『駄菓子屋おもひで』
子供の頃、
百円あればなんでも買えた。
カードが買えた。
駄菓子が買えた。
ゲームセンターで、
一回だけ夢も見れた。
でも今は違うらしい。
百円じゃ何も買えないと、
ニュースは言う。
物価高だとか、
時代だとか、
みんな難しい顔をしている。
けれど。
本当に変わってしまったのは、
百円の価値じゃないのかもしれない。
子供の頃、
あんなに輝いて見えていたものが、
今はもう視界にも入らない。
きっと俺は。
あの頃の心が分からなくなるほど、
心が老いてしまったのだ。
◇
そこは、昔と何も変わっていなかった。
色褪せたアイスの看板。
少し斜めになった自動ドア。
店の奥から漂う、
甘いような、古い紙みたいな匂い。
“駄菓子屋おもひで”。
小学生の頃、
毎日のように通っていた店だ。
社会人になってから、
一度も来ていなかった。
いや。
来れなかったのかもしれない。
自動ドアをくぐる。
カラン、と小さなベルが鳴った。
「……いらっしゃい」
店の奥から、
しゃがれた声が聞こえる。
顔を上げる。
「あ……」
婆さんも、
あの頃のままだった。
いや。
少し小さくなっていた。
◇
こんなに狭かったかな。
店の中を見回しながら、
ふとそんなことを思った。
子供の頃は、
もっと広かった気がする。
もっとたくさんお菓子が並んでいて。
もっとワクワクして。
もっと、
世界みたいな場所だった。
店先の赤いベンチも。
少し傾いたアイスケースも。
当たり付きのきなこ棒も。
十円入れて回すガムのゲームも。
全部。
全部、あの頃のままだった。
変わっていない。
変わってしまったのは、
たぶん自分の方だった。
◇
棚を見渡す。
うまい棒。
モロッコヨーグル。
蒲焼さん太郎。
小さな頃、
百円玉を握り締めながら、
本気で悩んで買っていたものばかりだ。
なのに今は、
値札を見ても何も感じない。
安いな。
ただ、それだけだった。
あの頃の自分なら、
百円で世界を見ていたのに。
ふと、うまい棒へ視線を向ける。
子供の頃、
何本買うか本気で悩んでいたあのお菓子。
その値札を見て、
悠斗は少しだけ目を丸くした。
「……十五円か」
思わず呟く。
すると店の奥から、
婆さんが少し寂しそうに笑った。
「ごめんねぇ。もう十円じゃあ、売ってあげられなくなってしまったよ」
「あ……」
悠斗は慌てて首を振った。
「いや、そんな……」
違う。
婆さんは何も悪くない。
時代が変わったのだ。
物価が変わって、
景色が変わって、
子供たちの百円の価値も変わってしまった。
それでもこの店は、
今もここに残ってくれている。
そのことが、
なぜだか少し嬉しかった。
◇
「坊主、大人になったねぇ」
婆さんが笑う。
悠斗は少しだけ困ったように笑い返した。
「……まぁ、一応」
「昔は毎日ガム回してたの覚えてるよ」
店の隅。
古びたガムのゲーム機。
十円を入れてレバーを回す、
ただそれだけの機械。
なのに子供の頃は、
あれがたまらなく楽しかった。
悠斗はポケットから十円玉を取り出した。
少し迷ってから、
投入口へ入れる。
ガコン。
レバーを回す。
小さなカプセルが落ちてくる。
開ける。
中には、
オレンジ色のガムが一つ。
「……はは」
思わず笑った。
別に特別な物なんて入っていない。
ただのガムだ。
でも。
胸の奥で、
何かが少しだけ戻ってくる気がした。
◇
もし今の自分のまま、
あの頃へ戻れたら。
どんな買い物をするのだろう。
うまい棒を十本買うだろうか。
カードを一パックだけ、
震えながら開けるだろうか。
それとも。
値札を見て、
“安いな”なんて思ってしまうのだろうか。
子供の頃の自分は、
百円で夢を見ていた。
今の自分は、
世界を知ったせいで、
百円の中にあった夢を見失ってしまった。
けれど。
完全に消えてしまったわけじゃない。
こうして、
またここへ来てしまったくらいには。
◇
店を出る前。
悠斗は棚の前で少しだけ悩み、
小さな袋いっぱいに駄菓子を詰め込んだ。
「買いすぎたかもな」
「大人買いってやつかい?」
婆さんが笑う。
悠斗もつられて笑った。
百円じゃ足りないくらい、
今の自分はお金を持っている。
それでも。
あの頃みたいな気持ちで、
また駄菓子を選べたことが、
少しだけ嬉しかった。
袋を片手に、
店の扉へ向かう。
振り返る。
そこには、
昔のままの駄菓子屋があった。
まるで。
置いてきてしまった心を、
ずっと預かっていてくれたみたいに。
みなさんはあの頃100円でどんな買い物をしましたか?
僕は70円のペヤング買ってました




