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8/12

『駄菓子屋おもひで』

 子供の頃、

 百円あればなんでも買えた。


 カードが買えた。


 駄菓子が買えた。


 ゲームセンターで、

 一回だけ夢も見れた。


 でも今は違うらしい。


 百円じゃ何も買えないと、

 ニュースは言う。


 物価高だとか、

 時代だとか、

 みんな難しい顔をしている。


 けれど。


 本当に変わってしまったのは、

 百円の価値じゃないのかもしれない。


 子供の頃、

 あんなに輝いて見えていたものが、

 今はもう視界にも入らない。


 きっと俺は。


 あの頃の心が分からなくなるほど、

 心が老いてしまったのだ。



 そこは、昔と何も変わっていなかった。


 色褪せたアイスの看板。


 少し斜めになった自動ドア。


 店の奥から漂う、

 甘いような、古い紙みたいな匂い。


 “駄菓子屋おもひで”。


 小学生の頃、

 毎日のように通っていた店だ。


 社会人になってから、

 一度も来ていなかった。


 いや。


 来れなかったのかもしれない。


 自動ドアをくぐる。


 カラン、と小さなベルが鳴った。


「……いらっしゃい」


 店の奥から、

 しゃがれた声が聞こえる。


 顔を上げる。


「あ……」


 婆さんも、

 あの頃のままだった。


 いや。


 少し小さくなっていた。



 こんなに狭かったかな。


 店の中を見回しながら、

 ふとそんなことを思った。


 子供の頃は、

 もっと広かった気がする。


 もっとたくさんお菓子が並んでいて。


 もっとワクワクして。


 もっと、

 世界みたいな場所だった。


 店先の赤いベンチも。


 少し傾いたアイスケースも。


 当たり付きのきなこ棒も。


 十円入れて回すガムのゲームも。


 全部。


 全部、あの頃のままだった。


 変わっていない。


 変わってしまったのは、

 たぶん自分の方だった。



 棚を見渡す。


 うまい棒。


 モロッコヨーグル。


 蒲焼さん太郎。


 小さな頃、

 百円玉を握り締めながら、

 本気で悩んで買っていたものばかりだ。


 なのに今は、

 値札を見ても何も感じない。


 安いな。


 ただ、それだけだった。


 あの頃の自分なら、

 百円で世界を見ていたのに。


 ふと、うまい棒へ視線を向ける。


 子供の頃、

 何本買うか本気で悩んでいたあのお菓子。


 その値札を見て、

 悠斗は少しだけ目を丸くした。


「……十五円か」


 思わず呟く。


 すると店の奥から、

 婆さんが少し寂しそうに笑った。


「ごめんねぇ。もう十円じゃあ、売ってあげられなくなってしまったよ」


「あ……」


 悠斗は慌てて首を振った。


「いや、そんな……」


 違う。


 婆さんは何も悪くない。


 時代が変わったのだ。


 物価が変わって、

 景色が変わって、

 子供たちの百円の価値も変わってしまった。


 それでもこの店は、

 今もここに残ってくれている。


 そのことが、

 なぜだか少し嬉しかった。



「坊主、大人になったねぇ」


 婆さんが笑う。


 悠斗は少しだけ困ったように笑い返した。


「……まぁ、一応」


「昔は毎日ガム回してたの覚えてるよ」


 店の隅。


 古びたガムのゲーム機。


 十円を入れてレバーを回す、

 ただそれだけの機械。


 なのに子供の頃は、

 あれがたまらなく楽しかった。


 悠斗はポケットから十円玉を取り出した。


 少し迷ってから、

 投入口へ入れる。


 ガコン。


 レバーを回す。


 小さなカプセルが落ちてくる。


 開ける。


 中には、

 オレンジ色のガムが一つ。


「……はは」


 思わず笑った。


 別に特別な物なんて入っていない。


 ただのガムだ。


 でも。


 胸の奥で、

 何かが少しだけ戻ってくる気がした。



 もし今の自分のまま、

 あの頃へ戻れたら。


 どんな買い物をするのだろう。


 うまい棒を十本買うだろうか。


 カードを一パックだけ、

 震えながら開けるだろうか。


 それとも。


 値札を見て、

 “安いな”なんて思ってしまうのだろうか。


 子供の頃の自分は、

 百円で夢を見ていた。


 今の自分は、

 世界を知ったせいで、

 百円の中にあった夢を見失ってしまった。


 けれど。


 完全に消えてしまったわけじゃない。


 こうして、

 またここへ来てしまったくらいには。



 店を出る前。


 悠斗は棚の前で少しだけ悩み、

 小さな袋いっぱいに駄菓子を詰め込んだ。


「買いすぎたかもな」


「大人買いってやつかい?」


 婆さんが笑う。


 悠斗もつられて笑った。


 百円じゃ足りないくらい、

 今の自分はお金を持っている。


 それでも。


 あの頃みたいな気持ちで、

 また駄菓子を選べたことが、

 少しだけ嬉しかった。


 袋を片手に、

 店の扉へ向かう。


 振り返る。


 そこには、

 昔のままの駄菓子屋があった。


 まるで。


 置いてきてしまった心を、

 ずっと預かっていてくれたみたいに。

みなさんはあの頃100円でどんな買い物をしましたか?

僕は70円のペヤング買ってました

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