63 リアナのお見舞い3
「モニカ嬢とルカ卿の関係がずっと、羨ましかったです」
(え……?)
「どうしようもないほど適当な男性なのに、モニカ嬢はルカ卿を見限ることなく、絶対的な友情を注いでおられました」
「ルカ様は、適当ではありませんよっ。その気になれば、すごく努力できる素敵な方なんですっ」
推しを悪く言われて、モニカはむぅっと頬を膨らませた。
「すみません。ルカ卿を誰よりも知るモニカ嬢だからこそ、胸を張って堂々と僕に意見できるんです。それほどお二人の友情は深く、僕には羨ましくて仕方ありませんでした」
(いつも冷静で客観的に物事を見ているようなロベルト様が、誰かを羨ましいと感じていたなんて……)
「情けない話ですが、僕には深い友情を分かち合える友人がいません」
「ルカ様と殿下は……?」
「お二人とは、楽しく会話できる友人ではありますが、それだけです。僕はいつもそうなんです。性格が災いしているのか、僕から歩み寄ってもいつも距離を開けられてしまいます。表向きの友人は大勢いますが、心から信頼し合える友人には出会えませんでした」
確かにロベルトは冷静な性格であるせいか、少し近づきがたい雰囲気がある。けれど彼は意外と人との交流には積極的で、皆が困っている時には良くも悪くも解決策を提示してくれるような人だ。
誰もロベルトのことは嫌っていないとは思うが、本人が距離を開けられていると感じている理由にも心当たりがある。
「それはきっと、ロベルト様が物事を完璧にこなしてしまうからだと思いますわ。皆様は距離を置いているのではなく、助けが必要ないと感じているのではないかしら?」
ロベルトは少し間を置いてから呟いた。
「……それは盲点でした。けれど、そんな僕に対してモニカ嬢は手を差し伸べてくれ、諦めるなと勇気づけてくれました。僕はこれほど、深い友情を感じたことはありません……」
ロベルトは言葉を詰まらせるように、沈黙した。
(ロベルト様はこれまでずっと、孤独を感じていたのね)
その気持ちは、モニカも解らないでもない。
モニカも学園に入るまでは、人との繋がりが希薄だった。それがモニカの生まれた時からの環境だったので順応するしかなかったが、孤独を感じなかったわけではない。
「モニカ嬢のことは、心からの友人……だと思って良いのですよね?」
抱きしめられているせいか、ロベルトが自信の無さそうな人に思えてくる。
そのようなことを確認せずとも、モニカとロベルトは友人だ。それにきっと、もっと深い友人関係になれる気がする。
「はい。私たちは親友ですわ」
「親友……。魅惑的な言葉ですね。『幼馴染』よりもスピリチュアル的な繋がりを感じられます」
(スピリチュアル……?)
クッションとしての役目は果たし終えたのか、ロベルトはモニカから離れた。
その顔は少し恥ずかしそうに、はにかんだような笑みを浮かべている。彼自身、モニカに抱きつくことは勇気がいる行動だったようだ。
「僕は帰りますね。明日の朝、校門の前で待っていても良いですか?」
「あっはい。教室まで一緒に行きましょう」
「嬉しいです。では」
「お気をつけて」
一緒に登校したいなんて、ロベルトも意外と可愛いところがある。微笑ましく思いながら彼を見送ったモニカは、はたとある事に気がついた。
(ロベルト様。気分が晴れたのに、リアナちゃんのお見舞いへ行かないの?)
「まっ…………て」
しかし気がついたときには、時すでに遅し。ロベルトは視界から消えていた。
ことごとくお見舞いの誘いに失敗したモニカは、とぼとぼと歩きながらカリストの研究室へと向かった。
「先生、ごきげんよう」
「遅かったな」
扉を開けて挨拶をしたが、カリストはモニカを見もせずに、机に向かったままそう返してきた。
(あら。先生がご機嫌ななめだわ)
「申し訳ございません。来る途中で友人と立ち話をしてしまったもので」
「ほう……」
カリストは不機嫌そうなままで準備を始めたので、モニカもそれにならってソファに腰かけた。
(そもそも、この訓練の自由度を決めたのは先生なのに、いつもより少し遅く来たからって怒るなんて……)
モニカは理不尽な扱いを受けたことに対して不満を抱えながら、カリストの準備作業を見つめた。
『この訓練は授業ではないし、お互いに負担がかからないようにしよう。用事があればドタキャンしてもいいし、俺が研究室にいる間なら何時に来てもいい。とにかく訓練は無理なく長く続けることが大切だ』
放課後に訓練をするにあたり、そう決めたのはカリストだ。その言葉どおりモニカは、自分の無理のない範囲でここに通っていた。
宿題で調べ物がある際は先に図書館へ寄ったこともあるし、時計塔でルカに騎士団の模擬戦見学を誘われた時には、喜々としてドタキャンを宣言した。
そんな理由ですら笑って承諾してくれたカリストが、なぜ友人との立ち話で怒るのか。今日のカリストは変だ。
(もしかして、私に対して怒っているわけではないのかしら……?)
単に虫の居所が悪い時に、訪問してしまっただけなのかもしれない。
そう思うことにして気を取り直したモニカは、訓練に集中することにした。
女神の力を安定的に使うための訓練は割と地味だ。カリストに両手を握られながら、力が全身を巡っていることを意識的に感じる、それが訓練。
訓練の最中はカリストがたびたび風属性の力で、女神の力を乱そうとしてくる。それを上手く交わしながら、女神の力を全身に巡らせ続けるには、結構な集中力が必要だ。
けれどモニカは、どうしてもリアナのことが気になって集中できていなかった。
ルカの態度といい、ロベルトの態度といい、リアナの攻略が思いのほか上手く進んでいないことを、知ってしまったから。一刻も早く、リアナに会って状況を確認しなければならない。
「モニカ、集中できていないぞ」
「申し訳ありません先生。つい考えごとをしてしまって……」
「ロベルト・スエロのことでも考えていたのか」
「え……」
なぜここでロベルトが出てくるのか。
そう思った瞬間にモニカは、カリストの後方にある窓が目に入る。その窓から何が見えるのか。瞬時に気がついた。
「せっ……先生、見ていたんですかっ」
「見てはいない。知りたくもない情報を、精霊が伝えてきたんだ」
(先生にとっては、それが見えるという意味ですよねっ!)
カリストらしくない理屈をこねているあたり、不機嫌の理由はこれだったようだ。抱き合う姿を覗き見する感じになってしまって、気分が悪かったのだろうか。
「お見苦しい場面をお見せしてしまい、申し訳ございません……。以後、気をつけます」
(研究途中でそんなものが目に入ったら、気分も悪くなるわよね)
しっかりと、モニカのせいであった。
先ほどはカリストの一方的な感情だとして、勝手に処理してしまったことを申し訳なく思いながら謝ったが、カリストの機嫌はまだ直らないようだ。
「ルカ・フエゴが婚約した途端に、あいつに告白されたのか?」
「え……?」
「雰囲気が良いまま別れていたところを見ると、受け入れたようだな」
「はい……?」
(告白されて、受け入れた? 先生は何を言っているの……?)
「あの……、先生は勘違いをしていると思いますわ」
「あの場面を見せられて、何を勘違いしていると言うんだ」
「確かに告白は告白でしたが、友情を確かめ合うための告白であり、ハグでしたわ」
「友……情…………?」
モニカの説明に対してカリストは、ぽろっと怒りの感情が地面に落ちたかのように、呆然とした顔つきになった。
「はい。ロベルト様と私は似たような悩みを抱えていたもので。そのおかげで、より親しい友人関係になれたと思います」
モニカの説明を聞きながら、カリストは一気に気持ちが冷静になっていくような気分になる。
先ほどは、モニカとロベルトが抱き合っている姿を目にして、不思議なほど怒りがこみ上げてきた。研究の邪魔をされたからではない。モニカが他の男と抱き合っていること自体が耐えられなかった。
モニカはいつも、ルカを人生の頂点に据えているが、それは『推し』という彼女独特の理論によるもので、カリストもその意味は理解している。
けれど先ほどの二人は、それ以上の関係に見えてしまった。心穏やかに見守れる状況ではなかった。
「悪い…………。勘違いした」
カリストは恥ずかしいのか、片手で顔を覆い隠した。けれど耳が真っ赤になっているのが丸わかりで、モニカには可愛く思えた。
(これってもしかして、嫉妬かしら?)
彼は毎日、夜遅くまで研究室にいるほど研究が好きだ。そんなカリストが、積極的にモニカを受け入れているということは、研究対象としても魅力があるのだろう。
(もし私にお付き合いする方ができたら、訓練の時間が減ってしまうものね。それで怒っていたなんて、先生可愛い)
「ふふ。気にしていませんよ」
「寛大な心に、感謝する……。それで、何を悩んでいたんだ?」
カリストは恥ずかしさをごまかすように、話題を変えた。





