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Ⅰ:不安顔と、戦士長と、狼と、リザードマンと、

 晩春の穏やかな風が吹き抜ける広い草原――、

 どこまでも広がる広大な草原がはるか彼方まで広がっている。


 そしてその少女、カリナ・ウイングスはその草原のはるか向こうにそびえ立つ黒い山々を熱心にじっと見つめていた。


「あれが、シャドウクレスト山脈」

「ええ」


 彼らの傍らに佇んでいるのは、彼女と同じアルカナヴァンガード所属の戦士長にしてカリナの最も信頼する右腕といえる人物だ。

 名をエルリック・ファイヤブレードと言う。


「我々がこれから、進軍をする目的地となる山脈だ」

「あの山々の向こう側に魔王軍の根拠地があるのね」

「その通り。我々はあの山の向こうの魔王城へ向けて道なき道を踏破しなければならない」

「分かってるわ。決して犠牲なしに成し遂げられないということも」


 そう語るカリナの表情は不安げだった。それを横目に見てエルリックは思わず尋ねる。


「不安でもあるのか?」


 その問いかけに思わず天を仰ぎながらカリナはつぶやいた。


「不安がないといえば嘘になります。できれば誰の犠牲も産みたくはありません」


 エルリックはカリナのその言葉を嗜めるように言う。


「カリナ、それはさすがに、ないものねだりだろう? 犠牲者の出ない戦争など決してありえない」

「ええ、分かってる――、でも」


 カリナは周囲を見回した。そしてその視線の向かう先には信頼する仲間や自由軍の頼れる幹部たちがいた。


「誰も欠けるとなく帰って来てほしいと願わずにはいられないんです。人と別れるということは昔から嫌だったから」

「カリナ――」


 寂しげにつぶやくカリナの頭をエルリックは優しく撫でてやった。


「君は気持ちが優しすぎる」

「はい――」


 カリナ自身も思う。自分はつくづく向いていないと。

 その時だった。草むらの地面を踏みしめて現れる人影が2つあった。


「いかがなされましたか。聖剣の巫女様」

「浮かない顔しているけど、また何か不安でも拾ったか? 姐御!」


 リザードマン兵団を率いるケラブノス・ストーンバックと、

 狼獣人の牙狼騎士団を率いるゲオルグ・ハーグマンだった。

 

「ケラブノス! ゲオルグ!」


 信頼する仲間の中の2人の姿を見たことでカリナの表情は不意に緩んだ。

 まずは勇猛果敢な切り込み役として最前線に立ち続けるゲオルグが、カリナは励ますように語りかけてきた。


「姐御! 敵の領域のど真ん中にこれから突っ込もうって言うんだから不安の種はいくらでも見つかるとは思うが、そう気にしなくてもいいぜ?」


 ゲオルグはカリナのすぐそばまで近寄るとその肩をそっと叩いた。


「なんたって、俺たちがいるんだからな」


 自信過剰にも聞こえるが、ゲオルグのその威勢の良さが、カリナには嬉しかった。

 それに続けるようにケラブノスがカリナをたしなめた。


「巫女様、あなたのご気性から言って、これから始まる大戦における不安要素を抱え込むなというのはそもそも無理。ですが一言だけよろしいか?」


 リザードマンという種族の特性上、人間から見て年齢というのがよくわからない面があるがケラブノスは様々な戦場を渡り歩いた老境の人物だ。戦士としても軍人としても達観の域に達しているのだ。

 その彼の言葉にカリナは小さく呟く。


「はい――」


 飾らず怯えず、凛として佇み、彼の言葉を待つ。


「指揮官たるもの、無責任であった方が良いのです。これからどこに向かうかを指差して、あとは周囲の者たちの解釈に任せるくらいで良いのですよ」

「え? そんなものでいいのですか?」


 そこでケラブノスはニヤリと笑った。


「ええ、ゆめゆめお忘れ召されな。ここに集っている全ての者たちはあなたを信用し、あなたの言葉と行動に魅了された集まっているということを。

 あなたが語る理想の言葉と、そのための行動目的、それさえあれば我らは最後まであなたと共に参りましょう」


 そこでさらにゲオルグもカリナに声をかけた。


「軍人といえど戦士団といえど、普通の指揮官役だったら死人が出るのは当たり前と思うのが普通だ。でもあんたは違う。誰も死なせたくない――、全てを幸せにしたい――、姐御なら、そう考えるだろう?」

「はい、やはり甘いですよね。戦場に立つものとして」


 だがゲオルグはニヤリと笑った。


「甘いもんか。それは〝優しい〟って言うんだぜ? あんたのその優しさに俺たちはついてきた。そしてここまで生き残った。その事実だけは胸を張っていいと思うぜ」

「そうだな」とケラブノスも静かに笑みを浮かべる。


 2人の励ましの言葉にカリナの表情に明るさが指す。

 エルリックもカリナの背中をそっと叩いた。


「カリナ、何かあれば我々が辻褄を合わせる。信頼してくれ」


 3人の言葉がカリナの中の不安を和らげてくれる。そして彼女は思う自分は1人ではないのだと。


「皆さんありがとうございます――、気持ちが晴れました」


 にこやかに笑う、それでいて目元や口元には力強さが戻っていた。


「これからという時に私が下を向いていては、これからどこに行けばいいか皆さんが迷ってしまいますよね?」


 ケラブノスが頷く。


「それで良い」


 ゲオルグが軽口を叩く。


「気にすんな! 出陣前の姉御の不安顔は、恒例行事みたいなもんだからな!」

「え? ちょっとそれは……」


 恥ずかしいやら、カチンとくるやら、苦笑しながら言葉につまるカリナに、ゲオルグは笑い声をあげた。

 そんな彼らに励まされながらカリナは胸を張って、全軍集結の場へと向かうのだった。


お読みいただきありがとうございます。

カリナたちの戦いを見守っていただけましたら嬉しいです。

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