風に吹っ飛ばされて落下でもしたら怪我をする程度じゃ済まないぞ!!)」


 格闘ゲームではよくある場外一発アウトが確定した天空闘技場。実際に自分が立ってみると、如何に悪趣味なルールなのかよく理解できた。何とかして生徒達にこの理不尽なステージから出て行ってもらう必要がある。


 でも、どうやって?

 ドラゴンの姿が見えない相手に、どんな方法を使って危機感を伝えればいい?


「と、とお殿……なにゆえ、山頂に到達したのにまた上を目指すのでござるか……? 拙者、暑さと疲労でついに目眩が……」

「ここまで来たら最後まで行かないと勿体ないでしょ! ほら、もう屋上だから頑張って!」


 迷っている間に、他の生徒が屋上にやってきた。

 男女混合の四人組。その内の一人は見覚えがあった。きりさわなお――我らが『特班』のメンバーだ。まだこちらに気付いていないのか、涼しい顔のまま周囲を見回している。


 だが。


「嘘でしょ……なによ、あれ」


 女子生徒だけは、明確な反応を示した。

 風に揺れるライトブラウンの長髪に、どんな服でも似合いそうなスラリとした体付き。落ち着いた雰囲気は、少女を同年代の中で頭一つ抜けて大人びて見せていた。


「まさか……ドラ、ゴン?」


 意志の強さを感じさせる瞳に浮かぶのは驚愕の光。真っ青な夏空を見上げて、女子生徒は確かにそう呟いた。

読んでいただいて誠にありがとうございます!

毎週火、金曜日20:00に最新話を投稿します!

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