悪役令嬢、余命宣告される。
オフィーリア視点
半年前、オフィーリアは王都にある診療所を訪れていた。
「不治の病……ですか」
「ええ。それも難病とされる病気です」
医師はオフィーリアの手を取り、変色した爪を慎重に観察した。
「これから先、徐々に手足の感覚が無くなっていき、おおよそ一年かけて体の機能が停止します」
「余命が一年と言う事でしょうか」
「心臓が止まるまでが約一年というところで、半年過ぎたあたりから臓器が徐々に機能を停止していきます。進行具合にもよりますが、一年を持たず、二、三ヶ月早まる場合もあります」
「そう……ですか。手の施しようが無いのですね」
「特効薬があるにはあるんですが──」
まだ年若い医師──カールは、机の端に積まれた本の中から、古く今にも崩れそうな本を丁寧に持つと慎重にページをめくった。
「あった。こちらの記述になるのですが、この病の特徴は、まず爪が桃、赤、紫と変化していきます。そして、最終的には黒く石のようになる。黒い部分が末端から心臓に向かって広がっていき、その部分の機能が失われます」
淡々とした説明が、現実を突きつける。
「この病気には特効薬があるのですが、現在はその材料が手に入りません」
「材料となる薬草が絶滅していると?」
「いいえ、薬草ではなく、材料の中に妖精の鱗粉が必要なんです」
「妖精の鱗粉……」
数百年前には、妖精はそこら中に存在していたとする文献がいくつも残されている。
だが現在、その姿を見たという者はいない。
もはや御伽話と言っても差し支えない存在だ。
その妖精の鱗粉が必要となれば──
現実的に、薬を作ることは不可能に等しい。
視界が、ぐらりと揺れた。
「お役に立てず、申し訳ありません」
深々と頭を下げるカールに、何と返したのかは覚えていない。
どうやって屋敷まで戻ったのかも分からない。
気が付けば、自室のベッドに座り込んでいた。
最初に浮かんだのは、婚約者のことだった。
──リンドール。
この国の王太子であり、未来の国王となる人。
あの人の隣に立つはずだった、自分。
胸の奥が、じわりと熱を帯びる。けれど。
その未来は、もう叶わない。ならば──
──彼のために、消えなければ。
病気のことは言えない。
きっと彼は気に病んでしまう。
あの人は、そんなに器用ではない。
では、彼が私に幻滅すれば?
リンドールの方から婚約を解消するよう仕向けることができれば。
その後ひっそりと姿を消し、彼の知らない場所で死ねば──忘れ去られるのでは?
ギュッと握り締めた手の爪は赤紫に変色していた。
幻滅させるにはどうすれば良いか──考えながら、学園の端にある雑木林を歩いていると、日当たりの良いベンチに見覚えのある生徒の姿があった。
「あら? 貴女は確か──」
カールの診療所にいた少女。
「あ、オフィーリア様……っ! も、申し訳ありません!」
侯爵令嬢を許しもなく名で呼んでしまったことに気付き、女生徒は慌てて頭を下げる。
「構わないわ。貴女、先生のところにいらした方よね?」
「はい。私は辺境にあるマベリーク男爵家の長女、マリアンと申します。診療所の彼とは幼馴染で、休みの日には手伝いをしております」
「そう……男爵令嬢。ちょうど良かったわ」
オフィーリアは一歩、距離を詰める。
「貴女、私の病気のことは知っているのでしょう?」
マリアンは一瞬だけ視線を彷徨わせ、それでもすぐにオフィーリアを真っ直ぐ見て、静かに頷いた。
「お願いがあるの。協力してくれないかしら」
オフィーリアは、思い付いた計画を包み隠さず話した。
病のことを家族には伝えないこと。
リンドールに婚約解消を決断させたいこと。
動けるうちに家を出て、遠くへ行くつもりであること。
話し終えた後、少しだけ息を吐く。
「私、上に兄が一人と、下に双子の弟。一番下には体の弱い妹がいますの。父も母も元々多忙で、下の子たちに手が掛かるから……私はいつも後回しでしたわ」
ふっと、小さく笑う。
「誕生日だって、当日に祝ってもらえたことがあったかしら。でも、それでも良かったの。私には、誰よりも支えてくれる婚約者がいましたから」
陽の光は暖かいのに、吹き抜ける風は冷たい。
「でも、今の私では彼を支えられない。それどころか、お荷物になってしまうでしょう?」
声が、わずかに震える。
「だから――彼の前から消えようと思うの」
ぽたり、と制服の上に雫が落ちた。
「彼には、私を忘れて幸せになってほしいの。嫌われるのは辛いけれど……私のことで苦しませる方が、もっと辛い」
一度、言葉を切る。
「……ううん、違うわね。きっと私は、拒絶されるのが怖いの」
「王太子殿下は、オフィーリア様を拒絶なさるような方なのですか?」
「いいえ。きっと、そんなことはなさらないわ」
だからこそ──と、言葉を飲み込む。
「でも、これから私の体は変わっていってしまうでしょう? 肌は黒く変色して、きっと……醜くなる」
視線を落とす。
「そんな私を……見せたくはないの」
「失礼いたします」
そっと差し出されたハンカチが、頬を伝う涙を拭う。
マリアンの手は、驚くほど優しかった。
──巻き込んでしまう。
そう思った瞬間、引き戻される。やめるべきだ。
この子には関係のないことだ。
そう言おうとして──
「分かりました」
先に、言葉を塞がれた。
「乗りかかった船です。ご協力いたします」
「……よろしいの?」
「はい。オフィーリア様にとって王太子殿下が、とても大切な方なのだと分かりましたから」
マリアンは、まっすぐに笑う。
「私にもいるんです。とても、とても大切な人が」
その言葉に、オフィーリアは何も言えなくなる。
マリアンは、オフィーリアの両手をそっと包み込むように握った。
「私にできることなら、何だってします。オフィーリア様の病気のことも……諦めません」
「ありがとう」
喉の奥が詰まる。
「絶対に、貴女の不利にならないようにするわ。面倒を掛けるけれど……よろしくお願いするわね」
「はいっ!」
力強く頷くマリアンに、オフィーリアは小さく微笑んだ。
安心してください、ハッピーエンドです。




