悪役令嬢、逃亡する。
オフィーリア視点
オフィーリアは裏門から、ひっそりと屋敷を抜け出した。
机の上には、家族へ宛てた手紙を残した。
そのまま診療所へ向かい、一夜を明かす。
翌朝、用意された馬車に乗り込んだ。
馬車は寝台として使えるよう改造されており、内部にはクッションや敷布がいくつも積まれている。
王都を出る際には、オフィーリアの提案で“遺体を運んでいる”と偽装した。
黒く変色した腕を見せれば、疑われることはなかった。
マリアンは強く反対したが──
疑いの芽は、最初から摘んでおくべきだ。
もし露見すれば、二人に迷惑がかかる。
そう説き伏せた。
診療のたびに少しずつ持ち出していた宝石を換金し、旅費に充てる。
二人は恐縮していたが、これでも足りないくらいだとオフィーリアは思っていた。
返しきれるものではないと、分かっているからこそ。
カール医師が同行する旅は、概ね順調に進んだ。
ゆっくりと景色を眺め、時に薬草を採取しながら、辺境へと向かっていく。
穏やかな時間だった。
──だが。
行程の半ばを過ぎた頃から、様子が変わる。
街道の検問が、目に見えて厳しくなっていた。
通過のたびに足止めされ、確認に時間を取られる。
兵士たちの視線が、どこか探るように鋭い。
──探されているのかもしれない。
胸の奥に、小さな不安が芽生える。
けれど、立ち止まるわけにはいかない。
気付かれぬように、しかし確実に。
オフィーリアたちは、進みを早めた。
一週間ほどかけて、辺境の男爵領へと辿り着いた。
「オフィーリア様、海です! 海が見えてきましたよ」
「えぇ……美しいわね」
陽光を受けてきらきらと輝く海は、息を呑むほどに美しかった。
波音の届く男爵家の屋敷で、オフィーリアは療養することになった。
小高い丘の上に建つその屋敷は見晴らしがよく、与えられた部屋からは一面に広がる海を望むことができる。
マリアンによく似た気質の男爵夫妻は、療養に訪れたオフィーリアを温かく迎え入れてくれた。
その優しさが、胸に沁みる。
カール医師はキャッキャと楽しそうな女性二人をにこにこと眺めています。




