61 リアナのお見舞い1
それを今さら、違いましたなんて言われても……。モニカは混乱する頭を抱えながら、質問した。
「えっ……あの……でも、私は『女神の再来』なのよね? この地を救った女神ではなかったの?」
「モニカは確かにこの地を救った女神さまだけど、天に帰ったあとにいろいろあって……」
「いろいろって?」
「いろいろは、いろいろだよ! 今はモニカに代わって他の女神さまが、この地を見守っているんだ。これ以上は、神さまに怒られちゃうから、おいら言えない……」
ルーは瞳をうるうるさせながら、人差し指を交差させて×印を作りながら口元を押させている。
どうやら、彼らにとっては禁忌のようだ。モニカはルーを両手で優しくすくい取って、自身の頬へとすり寄せた。
「ごめんなさい。ルーを責めるつもりはなかったの。大切な話をしてくれてありがとう」
「えへへ。おいらギリギリを攻める、熱い精霊だから」
「ふふ。ルーは火属性だものね」
「そっそうじゃなくて……危ない橋を渡る系の……ごにょごにょ……」
ルーの話から推測できるのは、天には女神が複数いることと、神が、契約していない精霊すら従わせる力を持っていること。
その神は、ギリシャ神話で言うところのゼウスみたいな、絶対的な存在なのかもしれない。
女神だったモニカは天に戻ったあとで、何か問題が起きたようだ。
その影響で、女神としての人生は終わってしまい、人間として転生を繰り返している。
(きっと、そんなふうな事情よね)
ルーのヒントのおかげで、人間なのに女神の能力を持っている理由が少しだけ見えてきた。
知ったところで、今のモニカにはあまり必要のない情報ではあるが。
翌日の一限目。
授業を受けながらモニカは、ちらりとリアナとブラウリオの席に目を向けた。授業が始まるまでずっと二人を待っていたが結局、今の時間になっても二人は登校していない。今日は欠席のようだ。
昨日のリアナを見てしまったので、すぐには回復していないだろうとは思ったが。今まで、このようなことは無かったので心配になる。
(ルカ様もきっと心配しているわよね?)
そう思いながらルカを見たが、彼は授業に集中していてモニカの視線にすら気がつかないようだ。
ルカは本当に変わった。今では積極的に手を挙げて、わからないところを先生に質問するくらいにまで成長している。
そんな彼の邪魔はしないほうがよい。モニカは昼休みに聞いてみようと思いながら授業に戻った。
そして昼休み。早速、今日はミランダと約束して三人で食堂に来ている。
学園の食堂が初めのモニカは、ミランダのお勧めメニューであるオニオングラタンスープとハンバーグのセットを頼んだ。
「ルカ様、ステーキも美味しそうでしたよ?」
席に着きながらそう声をかけたが、ルカはバスケットを抱えながら「俺はこっちでいいんだよ」と実に満足気な表情で、モニカが作ったバケットサンドを食べている。今日は全部自分だけのものなので嬉しいようだ。
そこへさり気なく、ミランダがルカの前に大皿を置いた。手にはトングを準備している。
「ルカ様。せっかくモニカ嬢が作ってくださったバケットサンドですもの。お皿に盛りつけて差し上げますわ」
「お……おう。じゃなくて……、ありがとうミランダ」
「婚約者ですもの。当然ですわ」
ミランダがいる前では、一段とお行儀が良くなっているルカが微笑ましくて、モニカはふふっと笑みを浮かべた。
ゲームの中の二人よりも雰囲気が良い。その理由がなぜなのかモニカは考えてみたが、それはきっと二人の婚約時期の遅れが関係しているのではと思っている。
ゲームの二人は幼い頃に親同士が決めた婚約者同士だったために、さほど親しくなる機会もなく学園でクラスメイトとなった。
独占欲が強いミランダの性格と、自由でいたいルカの性格は合わず。そこへ癒しの塊のようなヒロインが現れたために、二人の関係はより複雑なものへと変化してしまった。
ルカの気持ちに寄りそうヒロインに惹かれるルカと、その二人の関係を嫉妬するミランダ。
その後は、ヒロインの攻略具合によって変化するが、ヒロインが恋愛対象としてルカを攻略した場合は、ミランダの嫉妬が爆発してラスボスと化す。
けれど今回は、婚約時期が遅れた関係で、当人同士が納得した上で婚約を結んでいる。
ルカのプロポーズの言葉にミランダが感動しなければ、今のような心穏やかなミランダは存在していなかった。
「モニカ嬢。私もひとつ、いただいてもよろしいかしら?」
「はい。たくさん作ってきましたので、ルカ様と一緒にお召し上がりくださいませ」
「嬉しいですわっ! ありがとうございますモニカ嬢」
ゲームの中では、いつも憎しみに歪んでいたミランダが、これほど可愛くはしゃいでいる姿を目にすることになるとは。モニカは想像もしていなかった。
モニカ自身、少しだけミランダに対して負い目がある。ゲームの中とはいえ、彼女にそのような不幸を与えていたのは、ヒロインでありプレイヤーだったのだから。この世界のミランダには、幸せになってもらいたい。
「では皆様、いただきましょう」
準備を整え終わったミランダが席に着き、三人での食事が始まった。
モニカの作ったバケットサンドを美味しそうに食べている二人を見ていると、一年生の時のハイキングを思い出す。あの時も皆が、モニカとリアナが作ったお弁当を和気あいあいと楽しんでくれた。
(ルカ様も食堂に来てくれたし、リアナちゃんたちも一緒に食事ができたらいいのに……)
「――――カ嬢」
そんな思いにふけっている間に、ミランダに呼びかけれていたようだ。モニカは慌てて返事をした。
「はいっ?」
「モニカ嬢。私のお勧めメニューはお口に合いませんでしたか?」
「いいえ。こちらのオニオングラタンスープ、とても美味しいですわ」
「安心いたしましたわ。険しいお顔をなさっておいででしたので、ご無理をなさっているのかと心配してしまいましたの」
「申し訳ございません。実は、リアナちゃんとブラウリオ殿下が欠席しているのが心配で……」
モニカが事情を話すと、ミランダはきょろきょろと辺りを見回してからモニカに耳打ちした。
「お二人は昨夜、結界の穴を塞ごうとして失敗なさったそうですわ。聖女様は倒れられたとか」
「そんな……」
(もう外部に情報が洩れているなんて……)
昨日のブラウリオの態度を、モニカは再び思い出した。
リアナが失敗すると悪評に繋がる。だからこそブラウリオは過剰にリアナを守ろうとしていたのかもしれない。
ゲームの中でも失敗が続くと、悪評により攻略対象たちの心に負担がかかってしまう。その状況の悪化によって、バッドエンドになることもあるほどだ。
(もしかして……)
モニカの心に、悪い予感が広がった。そうであってはほしくない。それを確かめるためには、二人に会いに行かなければ。
「あの……ルカ様、ミランダ嬢。放課後に、リアナちゃんのお見舞いへ行きませんか?」
モニカの心配そうな表情に、ルカとミランダは困ったようにお互いを見合わせた。
「悪いモニカ。放課後はミランダと用事があるんだ」
「お役に立てられず、申し訳ございませんわモニカ嬢」
(そんな……。リアナちゃんの攻略が進んでいるなら、ルカ様は用事よりもお見舞いを優先するはずなのに……)
けれどそれは、二人の仲がゲームよりも良いからなのかもしれない。それに二人は、婚約式の準備で忙しい時期。無理強いはできない。
「急なお誘いすぎましたね。どうかお気になさらず。私だけでも神殿へ伺ってみようと思いますわ」
(そうは言ったものの。どうしよう……)
放課後。今日は訓練の日なのでモニカは、カリストの研究室がある研究棟へと向かいながら悩んでいた。
神殿はいつでもお祈りのために開放されているので、神官にリアナの友人だと話せば、さほど苦労せずに会うことはできるはず。
しかしモニカが女神だということを踏まえると、予期せぬ事態が発生するかもしれない。特に、高位神官と会うのは危険だ。リアナを聖女だと認定した彼らなら、女神の存在にも気づいてしまうかもしれない。
(一人で行くのは不安だわ……)
そう思いながら歩いていると、向かい側からロベルトが歩いてきた。





