94 モニカの婚約者5
「コミカルなお芝居は初めてだったのですが、とても楽しかったです。リアマ卿があのようなお芝居をご存知とは意外でした」
「仕事のあとの息抜きとしては、最高ですよ。女性受けは悪いかと心配していたのですが、楽しんでいただけて良かったです」
彼は、デート先にはかなり気を遣っているように見える。
婚約を望んでいないモニカの負担にならないようにしているのか、デートらしいムードがある場所へは決して連れて行かない。
友人として気軽に楽しめるような場所ばかりだった。
「次回はどこへ行きましょうか。モニカ嬢は行きたい場所などありますか?」
「あの……。そろそろお互いのことは、十分に知れたと思うのですが……」
このような関係をずるずると続けるわけにもいかない。
モニカは思い切って、そう打ち明けてみた。するとイサークは、一瞬だけ表情を曇らせたが、すぐにいつもの感じの良い雰囲気に戻る。
「返事は急ぎません。モニカ嬢はまだ学生ですし、卒業してから考えてくださっても構いませんよ」
「そこまでお待たせするわけには……」
ここまで彼を知ってしまうと、もう悪役ではない気がしてならない。そんな相手に強くも言いにくい。
遠慮がちに否定するモニカを、イサークはじっと見つめた。
「私では、ときめきませんか?」
「リアマ卿はとても素敵な方だと思います。私よりももっと素敵なご令嬢がお似合いだと思いまして……」
そう、疑問はそこだ。ルカとの関係依然になぜ、モニカなのか。
彼のような完璧な人なら、もっと良い家のご令嬢と結婚できるのに。
(そもそもモブ顔の私に一目惚れするなんて……)
そこまで考えたモニカは、ふとあることに気がついた。
(ミランダ嬢から、イサークが私を調べていると聞かされたのは、私の完全モブが解除された次の日よ。それならイサークはいつごろ、私を調べていたの?)
その前に彼と会ったのは、王宮での一度きり。あの時のイサークは、ブラウリオたちに責められていたので、モニカに目を向ける暇などなかったはず。
その後に、ルカの弱点を探ろうとしてモニカの存在に気がついたのだろうか。
どちらにせよ、純粋な気持ちでないことは、これで確認できた。
「モニカ嬢。何かに気がつかれたご様子ですね」
イサークの声にモニカはびくりと肩を震わせた。
「ですが、もう遅いです。あなたは私と結婚する運命なんですよ」
「なぜですか……」
彼の策にハマったりなどはしていないはず。なぜ結婚を強制されるのか。
困惑するモニカを見て、イサークは勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
「本当は聖女なのでしょう? しかも、今の聖女よりも有能な」
(なぜイサークが私の力を知っているの……)
しかもリアナと比較するような発言。それを確認できた場面など、一度しかないはず。
一年生の時のハイキングで、魔獣に襲われたあの一度きり。
「あの場にいたんですか? まさか、あの魔獣はあなたが……」
「誤解しないでください。私があの魔獣を召喚していたら、精霊から罰を受けて今頃はこの世にいませんよ。ただ偶然に見かけただけです。驚きましたよ。助けに出ようとしたら、モニカ嬢が浄化魔法を使ったのですから」
皆の記憶からは消したはずの出来事を、イサークが覚えていることに、モニカは寒気を感じた。
記憶を消すには一箇所に人を集める必要があり、あの時のルーは全員が集まっていないと指摘していた。
(先生のことかと思っていたけれど、もっと詳しく聞いておくべきだったわ……)
「……公表するつもりですか?」
「あなたの返答次第では」
「お願いします! それだけはやめてください!」
このタイミングでモニカが聖女だと公表されてしまえば、あとから女神だと訂正するのは難しくなる。女神と聖女の差を明確に示すのは難しいから。
そうなれば最悪の場合、聖女としての能力が育っていないリアナは、聖女ではなかったと思われるかもしれない。
聖女さえいれば、ゲームとしてはハッピーエンドを迎えられるかもしれないけれど、リアナとブラウリオの結婚が白紙になる可能性もある。
ブラウリオが隣国王女と婚約破棄できたのは、新たな相手が聖女だったからだ。
「それなら、答えは一つですね」
にこりと微笑まれて、モニカは悔しさをにじませながらイサークを睨んだ。
「……なぜこんなことをするんですか? 聖女だと公表しないなら、私と結婚するメリットなどないでしょう?」
「ありますよ。ルカがこの世でもっとも大切にしているのがモニカ嬢、あなたです。そのあなたを手に入れられたら、ルカに勝ったことになると思いませんか」
ただルカに勝ちたいがために、結婚まで道具に使うとは。
この人は、反省するなどという言葉は、初めから知らない。手の差し伸べようがない正真正銘のクズだ。
「あなたは最低な人です!」
「まだ立場がお分かりではないようですね。ルカなんて所詮は、私の手のひらの上で転がされる運命なんです。どちらの選択が賢明が、よく考えてください」
翌日。モニカは昨日のことを、カリストに相談しなければいけないと思いながら学園へと到着し、カリストの研究室がある研究棟へと向かおうとしていた。
その時、「モニカ!」と叫ぶ声が。
こんな時でも、推しの声を聞けると気分が一気に晴れ渡る。モニカはにこりと微笑みながら振り返った。
「ルカ様、おはようございます――」
しかし、推しはなぜか怒り顔で、モニカへ向かってずかずかと歩いてくる。
「モニカ! どーゆーことだよ!」
「えっ?」
「なんでイサークなんだよ! 俺は絶対に認めねーからな!」
「あの、なんのっ」
「よりによってなんであいつなんだよ! 俺はあいつなんかに譲るためにモニカを諦めたんじゃねーんだよ!」
(イサークから、求婚の話を聞いたの……?)
彼はモニカの声など聞こえていないかのような、ものすごい迫力。
このままでは目立ってしまい、彼が作り上げてきた時期公爵としてのイメージが台無しになってしまう。
「ルカ様、移動しましょう。こちらは目立ちますから……」
「モニカはあいつが気に入ったのかよ! 俺よりあいつを……」
「ルカ様誤解です!」
(どうしよう。これは、イサークの警告だわ……。ルカ様の心をいくらでも操作できるという……)
昨日は、「最低」などと言わなければ良かった。主導権は今、イサークにあるのだ。
「朝から騒がしいな。二人とも、こちらへ来い」
「先生」
突然現れたカリストは、風魔法でルカを浮き上がらせると、強制的に研究棟へと向かって移動を始める。
少し乱暴なやり方ではあるが、モニカではどうしようもなかった。
カリストに感謝しながらモニカは、二人の後を追った。





