100 モニカの婚約者11
「俺を求めてくれるモニカが好きだ。だからこそ、今回は焦ってしまった」
カリストは当初、モニカが卒業してから気持ちを伝える予定で、準備を進めていた。レナセール伯爵にも、それとなく気持ちは伝えてあったという。
けれど突如、イサークの求婚を耳にし、自分がいかに悠長に考えていたと思い知ったのだとか。
「えっ。待ってください。父は先生のお気持ちをご存知でしたの?」
「たぶんな。伯爵から、モニカには恋愛結婚をさせてやりたいと考えていると聞いていたよ。だから決めるのはモニカだと」
(お父様ったら、知らないフリをしてあんな演技をしていたってこと……?)
イサークからの求婚は想定外だったようだが、父はそれを利用してモニカをけしかけていたのだ。とんだ策士だ。さすがは騎士団長の補佐官。
「それで、モニカの気持ちも聞いてもよいか?」
彼はモニカの額にキスしてから、顔を覗き込んできた。自信を持てと伝えた途端にこの態度。やはり初心者向けとはいえ、カリストも攻略対象だ。
そして恋愛初心者のモニカには、これだけでも心臓に悪い。
自分の人生に『プロポーズ』などという恋愛イベントが発生するとは思っていなかったオタク。
漫画やドラマで見るような、指輪を渡して「結婚してください」「はい」しか知らないモニカは、テンプレから外れた今の状況の回答を持ち合わせていない。
「あの、その。私は推し活ばかりしてきたので、実は現実の恋愛には疎くて。けれど先生のことは、推し活の枠を超えて大好きなんです。頼ってしまうのも、甘えてしまうのも、きっと推しではない感情で好きだからなんだと思います。推しは応援する存在ですから」
カリストを恋愛対象としているか。モニカとしては推しとの比較をすることでしか判断ができない。
「伝わりましたか……?」とおそるおそる聞いてみると、カリストはもう一度モニカを抱きしめた。
「モニカの推し活を見てきたおかげでよく理解できるし、すごく嬉しいよ」
(そういえば前に先生から、「俺のことは推しと思うな」と言われていたわ)
モニカには、遠くから見つめられるより、近くでわがままを言われたいと。
あの時のカリストはすでに、推し活を理解していたからこそ、あの言葉がでてきたのだろう。
そして、あの時すでに、彼の気持ちはモニカへ傾き始めていたようだ。
実はものすごく遠まわしな告白を受けていたのだと、モニカは今さらながら気づかされた。
カリストはもう一度、指輪が入った箱をモニカへと差し出した。
「話が前後してしまったが、モニカ。今回の事件が解決したら、正式に俺と婚約してほしい」
「はい。私で良ければぜひ」
彼に手ずから指輪をはめてもらったモニカは、にこりと微笑んだ。
「先生。実は私、伯爵家を継ぐ予定なんです。ですから心配しないでください。私が、先生を幸せにして差し上げますね」
結婚しても貴族でいられるし、伯爵家に見合った生活を提供できる。
カリストの心配を少しでも和らげられたらと思い発言したが、なぜかカリストはぽかんとしてから、じわじわと笑い出した。
「なぜ笑うのですか先生」
「俺はモニカのそばにいられるだけで幸せだ」
一方。イサークは、レストランでの出来事を夜になっても思い返して、悩んでいた。
今日は、イサークが優位であることを改めてモニカに認識させ、結婚を承諾させるつもりだった。
けれど、モニカはカリストの助言によって、脅しに屈するどころかイサークを諭そうとしてきた。
「ルカに囚われない本当の幸せ……か」
イサーク自身、自らの幸福について考えたことなどなかった。
ただ、ルカよりも優秀であり続けなければ、公爵家に認められない。その想いに囚われて今まで努力してきた。
フエゴ家門は騎士の家門。欲しいものは努力で勝ち取るのが当たり前だった。その時に感じる喜びに、イサークは囚われていた部分がある。
ルカと争い、勝ち続けること。そこに自分自身の存在意義を見出していたイサークにとっては、ルカがいない世界は価値がない。
ルカを敵視しつつも、ルカに依存しなければ、自分を表現できない。
そのことにイサークは気がついてしまった。
けれどイサークは最近、小さな楽しみを見つけていた。
それはモニカとのデート。
ルカという餌で釣ってはいたが、モニカとの時間はシンプルに楽しく感じられた。
今にして思えば、それが幸せというものだったのかもしれない。
それをイサークは、脅して結婚を迫るという方法で壊してしまった。
ルカに勝ちたいという気持ちさえなければ、もっとモニカを大切に扱えたはずなのに。
次にモニカと会った時には、今の気持ちを素直に伝えて見ようか。そうすれば彼女は、真剣に向き合ってくれるかもしれない。
その日の深夜。カリストは空を飛行して、王宮のとあるバルコニーへと降り立った。
ここはいつものブラウリオの部屋ではない。
カリストを誰よりも憎んでいる者がいる場所。できればその者とは顔を合わせたくないが、モニカとの幸せを掴むためには避けて通れない道。
決意を固めたカリストは、鍵がかかっているガラス扉を、風魔法で強引に開けた。
その音によって、ベッドで寝ていた中年の男性は飛び起き、カリストを目にするなり怒りで顔を歪ませた。
「貴様……! 誰か! こいつをつまみ出せ!」
「あいにくだが、その声は外へは聞こえない」
遮音魔法。風を操ることで、音を室内に閉じ込めることができる。いくらここが国王の寝室で、外には護衛が待機していようとも、カリストの風魔法の前では無意味。
それを瞬時に理解した国王は部屋の外へと逃げ出そうとしたが、カリストは風魔法でその動作すら封じ込めた。
「私を殺しにきたのか!」
「まさか。俺はただ、結婚の承諾をもらいにきただけだ」
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