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余命一年の悪役令嬢は、愛する人に嫌われるために画策します  作者: 衛星 奏志


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5/12

悪役令嬢、療養する。

オフィーリア視点

 病は、容赦なく進行していた。


 手足は肩と太ももの付け根近くまで黒く硬化し、かつて感じていた痺れすら、今では遠いものとなっている。


 腕も、脚も、もう何の感覚もない。


 腕を動かすことすら叶わず――


 今のオフィーリアは、一人では何もできなかった。


 それでも。


 丁寧に世話をしてくれるマリアンと、診察と処置を続けてくれるカール医師の存在が、確かに支えになっていた。




 窓を開ければ、潮風が磯の香りを運んでくる。


 幾つものクッションに体を預け、上体を起こしたオフィーリアは、穏やかに海を眺めた。


「一人で旅に出ようなんて……本当に無茶だったわね」


 自嘲気味に小さく笑う。


 あの時の自分は、あまりにも無謀で、無計画だった。


「何を笑っているの? 楽しいことでもあった?」


 ちょうど部屋に入ってきたマリアンが、不思議そうに首を傾げた。


「ええ、とても」


「なぁに? 私にも教えて」


「大したことではないの。ただ……自分が、世間知らずの箱入り令嬢だったのだと思って」


「それは仕方ないわよぉ。侯爵令嬢なんて、私たちからしたら雲の上の存在だもの。住む世界が違うんだから」


 気負いのない言葉に、ふっと肩の力が抜ける。


「……ええ、違うわね」


「でもね、高位貴族は高位貴族で大変そうだなって思うわ。責任とか色々あるんでしょう? はい、これお薬」


 差し出された小瓶を見て、オフィーリアは微笑む。


「何度も聞くようだけど、この薬は試作品で効くかどうか分からないし、万が一だけど副作用や悪影響があるかもしれない。それでも、本当にいいの?」


 マリアンとカール医師は、文献を漁り、有識者を訪ね、さらには隣国にまで手を伸ばして、この病を治す方法を探してくれている。


 その事実だけで、十分すぎるほどだった。


「ええ、もちろん。私の体で試すことで、同じ病に苦しむ人の役に立つかもしれないでしょう?」


「もう、リアってば……本当に人のことばっかり」


「お人好しの代表みたいな貴女ほどではありませんけどね」


 視線を合わせて、小さく笑い合う。


 マリアンに手伝ってもらいながら薬を飲み、静かに横になる。




 男爵領に来て、二ヶ月。


 思いのほか穏やかな日々が続いていた。




「ねぇ、マリアン」


「なぁに?」


 身の回りを整えていたマリアンが手を止め、顔を上げる。


「私は……上手くやれたかしら」


 婚約解消を告げた、あの日。


 体はすでに限界に近かった。


 指先はティーカップすら持てず、歩くこともままならない。


 リンドールの視界から外れた瞬間、崩れ落ちた。


 侍女に変装していたマリアンがすぐに支え、垣根の影へと連れて行ってくれなければ、人目に晒されていただろう。


 あれが、限界だった。


「……ええ。きっと大丈夫。大丈夫よ」


 優しく、言い聞かせるような声。


「マリアン」


「なぁに?」


「ありがとう。貴女と友達になれて……本当に嬉しかった」


 一瞬だけ。


 本当に一瞬だけ、マリアンの表情が崩れた。


 けれどすぐに、いつもの明るい笑顔に戻る。


「なぁに急に。でも……私もよ。リアと友達でいられて、とても嬉しいわ」


 そっと触れられた手。


 肩に置かれた手。


 本来なら、何も感じないはずなのに──


 不思議なことに、その温もりだけは確かにある気がした。



 ここに来てから、少しずつ。


 死へ向かうための、心の整理をしている。


 それでも。


 胸の奥に残り続けるのは、リンドールのことだった。




 ──彼は、私のことを忘れて、前に進めているだろうか。


 ──婚約解消の手続きは、滞りなく済んだだろうか。


 指にはまった指輪を見下ろす。


 感覚はもうないはずなのに、その指だけは、何処かに繋がっているような気がした。


 願うことが許されるなら。


 夢の中でいい。


 もう一度だけ、声を聞きたい。




 そんな想いを胸に、オフィーリアはそっと目を閉じた。


 潮騒と、かすかな香りに包まれながら──


 遠く、彼の声を聞いたような気がした。


オフィーリア視点はここで一旦終了です。

明日からリンドール王太子視点のオフィーリア逃亡の裏側が始まります。

続きもよろしくお願いします。

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