62 リアナのお見舞い2
(一人で行くのは不安だわ……)
そう思いながら歩いていると、向かい側からロベルトが歩いてきた。
「ロベルト様ごきげんよう」
「モニカ嬢でしたか。ビエント先生のところへ?」
「はい、そうですけど……。よくわかりましたね」
モニカはただ歩いていただけなのに、なぜわかるのだろうか。こてりと首をかしげると、ロベルトはわずかに笑みを浮かべた。
「この道の先には研究棟しかありませんし、モニカ嬢と親しい先生といえばビエント先生ですから」
(先生から個人授業を受けたことにはなっているけれど。親しいと認識されるほど、学園内で先生と一緒に居る場面を見られたかしら?)
ロベルトの鋭すぎる指摘に疑問を考えていたが、そういえばとモニカはハイキングの時を思い出す。
『わっ……私、先生と乗馬がしたいですっ!』
モニカは皆の前で、そう大声で宣言していた。完全に、カリストのことが大好きだと思われているに違いない。
(今さらながら恥ずかしい……)
あの時は、カリストだけがモニカのために来てくれたと勘違いしていたので仕方なかったのだ。モブ的な思い込みの激しさが恥ずかしい。モニカは自分でもわかるくらいに顔が熱くなる。
「ルカ卿がフラれた理由がよく理解できました」
「えっ……ルカ様が、誰かにフラれたんですか!」
(もしかして、リアナちゃんの守護者になることを断られたのかしら……)
それならば昼休みの、ルカの態度も納得できる。しかし、モニカが完全モブとなる前までのリアナは、確かにルカを守護者にしたがっていた。モニカが不在だった間に、状況が変わったのだろうか。
「まさか気づかれてすら、いなかったとは……」
ロベルトはやや呆れたような顔になる。
「ええっ……。気づかれないままフラれるって、どういう状況ですか!」
ルカとリアナは、会えばモニカのことで言い合いをするような仲だった。それを悲観して、自ら守護者となることを諦めたということなのか。
そう考えていると、ロベルトがこらえきれない様子で口元に手を当てて笑い始めた。ロベルトが笑うなんて、非常に珍しいことだ。
何が面白かったのだろうか? モニカはその姿をぽかんと見つめた。
「……失礼いたしました。モニカ嬢といると、やはり楽しいですね。復帰してくださって良かったです」
「私が楽しい……ですか?」
「はい。皆様もそう感じているはずです」
(一緒にいて楽しいだなんて、初めて言われたわ……)
楽しいと思っていたのはモニカも同じだ。
女神のオーラに当てられた皆に困りつつも、あのメンバーが揃うと楽しいことのほうが多かった。
(設定をモブ側に変えても、そう思ってくれるなんて)
皆の態度が素っ気ないとは感じていたが、友情までしぼんでしまったわけではなかった。それを知ることができただけで、心がぽかぽか温かくなる。
「ふふ。私も皆様と一緒にいると楽しいです。また皆で一緒に、どこかへ――」
そう言いかけたモニカは、いいことを思いついた。今のロベルトならば、モニカと一緒に行動するのは嫌ではなさそう。守護者になりたがっている様子の彼ならきっと、リアナを心配しているはずだ。
「あの、ロベルト様」
「なんでしょうか」
「先生との用事はすぐに終わるのでその後、一緒にリアナちゃんのお見舞いへ行きませんか?」
カリストとの訓練は、二人のどちらかに用事ができた日は休みにすることになっている。ロベルトが一緒に行ってくれるなら、挨拶だけして戻ってくるつもりだ。
けれど、楽しそうだったロベルトの表情は、急に真顔に戻る。
「せっかくのモニカ嬢からのお誘いを、お断りするのは心苦しいのですが。今の僕には、リアナ嬢の近くにいる資格がありません」
一年生の頃は、ブラウリオにリアナを取られたくないかのように、いつも二人の会話に割って入っていたのに。あの頃とは明らかに違う彼の態度に、モニカは不安がこみ上げてくる。
「資格って……。友人でいることに資格など必要ありませんわよ?」
「モニカ嬢にとってはそうでしょうが、僕はリアナ嬢との関係をただの友情で終わらせたくはありませんから。精霊との契約を終えていない僕は、リアナ嬢のそばにいる資格がありません」
「ですが……。一年生の時は、皆でいつも一緒にいましたよね?」
「あの頃は、モニカ嬢が良いクッション材の役割を果たしてくれていたからです。おかげで殿下やルカ卿とも良い友人となれましたが、リアナ嬢が絡めば話は別です」
そうだ。それがこのゲームでの攻略対象たちの距離感だった。将来は守護者同士、仲間となるはずの彼らだが、常にヒロインにとっては一番でありたいと想うがために、心理戦が繰り広げられていた。
それに比べると、三人の仲は良かったように思える。
「それならなおさら、私と一緒にお見舞いへ行ったほうが良いと思いませんか?」
本人が思っているとおり、ロベルトはブラウリオに比べでかなり出遅れている。守護者になりたいなら、ここは引かずに少しでもリアナとの接点を持つべきだ。
「…………正直なところ、僕はもう守護者になることは諦めているんです」
「そんな……なぜですか?」
「僕は、祖父に憧れて守護者を目指していたのですが、父はそれを良く思っておりません。僕には家門を継ぐ責務もありますし、総合的に考えた結果です」
(あ……。確かロベルト様のストーリーは『家族からの反対』だったわ)
ロベルトの祖父は、先代聖女の守護者であり現在でも先代聖女に仕えている。
聖女を守る役目に憧れを抱いていたロベルトは、学園でリアナと出会ったことで、自分も守護者になると決意する。
けれど、守護者の息子として育ったロベルトの父は、息子の選択を反対した。
ロベルトの祖父は家庭よりも聖女を優先しすぎたために、妻は聖女に嫉妬し心の病にかかっていた。その姿を見て育ったロベルトの父自身も、聖女に父親を取られ家庭を壊されたと、憎しみを感じていた。
そんなロベルトの父が、息子が守護者になることを許すはずもなかった。
「家庭を蔑ろにはしない」とロベルトとヒロインが説得することで、なんとか父親の了承を得ることになる。
ロベルトの父親はなかなかの頑固者で、苦労したのをモニカは覚えていた。
(けれどその熱意が、今のロベルト様にはないんだわ……)
これは明らかに、リアナの攻略不足だ。ロベルトとの関係は順調だと思っていたのになぜ……。
「ロベルト様ならきっと、家門との両立も難しくないと思いますわ」
「優秀なモニカ嬢に高く買って頂けるのは嬉しいですね」
「優秀だなんて……。いつもロベルト様が機転を利かせてくれるおかげで、助けられておりますわ。ですから、私にお手伝いできることがあれば、遠慮なく言ってくださいね」
「ルカ卿のように、勉強を見てくださるのですか?」
「ふふ。ロベルト様は私のサポートがなくてもご優秀ですもの。それよりも、クッション材がご必要な際はいつでも私を使ってください。まだ二年生になったばかりですもの。諦めるには早すぎますわ」
ロベルトが歩いてきた方向の先には、聖木の森がある。きっと精霊との契約を試みていたのだろう。
モニカは完全モブの間にも、たびたび森から出てくるロベルトを目にしていた。守護者になることは諦めていると口にしながらも、努力は続けている。完全には諦めきれていない証拠だ。
「…………僕が守護者を目指すことを応援してくださった方は、モニカ嬢が初めてです」
ロベルトは、驚いたように目を見張りながらモニカを見つめた。ずっと一人で立ち向かってきた彼にとっては、思わぬ協力者だったようだ。
緊張の糸が途切れた様子でロベルトは続けた。
「ありがとうございます。おかげで気持ちが少し前向きになりました」
「早速、クッション材の効果が出ましたか?」
「そうですね。物理的にも癒されたいのですが」
「え? …………っ!」
モニカが聞き返そうとする間にも、ロベルトがモニカに抱きついてきた。
しっかりとモニカの背中に回された両腕が、程よい圧力で締め付けてくる。
彼は気軽に、スキンシップするような人物ではない。ましてや相手は異性。非常にあり得ない状況だ。
(物理的にクッションになれってこと? 私いま、人としてすら認識されていない?)
それ以外に、気軽にロベルトから抱きしめられる理由が思い浮かばない。もしかしたら、女神とモブを調節する設定画面の『モブ』のところが『クッション』に置き換わってしまったのではないか。
女神の反対語がクッションだなんておかしすぎるが、そうでなければこの状況の説明が付かない。
ルーに確認しようとしたところで、ロベルトが耳元で囁いた。
「モニカ嬢とルカ卿の関係がずっと、羨ましかったです」
(え……?)




