第9話
ゲートが発生した都心のど真ん中。
突然のゲート発生を知らせる緊急警報が鳴り響く中、日本ハンター協会所属の職員や、現場の対応に駆り出されたハンターたちが慌ただしく動き回っていた。
ウィーン――ウィーン――
けたたましいサイレンが路地に鳴り響き、協会職員たちは規制線を張り、周辺の市民が近づかないよう徹底して封鎖していた。
「そこは規制区域です! もっと下がってください!」
スーツ姿の女性、神谷 冴香 は、険しい表情で拡声器を下ろした。
その隣には、今回協会に入ったばかりの新人職員、黒川 二乃 がいた。
にのは緊張で顔を強張らせながら、周囲をきょろきょろと見回している。
「わぁ……先輩、あの渦巻いてるの、本当に不気味ですね。私、実戦のゲートを見るの初めてだから、足がガクガクしてます……」
にのがごくりと唾を飲み込む。
冴香は舌打ちしながら懐から煙草を取り出し、口に咥えた。
そして、険しい表情でゲートを指差す。
「気を抜かないで、にの。ゲートなら全部同じってわけじゃないわ。あれは協会の分類でも、最も厄介な部類に入る『閉鎖型単一ゲート』よ」
閉鎖型単一ゲート。
現在までに、通常のゲートと並んで最も多く確認されていたゲートの一種だった。
「閉鎖型……。名前からしてなんだか怖いですね」
「……ちっ。火、持ってくるの忘れたわ」
冴香は咥えていた煙草を再び箱へ戻し、話を続けた。
「まあ、とにかく……どこまで話したっけ?」
「閉鎖……なんとか……」
「ああ、そうね。そのゲートは怖いどころじゃない。かなり危険よ。普通のゲートなら複数のハンターがパーティーを組んで中へ入るでしょう? でも、ああいう単一型ゲートは、その名の通り、侵入できる人数が『たった一人』に制限されるの」
冴香の声には、明確な警告が滲んでいた。
にのはゴクリと喉を鳴らし、尋ねる。
「じゃあ……もし、中に一人だけ入ったハンターが怪物に襲われて死んだら、どうなるんですか?」
「それが一番クソなところだ」
冴香は少し顔をしかめて答えた。
「攻略に失敗して侵入者が死亡した場合、中から溢れ出した魔物が外へ押し寄せる『ゲートブレイク』が起こる。つまり、誰かが中に入って、あの中のボスを倒してクリアしない限り消えないゲートってこと」
冴香は一度言葉を切った。
「しかもゲートの等級すら分からない。今まで発生したもののほとんどがA級以上。高ければS級よ。だから最も危険なの」
「A級ですか!? じゃあ、一人でA級ゲートをクリアしないといけないんですか!?」
にのは震えながらゲートを見つめた。
「じゃ、じゃあ…… もし、適性検査を受けていない人や、状況も分かっていない一般人が、好奇心であそこに入ってしまったらどうなるんですか?」
「どうなるって。高確率でブレイクが起きるでしょうね。一般人なら、ほぼ確実。今問題になってるのはそこよ」
「え?」
「今あのゲートに入っているのは、何の検査も手続きも受けていない人間なの。ゲートが発生した直後に入ったらしいわ」
「えええ!? そ、それじゃ……」
冴香は腕時計を確認した。
「それでも、ゲートが開いてからもうかなり時間が経っている。今は中に入った謎の人物に期待するしかないわね。ゲートをクリアできるかもしれないし……死んでいるかもしれない」
冴香の顔に濃い緊張が走った。
協会は現在、ゲート内部へ入った人物が誰なのか、ハンターの名簿と照合しながら身元の確認を急いでいた。
同時に、この事実が外部へ漏れないよう徹底的に情報を統制している。
数ヶ月前、名古屋でこれと同じ形式のゲートが発生したことがあった。
しかし、攻略に失敗し、最終的にゲートブレイクが発生した。
幸い、協会の迅速な対応によってどうにかゲートを食い止め、市民も全員避難させたため、人的被害は発生しなかった。
だが、突然の避難と混乱によって、市民からの不満はかなり大きかった。
だからこそ、今あのゲートに入った人物が誰なのか分からないという事実は、市民の不満と不安をさらに煽ることになる。
その時だった。
ウゥゥゥン――!
ゲート周辺が大きく震えた。
周囲を警戒していた協会職員たちの間でも、無線が慌ただしく飛び交う。
「内部の魔力反応が乱れています!」
「全員、防御態勢! またブレイクよ!」
冴香が叫び、盾を展開しようとした、その瞬間だった。
バキッ――!
空間に微かな亀裂が走り、紫色のゲートの回転が止まった。
「……」
人々が一斉に息を呑む。
ついさっきまで、内部から凶悪な魔物が飛び出し、世界を飲み込もうとしているかのような凄まじい圧力を放っていたゲート。
(まさか、本当に魔物が出てくるの……!?)
にのは固く目を閉じ、腰の剣の柄を強く握りしめた。
しかし、予想とはまったく違う音が空中に響いた。
「にゃあ……」
「……え?」
にのが目を瞬かせる。
怪物の咆哮ではない。
(猫の鳴き声……?)
その時、ゲートの残骸の中から誰かが歩いて出てきた。
風に揺れる銀色の髪。
宝石のように輝く青い瞳。
そして、世の中のすべてが面倒だと言わんばかりに眉をひそめている――。
驚くべきことに、それはハンター装備を身につけたベテランではなかった。
せいぜい小学生くらいにしか見えない、とても小さな少女だった。
さらに驚くべきことに、その華奢な少女の腕の中には――。
「……ちょっと、先輩。あれ……?」
にのは呆然とした顔で、震える指を前へ向けた。
少女の腕の中には、薄汚れてはいるものの、まだ生きているふわふわの子猫が一匹、大人しく抱かれていた。
「……え?」
冴香も口を開けたまま言葉を失った。
「そ、そこ! ちょっと待って! 動かないでください!!」
にのは反射的に腰の剣を抜き、少女へ向かって叫んだ。
緊張による冷や汗が顎を伝って、ぽたぽたと落ちる。
ついさっきまで世界が崩壊するかのように揺れていた、閉鎖型単一ゲート。
最低でもA級と推定されるゲート。
その中から生きて出てきた者がいるのなら、正体を隠していた超高位ハンターの可能性もある。
だが、人間の姿をしたゲート内の怪物である可能性も否定できない。
だからこそ、にのは警戒を解くことができなかった。




