『フレネミー』
「え、それ絶対やめた方がよくない?」
教室の空気が少し止まった。
美月は慌てて赤いリップをポーチへしまった。
「あ、いや……そうかな?」
「うん、なんか美月っぽくないかも」
そう言って笑うのは、親友の莉乃だった。
周囲も「たしかに」と笑う。
美月は曖昧に笑う。
本当は少しだけ楽しみだった。
初めて買った赤いリップ。
いつもより少しだけ大人っぽく見える気がして、昨日の夜は何度も鏡を見ていた。
でも莉乃に言われると、急に不安になる。
“美月っぽくない”
その言葉が妙に頭へ残った。
「でもまあ、美月はそのままの方が可愛いよ」
莉乃は笑う。
優しい声だった。
だから美月は何も言えなかった。
莉乃とは中学からずっと一緒だった。
クラスが離れても毎日連絡して、一緒に帰って、恋愛の相談もして、嫌なことがあれば一番最初に話す相手。
親友。
少なくとも、美月はそう思っていた。
「美月ってほんと放っとけないよね」
莉乃はよくそう言った。
「変な男に騙されそうだし」
「人のことすぐ信じるし」
「一人だと危なっかしいし」
最初は“守ってくれてる”んだと思っていた。
でも。
「え、美月バイト始めるの?」
ある日、莉乃は少し驚いた顔をした。
「う、うん……ちょっとやってみたくて」
「でも大丈夫? 美月ミス多いじゃん」
悪意のない声だった。
だからこそ、美月は笑うしかなかった。
「あー……たしかに」
周囲も笑う。
その瞬間、何かが少しずつ削れていく感覚がした。
莉乃は優しい。
体調が悪ければ心配してくれる。
落ち込んでいれば電話してくれる。
嫌なことがあれば味方してくれる。
でも気づけば美月は、何かを決める前に必ず莉乃の顔色を見るようになっていた。
「美月はそのままでいいよ」
莉乃は笑う。
「変わろうとしなくていいじゃん」
その言葉を聞くたび、美月は少しだけ苦しくなる。
高校の頃、莉乃は派手なメイクを嫌っていた。
「そういうの似合う子と似合わない子いるじゃん」
よくそう言っていた。
だから美月は、自分は“似合わない側”なんだと思っていた。
大学生になっても関係は続いた。
だがある日、美月はバイト先で言われる。
「藤崎さんって、もっと自信あるタイプかと思ってた」
「……え?」
「いや、なんかすぐ“私なんて”って言うから」
その瞬間、頭の奥で何かが繋がった。
いつからだろう。
挑戦する前に諦めるようになったのは。
自分を下に置くようになったのは。
“どうせ私なんて”が口癖になったのは。
全部。
本当に、自分の言葉だったのだろうか。
その日の帰り道。
スマホが震える。
【莉乃】
『今日バイトどうだった?』
少しだけ指が止まった。
だが結局、美月は返信してしまう。
『普通だったよ笑』
数秒後。
『そっか! 無理しないでね!』
優しい言葉だった。
昔なら嬉しかった。
でも今は。
どうしてか少しだけ怖い。
数日後。
美月は勇気を出して髪を切った。
ずっとやってみたかった短めのボブ。
鏡の中の自分は、少しだけ知らない自分に見えた。
それでも少し嬉しくて、美月は大学へ向かった。
だが講義室へ入った瞬間、足が止まる。
「……え?」
莉乃が、赤いリップを塗っていた。
高校の頃は、派手だからと使おうともしなかった色。
「大学デビューじゃんそれー!」
周囲が笑う。
莉乃も少し照れながら笑った。
「さすがに大学だしね笑」
その瞬間、莉乃と目が合う。
「あ」
莉乃は少しだけ気まずそうな顔をしたあと、すぐ笑う。
「いや、美月には合わないかなって言っただけだよ笑」
悪意なんてないみたいに。
いつも通り。
軽く。
でも。
その一言で、美月はやっと理解した。
この子はずっと。
私が変わるのを嫌がっていたのだと。
スマホが震える。
【莉乃】
『勝手に変わらないでよ笑』
その一文を見た瞬間。
冷たいものが、背筋をゆっくりと這い上がった。
親友だと思っていた。
でも違った。
自分はずっと、“許可”を貰いながら生きていたのだ。
何を着るか。
何を好きになるか。
どう生きるか。
全部。
この子の顔色を見ながら。
美月は静かにスマホを閉じる。
そして初めて。
返信をしなかった。
莉乃って美月には彼氏作るなとか言って自分は作りそうだなって書いてて思いました。




