王太子、隣国に乗り込む。
リンドール視点
王城に戻り、陛下に状況を説明する。
オフィーリアが石化病を患っている可能性があること。
主治医と共に療養で地方に行っていること。
隣国の聖女に協力を仰ぎたいこと。
当分の間、公務も休まなければならない。
王も王妃もオフィーリアを気に入っていたのでなんとか許しを得ることができた。
そして、三通の手紙を書く。
一通目はカール医師に。
オフィーリアの現状を聞くためだ。
本当なら今すぐにでもオフィーリアのところに駆けて行きたい。
しかし、行ったところでなんの役にもたたない。
会いにいくのは出来ることをやってから。
今はとにかく時間がない。
二通目は隣国の王家に。
公式訪問ではなく、王太子の個人的な訪問の知らせと謁見のお願い。
この手紙が届くのと時をおかず到着するだろう。謁見の許可が出るまでには時間がかかる。
それでも少しでも早く謁見が叶う様、手紙をしたためた。
三通目は隣国の医師、ランディに。
診療所で見つけた手紙の送り主だ。
カール医師からの手紙を取り継いでもらえるようにする為と、名医と名の通るその医師に詳しく話を聞きたい。
手紙を送り次第出発する。
馬を変えながら休みなく走らせ隣国の王都に入る。
一度手配した宿に入り、先にこちらにいる医師に会いにいく予定だった。しかし、先にやってきたのは王家からの使者だった。
王城の応接室。
華美ではない。しかし洗練された美しさのある部屋に通された。
こんなに早く謁見が通るのは異例のこと。
少なくとも一週間は待つだろうと思っていた。
「王妃様がいらっしゃいます」
王妃?
王でも宰相でもなく王妃。
賢王と言われるこの国の王が賢王たり得ている理由。
王は王妃だけを生涯愛すると誓い、二人の王子と一人の王女がいる。
聖女はいつも弱い者のため、助けが必要な者のため、正しく力を使う。それは、全て王妃の助言があると言う。
その王妃が直接、しかも公的にではないこの場所に来られる。
ノックの音。
立ち上がり、最敬礼で迎えた。
「どうぞ、お掛けください」
品の良いドレスに身を包む王妃と白いローブを着た女性、そして、壮年の口髭を生やした男性の姿がある。
王妃とローブを着た女性──恐らく聖女──はソファに座り、壮年の男性は王妃の後ろに立った。
口上を述べようとしたところで、王妃に制される。
「今回は正式な謁見ではありません。口上は不要です」
リンドールが腰を下ろすと、侍女がお茶を運んでくる。
「オフィーリア・ルーベンハルトのことですね」
探りを入れる間もなく、ソフィアは核心を突いた。
さすが賢妃と言われるだけのことはある。オフィーリアのこともすでに把握済み。
この異例の早さでの謁見も王妃の配慮か。
「オフィーリア様。外交の際に何度かお会いましたが、聡明で思慮深い方であったと記憶しています。石化病。現状、あまり時間がないことはこちらも把握しています。急ぎ、妖精の鱗粉が必要になるかと」
ぐっと唇を噛む。
オフィーリアは自分の婚約者だと言うのに、現状のことがほとんど分かっていない。
「発言をお許しいただけますでしょうか」
「許します」
「恥ずかしながら、オフィーリアが石化病を患っている事を知ったのが少し前のこと。現状を全く把握できておりません。よろしければ、教えていただけませんか」
王妃は少し思案してから、口を開いた。
「オフィーリア嬢は殿下に何も仰られなかったのですね」
「はい」
「そうですか……ランディ、状況を」
後ろに立った男性が、隣国で訪ねる予定だったランディ医師のようだ。
「ランディと申します。僭越ながら私の知っている情報をお伝えします──」
ランディからの情報は身を裂くようなものだった。
石化病を患って半年以上は過ぎていること。
現時点で残りの時間は長くて四ヶ月程しかないこと。
治療法は特効薬しかないが、必要な薬草がどれも貴重で入手が難しい。特に妖精の鱗粉という材料が現在手に入らないこと。
「この病は妖精に気に入られた子供が罹ると言われています。発症の年齢はそれぞれ違いますが、発症からおおよそ七ヶ月頃から徐々に衰弱していきます。内臓が機能しなくなる為です。一年ほどで心臓が止まります。オフィーリア様は現在六ヶ月を過ぎています。あまり時間がありません」
グッと握りしめた拳が痛む。
思った以上に状況が悪い。
「なんとか妖精の鱗粉以外の材料は揃いそうですが……」
妖精の存在など絵空事。
噛み締め過ぎた奥歯が音を立てる。
「妖精の鱗粉を手に入れる方法はあります」
王妃の言葉に顔を上げる。
「ですが、その方法は過酷なものです」
「教えてください」
「相当な覚悟が必要な上に失うものが大きい。それでも挑戦しますか?」
「します」
「殿下ご自身が受ける、と言うことでよろしいですか?」
念を押すように確認してくる。その言葉に即座に首肯する。
「そうですか……病の発生と聖女の存在。これは運命なのかもしれませんね。トーリカ」
王妃が聖女に目を向ける。
聖女が心得たように頷く。
「トーリカと申します。聖女の地位にあります。お見知りおきください。さて、妖精の鱗粉ですが、妖精が言うには妖精の森での試練に合格すれば、差し上げても良いと。妖精の森への案内は私が致しますが、私は手助けすることが出来ません。殿下が自分の力だけで乗り越える必要があります。よろしいでしょうか」
「はい。案内をお願いします」
「どうされますか? 日を置かれますか? それとも準備が出来次第向かいますか?」
「準備が出来次第向かいたい」
時間が惜しい。
「承知しました」
「最後に一つよろしいですか?」
立ち上がりかけた体を再びソファに下ろす。
「王妃の立場から一つだけ。オフィーリア様が病気を患っていることはすでに知られていることでしょう。その上で、殿下は彼女をどうなさるおつもりですか? オフィーリア様が病から回復されたとして、彼女を王妃にすることは難しい。だからこそ、オフィーリア様は何も言わずに殿下の元から去られた。いえ、実際は死を覚悟して殿下の負担にならないようにと去られたと考える方が自然でしょうか。オフィーリア様が治ったとして、再び婚約者に据えるおつもりですか?」
考えないようにしていたことを突きつけられる。
大病を患ったオフィーリアを再び婚約者に。
出来ないことでは無い。だがそれはオフィーリアにかかる苦労がこれまで以上になるということ。
今までも孤独を抱え、自己を犠牲にしながらも尽くしてくれたオフィーリアにさらなる重責を自分本位な考えで押し付けていいのか。
「王妃というものは生半可な気持ちで務まるものではありません。私は一度は諦めた人生を再び生きることができるのならば、オフィーリア様には自由に生きて欲しい。物語の結末は、登場人物が決めるもの。誰かが書いたシナリオ通りに生きる必要はない。道は一つではありません」
──道は一つでは無い。
王妃の言葉がストンと落ちた。
「そう……ですね。共に生きるか……道は一つでは無い」
「幸せは、なるものではなく、選んで掴むものですよ。リンドール殿下」
その言葉を胸に、リンドールは立ち上がった。
準備があるとのことで、三時間後に約束をし、一度宿に戻った。
すると、カール医師より手紙が届いていた。
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リンドール王太子殿下へ
ご連絡をいただき、確かに受け取りました。
オフィーリア様の現状をご報告いたします。
現在、石化病の進行は肩口および股関節付近まで達しております。上肢については手首から先の感覚は既になく、腕を上げることも困難な状態です。下肢についても同様に、自力での歩行は不可能です。
食事は介助により行っております。睡眠は取れております。意識は明瞭です。
痛みについては、硬化の進んだ部位には感覚がないため、現時点では訴えはありません。
現在試作薬の投与を本人の同意のもと行っております。経過については引き続き観察中です。
なお、オフィーリア様は穏やかに過ごされております。
海がよく見える部屋で、毎日空を眺めておられます。
医師 カール
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穏やかに。
その言葉を指でなぞる。
必ず妖精の鱗粉を手に入れて会いに行く。
そう誓い、カールへの返信をランディに託した。
そして、聖女と共に妖精の森に足を踏み入れた。
賢妃ソフィアと聖女はこちらの作品の登場人物です→https://ncode.syosetu.com/n9148ly/




