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余命一年の悪役令嬢は、愛する人に嫌われるために画策します  作者: 衛星 奏志


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3/12

悪役令嬢、男爵令嬢をいじめる。

オフィーリア視点

 ある日の昼休み、学園の中庭は穏やかな陽射しに包まれていた。

 談笑する令嬢達の中に、ひときわ張り詰めた空気が走る。


「マリアン、そこにいらしたのね。ちょうど良かったわ」


 名を呼ばれた瞬間、周囲の視線が一斉に集まる。

 マリアンは一瞬だけ足を止めた後、静かに歩み寄り、深く頭を下げた。


「お呼びでしょうか、オフィーリア様」


「ええ。貴女、それを全てお持ちなさい」


 視線の先には、机の上に置かれた書物や資料、たくさんの荷物があった。

 到底一人で運ぶには大変だと一目で分かる。


 ざわり、と周囲がざわめく。


「……承知しました」


 マリアンは迷うことなく頷き、荷物へと手を伸ばした。


「それと」


 オフィーリアが扇を軽く鳴らす。


「今日の講義のノート、後で写して持ってきなさい。見づらい字は困るわ」


 マリアンが辛そうに顔を歪め固まる。


「まさか断るつもりではありませんわよね? 男爵令嬢が侯爵令嬢の頼みを」


 念を押すような一言に、空気がさらに冷える。


「そのようなことは」


 短く答え、マリアンは荷物を抱え上げる。

 重みでわずかに体が揺れた。


「……かしこまりました」


 再び小さく頭を下げるマリアン。


 その手が、荷物を持ち直す際にオフィーリアの指先がそっとマリアンに触れた。


 ──冷たい。


 一瞬、マリアンの動きが止まる。


 オフィーリアの指先は白手袋越しでも分かるほどに硬く、わずかに震えていた。


(ごめんなさい。でも、こうするしかないの)


 喉まで出かかった言葉を押し殺す。


「何をしているの? さっさと行きなさい」


 冷ややかな声音が、感情を切り捨てる。


「……失礼致します」


 マリアンは何も言わず、その場を後にした。


 周囲にひそひそとした声が広がる。


「また……」

「ひどいわね」

「あれではまるで──」


 ──悪役令嬢だ。


 そんな囁きを背に受けながら、オフィーリアはゆっくりと扇を閉じた。


 その手が、かすかに力なく揺れていることに気付く者は、誰もいなかった。


 ふと、視線を感じて顔を上げる。


 中庭へと続く回廊の影。

 そこに、見慣れた姿があった。


 リンドールが、こちらを見ている。


 何も言わず、ただ静かに。


 その視線は、先程の一部始終を確かに見ていたことを物語っていた。


 胸の奥が、ひどく軋む。


 けれどオフィーリアは、何事もなかったかのように小さく微笑んでみせる。


「……何か?」


 届くはずもない距離で、そう形だけ唇を動かし──


 すぐに興味を失ったかのように、ゆっくりと視線を逸らした。


 こうしてオフィーリアは、公衆の面前でマリアンを虐める“演技”を続けた。


 悪役令嬢の噂が学園中に浸透した、冬の終わり。


 病は確実に進行していた。


 腕は肘の下あたりまで黒く変色し、常に痺れが走る。ティーカップを持つことすら、やっとという有様だった。


「オフィーリア様、婚約解消されたら、どちらへ行かれるおつもりですか?」


「そうね……この体だもの、限界はあるでしょうけれど。辻馬車を乗り継いで、どこか知らない土地へ行くのもいいかもしれないわ。まあ、現実的ではないけれど」


「でしたら、私と一緒に領地へ来ませんか?」


 思いがけない提案に、オフィーリアは瞬きをする。


「マベリーク男爵の領地……西の辺境伯領、その南方にある海沿いの土地だったわね?」


 頭の中に地図を思い浮かべる。


 南西に位置するその領は、大きくはないが港を有し、活気のある土地だと教師から教わった記憶がある。


「でも、私は退学すればいいけれど、貴女は学園があるでしょう?」


「うーん……実は私、学園のことはそれほど重要じゃなくて。大好きな幼馴染が王都にいるから、そばに居たくて通っていただけなんです」


 あっけらかんとした言葉に、オフィーリアは目を丸くする。


「大胆ね」


「今も診療所を手伝っている方がずっと楽しいですし。それで彼とも、この診療所を閉めて領地へ戻ろうかって話していて……オフィーリア様も一緒なら、きっと楽しいんじゃないかなって思ったんですけど」


 マリアンの隣に立つカール医師に視線を向けると、彼は静かに、しかし力強く頷いた。


 ──こんな優しさが、あっていいのだろうか。


 胸の奥がほどけるように緩み、同時に、どうしようもなく熱くなる。


 気付けば、涙が溢れていた。


 きっと彼女たちは、オフィーリアを侯爵令嬢としてではなく、ただの一人の人間として見てくれている。


 それが、どうしようもなく嬉しかった。


「……ありがとう」


 掠れた声でそう告げる。


 黒く変色した手を、マリアンは躊躇わずにそっと握った。


「私の男爵領を、オフィーリア様に自慢したいんですよぅ」


 照れたように笑うその姿に、オフィーリアも小さく笑みを返した。



 婚約解消を申し出た、その日の夜。


 宝石箱から取り出したのは小さな宝石のついた指輪だった。


 幼い頃、彼から贈られたもの。


 当時は少し大きくて、すぐに外れてしまうからと大切にしまい込んでいた品だ。


 時々取り出しては懐かしんでいた。


 そっと指に通す。

 大人になってからは逆に嵌まらなくなってしまっていたそれが、今はするりと収まった。


「……あら」


 細くなってしまった指。

 変わっていく自分の体を、こんな形で思い知らされるなんて。


 けれど──


「今なら、ちゃんと持っていられるのね」


 誰に聞かせるでもなく、そう呟いた。


 外そうと思えば、きっと簡単に外せる。

 それでも、外す気にはなれなかった。


 これだけは。

 これだけは、最後まで手放したくない。


 動かなくなっていく手の中で、ただ一つ残されたもののように、指輪は静かにそこにあった。


マリアンの辛そうな姿は演技ではありません。

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