93 モニカの婚約者4
さすがに彼と部屋で二人きりにはなりたくないので、今日は庭園でのお茶会にした。
メイドたちはメイドたちで、「モニカ嬢様には先生がいらっしゃるのに!」とご立腹で。カリストを招いた際とは比べ物にならないほど質素なセッティングとなっている。
普通のお茶会なら失礼かもしれないが、今日は『急きょ』用意したので仕方ない。
「よければ、人払いをお願いできませんか? 初めての逢瀬なので他人に聞かれるのは恥ずかしくて……」
そんなメイドたちの嫌がらせも物ともしない様子のイサークは、むしろモニカしか目に入っていなかのように恥じらう。メイドたちはイラっとしながらこの場から下がった。
モニカもこれには顔をひきつらせた。百歩譲ってもこのお茶会を「逢瀬」とは呼ばれたくない。
「……それで、ご用件は?」
極力、事務的に切り出すと、イサークは困ったように微笑んだ。
「用件だなんてつれないな。私はあなたに求婚したくてご訪問したのですが」
「それでは、丁重にお断りさせていただきます。父からは、結婚相手は好きに選んで良いと言われておりますので」
父と話し合った結果、今回はこの理由を前面に押し出すことにした。
父は一人娘を溺愛しているばかりに、娘が気に入った相手でなければ結婚を承諾できない。娘が気に入った相手ならば、例え王子で婚約者がいたとしても、必ずや娘との結婚をもぎ取る心づもりだと。
ブラウリオが聞いたら、鳥肌を立てながら嫌がりそうだ。
今回の縁談をモニカが拒絶しているので、父は今まで築き上げた自分のイメージを壊してまでも、親バカに徹してくれるらしい。
モニカとしてはありがたくも、申し訳なくも感じる。同時に、父は本当に親バカなのだと知り、嬉しくも思う。
「っということは、恋愛結婚をお望みなのですか?」
そんな質問をされるとは思わなかったのでモニカは、「まあ……」と曖昧に答えた。
モニカ自身、昨日までは政略結婚をすると思っていたので、望みも何も考えていない。
ただ、推しの人生に害をなす者には拒否反応を示してしまう。
「それなら私にもチャンスがありそうですね」
しかし当の本人は嬉しそうに笑みを浮かべるので、モニカはぽかんとした。
「はい……?」
「私たちはまだ出会って二度目です。もしかしたら気が合うかもしれないのに、知りもしないで断るのは人生を損していると思いませんか?」
「全く思いませんけど……」
会話するのは二度目だが、パーティーなどで居合わせるたびに、アイコンタクトを送って来たではないか。ゲーム以外の性格も、かなり把握したつもりだ。
「とにかくもう少しだけチャンスをください。次回はデートへ行きましょう」
「いえ……。私は結構です……」
正直、ここまで食い下がられるとは思っていなかったモニカは、これ以上の断り方を考えていなかった。
彼を受け入れられない理由は、ルカをひどい目に遭わせるキャラだから。けれどそのストーリーは、モニカによって回避された。
イサークのほうが公爵から信頼されていると印象操作していた件に関しては、正式に彼が謝罪し、モニカも仕方なくではあるが受け入れた。
この状況でこれ以上、彼に対して強く断る理由が思い浮かばない。
「次はモニカ嬢に、とっておきの話をしたいと思っているんです」
「あなたに興味はないので……」
「ルカの」
しかしここで、モニカの弱弱しい断り文句はぴたりと止まった。
急に聞く耳を持ったモニカを見て、イサークは勝ったとばかりに笑みを浮かべる。
「私しか知らない、幼い頃のルカの話。聞きたくないですか?」
(やっぱりこの人、ずるい……)
そうして、まんまと誘惑に負けたモニカは週に一度、イサークと会う約束をした。
(これはあくまで、推し活よ……。デートではないわ)
と言い訳をしながら。
実際にイサークとデートを重ねて感じたことは、ゲームの中の彼とは似ても似つかない雰囲気だということ。
モニカとの約束を取り付ける以外は特に、意地悪をすることもなく。約束どおりに、ルカの昔話をたくさん聞かせてくれるし、モニカの父の職場での話なども聞かせてくれた。
ルカがなついていただけのことはあり、優しく誠実で、面倒見が良く、一緒にいて楽しい人だった。
仕事もできるし、婿としては申し分のない相手。
モニカはふと、ルカが婚約を決めた際に「モニカも婚約者を決められたらわかるさ」と話していたことを思い出した。
あの時のルカは、このような気持ちだったのではないか。
愛しているわけではないが、結婚相手として申し分がない人。貴族として家門のためになる選択をすべきだと。
あの時モニカは、大人になるために一歩踏み出そうと話したが、ルカの方がよほど大人な考えを持っていた。
(私も現実を見る時が来たのかしら……)
もし本当にイサークが、ルカにしたことを悔やみ、改心したとしたら。ミランダがゲームの性格から大きく変わったように、彼も変わったのかもしれない。悪役が消えるなら、積極的に受け入れるべきではないか。
けれどモニカは、イサークを許そうと思える決定的なタイミングを得られずにいた。
「今日のお芝居はいかがでしたか?」
二人で芝居鑑賞をした帰り。馬車の中でイサークはにこりと、向かい側に座っているモニカへと笑みを浮かべた。




