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後編

 蛇は昔から、嫉妬深いイメージが持たれている生き物である。

 鎌倉時代に伊賀守橘成季によって編纂された『古今著聞集』には”ある僧の妻嫉妬により蛇と化し夫の件物に食いつく事”という説がある。能面にも、嫉妬の表情で有名な般若より更に業深い、真蛇(しんじゃ)という殆ど蛇と化した鬼の表情がある。海外でも、キリスト教の七つの大罪の嫉妬がしばしば蛇の姿で描かれるなど、そのイメージはおおよそ世界共通であるようだ。

 すると、蛇神であるカガチはどうなのだろうか。


 彼は色事に関わることを許していなかった。色事とは男女間の愛憎のことであるから、彼は伴侶と定めた彼女に異性との恋愛を禁止する独占欲を見せたことになる。しかし、不幸にも彼女はその事を理解していなかったのだ。

 彼女が異世界にトリップしたのは、イケメンに愛されるため。乙女ゲームの攻略対象に愛され持て囃された彼女は恋をして、蛇神であるカガチではない恋人を作った。神との約束事である祈りやお供え物も次第におざなりになり、ないがしろにした。

 磨かれた鏡とはカガミ=カガメ、つまり(カガ)の目を表している。カガチは供えてある鏡を通して、彼女が他の男と一緒になったことも、神を奉っていなかったことも見ていたのだ。そんな裏切りを、嫉妬深い蛇神である彼が許す筈もない。

 神とは、力が強く人に災いをもたらすものを、災いでなく恵みをもたらすよう人間が崇めたのがはじまりである。

 神は仏とは違い、ないがしろにされれば人に祟りという名の災いをもたらす。その和魂(にぎみたま)荒魂(あらみたま)に変え、祟り神へと変化する。最初は彼女の恋人、そして彼女を愛していた男たちへ、原因不明の病を形どった脅威が彼等に降りかかったのは、祟り神に身をやつしたカガチの祟りだった。

 彼女は、自らたてた仮説に青ざめ震えあがった。もしこれが本当ならば、キャラクターである彼等が罹った病は全て自分のせいであるからだ。

 彼女がよく読んでいたネット小説には、交通事故に遭いそうな動物や子供を助けて死に、その結果神様に愛されて異世界で幸せになったという主人公がよく出てきた。

 しかし、実際神様に愛されたらでこんな恐ろしい事態に陥る羽目になるなんて、誰が想像しただろうか。彼女は突如襲ってきた吐き気を飲み込み、暫く放置された祭壇に目を向けた。

 

”…(やうやく気がついたかえ?”


 そこには、以前と同じ狩衣と烏帽子に身を包んだカガチが此方を見ていた。相変わらずの怜悧な美貌ながら、その眼は黒目が獣のように細く縦長で、完全に瞳孔が開ききっていた。


其方(そち)は我との約束を破り、色に溺れ身を汚した。我を崇め奉る気持ちを忘れ、祈りを蔑ろにした。

ーー其方の願いを叶える為の神との契約であったというに、我をたかが蛇神風情と思い(たばか)ったか”


 その言葉に、じりじりと後ずさっていた彼女は震えながら首を横に振った。自分は知らなかったのだ、騙すつもりはなかったのだと。お願いだから祟りを今すぐ止めて欲しいと泣きながら懇願すると、カガチはその瞳に嫉妬の業火を燃やした。


”ようぬけぬけと…祟りを止めることはできぬ。例え知らなんだとしても、我の物に手を出した罪は消えぬのじゃ。取り殺してやっても良かったのじゃが、其方は奴らの容姿を気に入っていたようじゃからの。生涯醜い容姿で過ごすがいいわ”


 そんな、酷い、と顔を覆い嗚咽を漏らす彼女に彼はそっと近づいた。彼女の前に立つと、涙を流す彼女の顎を持ち上げ視線を合わせる。


”…じゃが、我が祟りを止める方法がただ一つある”


 その言葉に彼女は懇願するように彼を見て、続けられた言葉に愕然とする。


”其方が我の子を産むことじゃ。我の嫁御となり、その身を蛇神へと変え生涯我に仕えよ。さすれば祟りを止めてしんぜよう”



――カガチは祠の中、長い間一人で微睡んでいた。太古の昔には崇め奉られたカガチであるが、時代と共に崇める人間がいなくなり忘れ去られたのだ。太古の昔は山ほどの大蛇であったが、力もなくなり実体をとれない程弱っていた。このまま自分は消えていくものだとばかり思っていたのだ。

 そんな時、彼女が現れた。身を清め百と千日彼の祠に祈る彼女のおかげで、彼の力は戻り彼女の願いを叶えられるまでになった。

 彼は恐ろしかった。一度孤独から脱却すると、再び一人暗闇の中に戻るのが恐ろしくて仕方がなかった。だからこそ、暗闇から自分を救った彼女をつがいにして、神としての永劫の時を共にしたかったのだ。一人は、嫌だった。

――彼女は恋人を愛していた。

 家族も友人も何もかもと離れてしまった彼女が改めて孤独に震えていた時、自業自得だというのに恋人は抱きしめ傍にいてくれた。悪い事をしてしまった時は、甘やかさずにちゃんと叱ってくれた。

 だから、恋人が病に倒れた時も彼女は献身的に看病した。醜く腫れ上がった容姿を、それでも愛していた。いつも彼女を笑顔にしてくれた恋人を、キャラクターの枠を越えて本当に愛していたのだ。



 その日、一人の少女が消息を絶った。彼女は通称『鱗病』と呼ばれている原因不明の病に罹った少年を、周囲が胸を打たれるくらい献身的に看護していた少女だった。

 警察は新興宗教に浚われた可能性を視野に入れ、懸命に行方を捜索したものの、めぼしい証拠も証言も見つからなかった。マスコミは看護疲れによる自殺ではないかと心ない言葉を書き連ねた。半年も過ぎると捜索は打ち切られ、恋人であった少年は嘆き悲しんだ。

 しかし、不思議なことにその頃から少年の病は回復に向かった。ただれていた皮膚が驚くほどの速さで自己修復し、ほどなく少年は皮膚病に罹ったなんて誰も思わないくらい、元の美しい容姿を取り戻したのだ。

 病から回復した少年は、未だ行方のわからない恋人の部屋を解約する為、彼女のアパートを訪れ荷物を引き取った。その帰り、彼は不思議なものを見た。

 それは、大きな蛇だった。全長は1.5メートルにもなるだろうか、全身混じりっけなしの純白の鱗に覆われた、どこか神々しいような蛇だった。その蛇と目があった少年は、何故か寂しいような懐かしいような気持ちに襲われた。

 その蛇はアパートの階段の下で暫く少年を見上げると、ふいと顔を逸らし近くの茂みへと向かった。そこには白蛇より益々大きい黒い鱗の蛇が待ち構えており、黒蛇が白蛇を先導するよう茂みの奥へと入っていった。

 その時、白蛇が振り返って少年を見た。それは名残惜し気にじっと少年を見ると、黒蛇に続くように茂みに入っていった。


 白蛇は、もう二度と振り返ることはなかった。

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