Ⅱ:始まりの仲間と、終わりの戦い
カリナが仲間たちと歩む先には、どこまでも広がる草原地帯が青々とした緑をたたえていた。
――プトラード広原――
そこはかつてネルガルと呼ばれた軍事国家が存在した場所であり、人間種族を中心としたソルスター自由連合軍と、魔王を中心とした魔王軍が、幾度となく熾烈な戦いを繰り広げた場所である。
そして――、
カリナ自身が何度も人生の節目となる戦いを乗り越えた場所だ。
そのことを思い出し、感慨深い思いにとらわれる。
「このプトラード広原での戦いはようやく終わる。これからは、魔族の支配域へ一気に、足を踏み入れることになるわ」
そのつぶやきを傍らに佇んでいたエルリックが耳にしていた。
「魔族とは幾度も戦ってきた。それでも恐れるか?」
エルリックはカリナの目をじっと見つめた。
「うん、正直言って怖い。今までとは全く違う戦いになることは間違いないから」
そんなカリナにそっと声をかけたのはもう2人の仲間の女性、アルカナヴァンガードの魔導士長のソフィア・ホーリーウィンドと、技能士長のミリア・シルバーアイだ。
エルリックと並んで、アルカナヴァンガードの最初期からともに歩んできた仲間である。
「確かに今までとはあらゆる物理法則が違ってくるのは当然のことね」
ソフィアが冷静な顔で落ち着いて語る。
「私たち人間種族や多様な種族が生きている場所は〝セプタリア〟と呼ばれている。それに対して魔族が支配する領域は〝ノクティル〟と呼ばれている。ノクティルは魔族の法則が支配する領域。一筋縄で行かないのは当然のことよ」
優秀な頭脳を持つ魔導士らしく、その語り口は冷徹だった。しかし同時に、これからの可能性についてもしっかり見抜いていた。
「でもそのために私たちは多くのものを積み上げた。多様な種族による軍団、新たな魔法、新たな武器、敵の思惑を超える戦術――、そしてそれを現実にしてきたのは、カリナ――、あなたという勇者がいたからよ」
カリナにとってソフィアは姉のような存在だった。いつでも寄り添い優しく何かを教えてくれるそんな女性だった。
さらにカリナに声をかけてきたのは、もう1人の初期メンバーの仲間、斥候兵として戦場を駆け巡るミリアだった。戦場を駆け巡り、目となり耳となり情報を集めてくるのは彼女の役目だ。彼女もまた、カリナにとって歳の近い姉のような存在だった。
「カリナ、事前調査でノクティルエリアの主要地帯である〝シャドウクレスト山脈〟の主要ルートはすでに把握済みよ。各国の情報部や軍師や元魔王軍の人物などの情報から入念なルート設定が行われている。ここから先はそのルートを信じて前に進むだけよ」
理性的な魔導士であるソフィアに対して、勇猛果敢なレジスタンス闘士と言った趣があるのがミリアだった。その力強い瞳に、カリナは答えた。
「そのとおりです。道はすでに引かれている、ならば私が先頭に立って踏破するだけです」
カリナの心の中には勇者としての勇気がすでにしっかりと戻ってきていた。それを認めて励ますようにミリアは言った。
「えぇ、あなたがソルスター自由軍の旗印なのだから、誰もが背中を追う〝勇者〟なのだから」
その言葉に覚悟を決めたカリナ――
左腰に下げた聖剣レギオンブレイドの柄を左手で握りしめながら、内なる恐れを、湧き上がる勇気と闘志で乗り越える。
草原の中を歩いて少し小高い場所に出るカリナ。その左右には、アルカナヴァンガードの幹部であり仲間であるエルリックたちや、主要国家の軍団の指揮官たち、そして多彩な種族の族長たちが並んでいた。
カリナは彼らに一度視線を投げる。その中にはゲオルグやケラブノスの姿もあった。
そしてカリナの目の前には、8つの国家と、10の種族の大軍団、
――ソルスター自由連合軍――
それこそがカリナが聖剣の勇者として、魔王軍を打ち倒す力の結集として、率いてきた仲間たちなのだ。
その時、カリナの傍らに立つエルリックが大声で叫んだ。
「傾注!」
その声が残響を残しながらプトラード広原のどこまでも広がっていく。時に多くの視線がカリナへと注がれた。カリナもまた毅然とした姿勢で大軍団の前に立つと、
力強く叫んだ。
「皆のこれまでも戦いへの尽力、大儀であります!」
それまでうつむいて泣き言を口にしていた少女とは思えないほどの力強さだった。
「我ら、ソルスター自由連合軍と魔王軍の戦いは一進一退の攻防を続けながらも、ついにこのプトラード広原から魔王軍を駆逐するに至りました!」
その言葉にざわめきのような声が広がる。カリナは勢いよく告げる。
「これはソルスターの歴史に残る偉大なる一歩です!」
「おおおおっ!」
ざわめきは歓声に変わる。だが、カリナの言葉はそこで終わらなかった。
「そして、我々の戦いは魔王軍支配域へと足を踏み入れました! 幾度となく成果と犠牲を積み重ねながら、人跡未踏の地である魔王軍支配域〝ノクティル〟――我々はついにその深奥たる領域を把握するに至りました!」
一斉に静寂が広がる。カリナの次の言葉を誰もが舞っているのだ。そして、カリナは叫んだ、
「そして――、我らはついに魔王軍の根拠地たる〝ダークフォージ城〟の位置を掴むに至りました。魔王軍の息の根を断つ! これはそこに至るための偉大なる成果です!」
カリナは、ソルスター自由連合軍が挙げつつけた成果を口にする。それは余興ではない。この大地に集った2万余りの軍勢の意気をより鼓舞するための必然だった。そして、カリナは今回の作戦の真の目的を叫んだ。
「私たちはこれより! 光の種族の生息領域を離れて魔王軍の深奥領域へと攻勢に打って出ます!」
「おおおおーーーッ!」
カリナの宣言が、より大きな歓声を生んだ。まるで大地が轟くように鳴り響いた。
熱狂のような残響が鳴り響く。
「決して平坦な道ではないでしょう。ですがこれこそが我々が乗り越えるべき最後の壁です!」
カリナのその言葉を大軍団の誰もが、ざわめき一つ起こさず冷静に聞き入っていた。
「それではこれより! 魔王軍支配領域及び魔王居住地ダークフォージ城制圧を目的とする〝シャドウクレスト山脈侵攻作戦〟を開始いたします!」
その言葉と同時に大軍団が一斉に反応した
「おおおおおおおおおおっ!」
歓声があがり、どこまでも轟く。彼らの勇気と覇気を受け止めてカリナは宣言した。
「総員の奮起を期待します!」
「おおおっ!」
そしてカリナは聖剣レギオンブレイドを抜剣すると、頭上高く掲げで号令をかけた。
「ソルスター自由連合軍! 全軍、行動開始!」
「はっ!」
8つの国家の軍隊と、10の種族の兵団が一つになり、一人の少女勇者の声のもとに返礼の声を上げた。それは長い戦いの中で、カリナという少女と、大軍たる彼らが積み上げてきた〝信頼の絆〟にほかならなかった。
今こそ戦いは始まったのである。
今、プトラード広原の台地の上を、大軍が複数の進軍列に分かれて歩き出す。その姿を見つめながらも、カリナは自らの周囲に佇む仲間たちと幹部たちへと振り向き告げる。
「さあ我々も行きましょう!」
カリナもまた戦いの場へと歩き出したのである。





