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Ⅴ:戦支度始まる、――寝起きの少女は勇者へと姿を変える――

「カリナ様、お呼び及びでしょうか?」


 カリナは布団をはねのけながら、シュミーズ姿でベッドから降りる。手にしていたレギオンブレイドは再びベッドの枕元に横たえた。


「戦支度に着替えます。いつもの魔法剣士装束の用意をなさい」


 3人の戦場侍女たちは凛とした姿勢でカリナに向き合う。


「承知いたしました。お体とお顔と髪の毛のお手入れをして、魔法剣士装束をご用意いたします」


 そこからは双方手慣れているのか素早かった。

 カリナが一人の心優しき少女から、戦場を駆け抜ける凛々しき勇者へと変わる瞬間である。


 寝台の脇に、折りたたみの寝椅子が置かれる。そこにシュミーズ姿でカリナが横たわると、侍女たちはまたたく間に手入れをする。

 お湯で濡らした清潔布で体を拭き、顔の汗や汚れを落とす。髪の毛は銀の櫛で丁寧に梳いて、ほつれや乱れを整える。

 化粧は戦場なのでしないが、日頃の手入れ故に、カリナの素顔はいつでも美しかった。


 体の手入れが終われば、侍女たちの手でカリナは静かに戦支度を整えられていく。

 すでに身につけた白いシュミーズの上から、体に沿う下衣が重ねられ、背の留め具がひとつずつ留められていくたびに彼女は心が引き締まっていくのを感じる。

 か弱い少女ではなく、覚悟と矜持を秘めた剣士――、そして人びとを導く勇者になるために。


 次に肩へかけられたのは、白を基調としたサーコートだ。

 磁器のようなやわらかな艶を帯びたその装いが、少女の肩に勇者の気高さを宿していく。

 肩に重みが馴染んでいくにつれて不思議と背筋も伸び、衣装に守られている感覚がカリナの心と体に〝気高さ〟を宿した。


 さらにその上から、白銀の胸甲(キュイラス)が当てられる。かすかな金属音が響き、脇の留め具が留まり、背の帯が締められる。その重みはカリナに覚悟を与え、これから戦場へと向かうのだと、最後の覚悟を突きつけてくるのだ。

 戦う事が怖いわけではない。戦場に向かう前の一瞬の恐怖――、それを突き抜けた先に覚悟を受け入れることが出来る。自らの足で立つのだと思えてくる。


 さらに――腰に剣帯が添えられ、足元に装甲付きのグリーブブーツが履かされる。

 そして最後に、白磁のマントが肩を包んだ。


 そのマントが肩から翻る感覚がカリナに、少女のカリナではなく、勇者のカリナ・ウィングスとして振る舞えと突きつけてくるかのようだ。


「カリナ様、出来上がりでございます」


 鏡の中の自分を見て、カリナはほんの少しだけ目を見張る。

 この衣装を着るたびに緊張が体をめぐるような気分になる。だが、一つ一つ重ねていくことでカリナは一人の少女ではなく、誇り高き〝勇者〟へと仕上がるのだ。


「聖剣の巫女様、これを――」


 最後に銀のサークレットが額に載せられて衣装が出来あがる。彼女の名は――


――勇者カリナ・ウィングス――


 そう呼ばれる者として前に立つのだと、白と銀の装いが、静かに教えてくれていた。

 手慣れた手付きで、ベッドの枕元に置いたレギオンブレイドを鞘ごと拾い上げ、剣帯に下げる。

 そして、数歩歩けばもう心のなかに迷いはなかった。嘆きも、愚痴も、ベッドのぬくもりの中に置いてきたのだから。


「ありがとう、みんな」


 カリナのその言葉に戦場侍女たちは頭を垂れる。


「巫女様――、ご武運を」

「お気をつけて」


 その言葉を背に歩き出す。そして、聖剣に向けて声をかけた。


「行くよ。エリュシオ!」

『はい、カリナ様』


 カリナは意気揚々と天幕の外へと向かうのだった。



§



 白磁の天幕の入り口を開けてカリナはその日の第一歩を踏みしめた。

 空から降り注ぐ朝の太陽の光を受けて少しだけ目をしかめる。

 太陽の光が広がる青い空の下、今日という戦いの日の幕開けを迎える準備が始まっていた。

 風に混じって、人々が歩く音、物資を運ぶ音、武器がぶつかり合う音、人々の喧騒の声、それぞれの部隊や軍団が点呼する声も聞こえた。伝令の駆る馬が走る音も聞こえる。

 戦場ならではの音に満ちていた。


「カリナ!」


 敬称ではなく呼び捨てで呼ぶ声がする。


「エルリック!」


 彼の仲間にして側近のエルリックだ。彼女と同じ魔法剣士騎士団アルカナヴァンガードの、その戦士長をしている男だ。

 足早にカリナのところへと駆け寄ってくる。


「ごめんなさいね遅れてしまって」

「なんの、昨夜は遅くまでご公務で奔走してらっしゃったとお聞きしました」

「大丈夫それはもう解決したから。それより魔王軍の暗殺部隊の方は?」

「それでしたら牙狼騎士団のゲオルグ卿が全て仕留められたと」

「処刑も済んでるのね」

「その場で」


 明確な回答にカリナは満足げに頷いた。


「極めて特別な情状酌量の理由がない限り、悪意ある魔族は全て処分してください」

「心得ております。それより――」


 エルリックはカリナと視線を合わせた後、野営地に並ぶ大軍団の方を見ていた。


「これより出陣の儀式を行いたいと思います」

「準備の方は」

「すでに進めております」


 そして再び、エルリックはカリナを見つめてくる。その視線の意味がよくわかる。


「あとは私ということね」

「皆が待っております」


 カリナは無意識に左手でレギオンブレイドの柄を握った。


「行きましょう!」


 カリナは力強く声を上げた。


 天幕の設置された野営地から離れるように、大軍隊の展開可能な開けた平原へと歩いていく。そこにカリナが率いる全ての部隊が集結するのだ。

 風が吹き抜けカリナの金色の髪と純白のマントが大きくたなびいた。

 そしてカリナは右手を掘り振り上げてマントの裾を払う。白いマントが風をはらんで大きく広がった。

 その彼女の左腰には、カリナにとって友であり、師であり、母親にも等しい存在である精霊のエリュシオが宿る聖剣レギオンブレイドが光り輝いていた。


 カリナが歩いた先には、各国軍指揮官や、各種族の代表たちが集まっている。

 彼らに向けて凛とした声を響かせた。


「全員、欠け無く揃っていて重畳です。これからさらに皆の奮起を期待するものです」


 居並ぶ彼らの前に立ち、カリナは毅然とした姿勢で力強く叫んだ。


「これより対魔王軍、最終討伐作戦の出陣式を行います」


 カリナはその胸に大きく息を吸い込んで力強く叫んだ。


「総軍集結を開始してください!」

「はっ!」


 そして、カリナの号令と命令のもと、8つの国家の正規軍と、10の種族の軍隊が、1つの場所へと集結することとなる。


 ソルスター自由連合軍の、魔王軍支配領域への進行作戦、出陣式の始まりであった。


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