95 モニカの婚約者6
「邪魔すんなよ先生! 俺はモニカと話がっ」
「話し合っているようには見えなかったな。お前の感情を一方的にぶつけていただけだろ」
カリストは研究室のドアを風魔法で開けると、宙に浮いたままのルカを室内へと入れた。
なんとかここまで来られたことにほっとしつつ、モニカも入室してドアを閉めた。
「うっせー! 放せよ!」
「冷静に考えろ。あんな大勢の前でお前らが揉めていたら、他の学生はどう思う? 今までの皆の努力を無駄にするつもりか」
「あ……」
ソファの上へと降ろされたルカは、やっとこの状況を客観的に見ることができたようだ。青ざめた表情でモニカを見つめた。
「ごめん、モニカ。俺……」
「ルカ様、大丈夫です。そんなに大勢には見られていないはずですから」
カリストがすぐに駆けつけて連れ出してくれたおかげで、大勢に囲まれることもなかった。
「それで。何があったんだ?」
向かい側に腰を下ろしたカリストに問われ、モニカも話をするためにルカの隣へと座った。
「リアマ卿が、ルカ様になにか吹き込んだみたいで……」
「イサークが言ったんだよ。モニカと定期的にデートしてるって。嘘だったのか? また俺が騙されたのか? そうなんだよな、モニカ」
嘘だと言ってほしそうに笑みを浮かべるルカには、非常に申し訳ないことをした。
事情が事情なだけに、モニカは気まずさを感じながら明後日の方向へと視線をそらした。
「それは事実ですね……」
「モニカやっぱりあいつが好きなのかよ!」
「ほう。それは初耳だな」
ルカに続いて、カリストまでもなぜか不機嫌な表情になってしまった。
モニカはさらに気まずさを感じる。
「あの。違うんです……。リアマ卿はずるい人なんですっ」
そう言い訳をしつつこれまでの経緯を話す。
イサークがモニカに一目ぼれし、父を通して婚約を申し込んできたこと。
父は、モニカに政略結婚は望んでいないが、立場的にイサークからの打診を無下には断れないこと。
モニカが気に入らなければ断ることにし、イサークと二人で会ったこと。
そして断ろうとしたモニカへ、イサークが『ルカの昔話』というずるいカードを切り、モニカとのデートを取り付けたこと。
二人は話を聞き終えると、呆れたような目でモニカを見た。
「……モニカ馬鹿じゃねーの。俺の昔話が聞きたいなら、俺に直接聞けばいいだろ」
「それでは不十分なんです。ルカ様がどれほど可愛かったかを知るには、第三者の視点が必要なんです!」
そして幼い頃の可愛いルカを一番よく知るのは、ルカがなついていたイサークに他ならない。彼以上に、可愛いルカを語れる者はいないのだ。
「だからって、なんでイサークなんだよ」
「幼い頃のリアマ卿は、本当にルカ様を可愛がっておられたようなので……」
「…………」
昔話を聞いてよく理解できた。イサーク本人が話していたように、昔は純粋にルカを可愛がっていた。
身分の差がなければ。公爵家の全てを継承することになるルカに、イサークが嫉妬しなければ。二人はずっと信頼し合える従兄弟でいられたのに。
そんなにルカを可愛がっていたなら、公爵となるルカを支える気持ちを持ってほしかった。
「それで、モニカはあいつをどう思ったんだ?」
カリストに問われて、モニカは彼に視線を向けた。
「初めは、リアマ卿がルカ様にしたことを後悔し、心を入れ替えたのだと思いました。けれど、違いました。彼は、ルカ様に勝ちたいがために、私に求婚したんです……。それで、昨日は少し揉めまして、このようなことに」
「つまり、求婚を断ろうとしたモニカを困らせるために、ルカ・フエゴを利用したということか」
モニカはこくりとうなずく。
「ごめん。俺……」
「ルカ様のせいではないです。私がもっと慎重になるべきでした」
「モニカも家門の立場上、仕方ない部分もあったじゃないか」
呆れていたわりには、カリストはフォローもしてくれるらしい。ルカもそれにうなずく。
「っつーか。断りにくかったなら、俺に言ってくれれば良かったじゃねーか。今からでも親父に話して、白紙に戻してやるよ」
「あの、それが……」
「まだ何かあるのか?」
「なんだよ。話してみろよ」
二人に尋ねられて、モニカは不安に駆られながらうなずいた。
これまでの話はモニカの、推し活がしたいための残念なオタクの失敗談であったが、真実は皆の人生にも影響がある話だ。
「それが、私が浄化魔法を使う場面をリアマ卿に見られていたんです」
その日の放課後。カリストの呼びかけにより、皆が休憩室に集まった。
そこでモニカはこれまでの経緯を皆に話し、そしてモニカが浄化魔法を使えることを秘密にする代わりに、結婚を迫られていることを打ち明けた。
当然、どこで浄化魔法を見られたかという事情も話さねばならず。モニカは一年生のピクニックのでの真実――魔獣を倒したのはカリストではなくモニカだったことも、皆に打ち明けるしかなかった。
この話をしても、皆の記憶が戻ることはなかった。ルーの説明どおり、あれは記憶を消す魔法で、だからこそ簡単に何度もは使えないのだろう。
モニカは、勝手に記憶を消してしまったことを謝罪したが、皆は仕方ないことだったと許してくれた。それよりも、これからが大切だと。
モニカには隠さねばならないことばかりだったのに、皆の寛大な心にはいつも救われる。
「それにしてもどうしましょうか。モニカ嬢が女神であると公表するには、まだ少し早い気がします」
モニカが開いた設定画面を見ながら、ロベルトは難しい顔で考え込む。
今のモブと女神を調節するバーは、八割ほど女神側に動いている。この段階で公表したら女神だと受け入れてはもらえそうだけれど、圧倒的な女神降臨とはならないだろう。
神殿側も、モニカとリアナの扱いをどうするか困るはずだ。
余計な混乱を招かないためには、もっと神々しさが溢れている状態のモニカでなければ。
(ロベルト様でも対策が思い浮かばないなら、どうしたらいいのかしら……)
良くも悪くも対策を講じてくれるロベルトがこうなら、簡単には解決策は見つからなさそうだ。
「難しいことはわからないが。要は、モニカに婚約者がいればリアマ卿も下手には動けないのでは?」
皆が悩んでいる中。ぼそっと呟いたのはビアンカだった。こういった話し合いの場面では大人しくしていることが多い彼女にしては、珍しい発言。
けれど、このメンバーの中では淡泊そうに見えて、実は結構な恋愛脳の持ち主。そんな彼女の発言に、皆はハッとさせられた。
「そうですわ。何も難しい対策をしなくとも、それで解決ですわ」
「モニカに婚約者って必要か? モニカは皆の女神様だろ……」
ミランダの発言にルカはぼそっと反対したが、彼女に膝でもつねられたのか急に顔をしかめながら姿勢を正した。
「そうだね。この件を抜きにしても、女神様のモニカ嬢には守護者のほかにも守ってくれる伴侶が必要だよ。そう思わない? リアナ」
ブラウリオに賛同を求められたリアナは、うんうんと元気にうなずく。
「聖女は守護者の中から結婚相手を見つける決まりだし、モニカちゃんもそうしようよ!」
「えっ……リアナちゃん!?」
何かを期待するように見つめられて、モニカは大いに慌てた。
なにせモニカの守護者予定の中で、婚約者がいないのは一人。カリストだけなのだから。
皆の視線も、自然とカリストへと向く。
(皆、先生を見るのはやめて~……)
カリストは結婚に興味がないかもしれないのに、こんなところで今まで築いてきた関係を壊したくない。
不安でいっぱいのモニカの隣で、カリストが呟いた。
「じつは、気になっていたことがあるんだ」
皆の話は耳に入っていなかった様子。彼はずっと対策を考えていたようだ。
「気になっていたこと……ですか?」
モニカがこてりと首を傾げながらカリストを見つめると、彼は真剣にうなずいた。
「イサーク・リアマの心臓には、精霊に傷つけられた跡があるんだ。その理由を知ることができば、こちらの有利になるかもしれない」
精霊は人間に対して友好的。そんな精霊が人間を攻撃するなら、契約関係にある人間から無理強いされた時か、契約者を敵から守る時くらいのも。
つまりイサークは、精霊から恨みを買うほど誰かを傷つけたことになる。
カリストは、モニカの弱みを払拭できるような、イサークの弱みを握ろうとしてるようだ。
「モニカ。イサーク・リアマに会わせてくれ。それからルカ・フエゴ。ルーを貸してくれないか」





