第8話
「ウハハハハハッ!」
ポトッ。トンッ。
「……あれ? 死体、どこ行った?」
奴が倒れていた場所には、死体は残っていなかった。
代わりに、身につけていた武器や鎧と一緒に、紫色の結晶のようなものが落ちている。
「鎧と武器はいらないとして……この紫色のやつは何だ?」
拾い上げ、付着した血を拭ってじっくりと眺める。
「……おおっ!!」
めちゃくちゃ綺麗だ。
あの汚いゴブリンから出てきたものとは、とても思えないほど美しい。
しかも、かなりの魔力が込められている。
「おお……」
俺は子供の頃から、綺麗なものや可愛いものには目がなかった。
初めて魔法を学んだ頃は、世紀の魔法の天才ともあろう者が、なんでそんな趣味を持っているんだと馬鹿にされたものだ。
だが、俺が大魔導士にまで上り詰めると、みんな理解してくれた。
やっぱり強くなれば、あらゆる差別もなくなるらしい。
「これは持って帰ろっと」
綺麗だからという理由もあるが、これが一体何なのかも気になる。
検索してみたいところだが、ここへ来た時からスマホが動かなくなっている。
その時だった。
シュゥゥゥン――!
奴が座っていた玉座の前の空間が歪み、再び紫色の渦が巻き起こった。
「ああ、ゲートが閉じてたのか。ボスを倒したから、また出口が出てきたってことか? へえ、変わった仕組みだな」
一種の結界が解除される仕組みなのだろう。
俺はゲートへ向かって歩き出そうとした。
――その時。
「……!?」
足が止まった。
どこからか、とてもか細い声が聞こえてきたからだ。
「……みゃお」
「……!!!?」
心臓が跳ね上がった。
今のは間違いない。
世界で最も尊く、可愛い生き物の声だ。
「みゃあ……」
もう一度、鳴き声が聞こえた。
「うおおおおっ!! ま、待ってろ!! 兄ちゃんが……いや、姉ちゃんが助けてやる!!」
俺は鳴き声のする方へ駆け出した。
声が聞こえてきたのは、ゲートが開いた場所のさらに奥。
洞窟の最深部。
巨大なボスモンスターが消えた場所の奥に、小さくぼんやりとした毛玉が、赤い魔法陣の上でぶるぶると震えていた。
「みゃお……」
「……なんてこった」
思わず、呆然とした声が漏れる。
前世から今まで、ずっと探し求めていたのに。
日本でも、あの世界でも、一度たりとも俺の腕の中に入ってくれなかった、あの生き物。
この歪んだ魔法ゲートに引き寄せられてきたのか、それともゴブリンたちがどこかから連れ去ってきたのか。
そんなことは分からない。
ただ、一つだけ確かなことがあった。
めちゃくちゃ可愛い!!
なんて綺麗なんだ!!
タッ――!
俺は迷うことなく魔法陣へ駆け寄った。
この魔法陣は、見えない結界を張る魔法だ。
だが、術式を逆算すれば簡単に解除できる。
パチンッ!
指を軽く鳴らし、魔法陣の結界を解除する。
押さえつけていた魔力が解放されたからか、猫の様子が少しずつ良くなっていく。
「みゃお!」
俺は我慢できず、その毛玉へそっと両手を伸ばした。
「ひっ……ひっ……こ、こっちにおいでぇ……。お前は俺から逃げないよな……?」
ゆっくりと手を伸ばす。
ぷにっ。
「さ、触れた……!」
こ、この可愛い生き物が俺から逃げない……!
ぷにっ。ぷにっ。ぷにっ。
むにむに。
「んにゃあああ……へへへ……。可愛すぎる……」
俺の手の中で、真っ白で綺麗な猫が大人しく撫でられている。
ゴブリンロードのクソ野郎に何かされたのか、少し汚れていて痩せ細っている。
だが、さっき結界を解除してやったおかげか、状態はかなり良さそうだった。
こいつの身体の中にも魔力が流れている。
どうやら、こいつも魔物らしい。
だから何だ。
このぴんと立った耳も、ピンク色の肉球も、どう見ても完璧な猫じゃないか!
「みゃああ……!」
猫が俺の手をぺろりと舐めた。
「うおおおお……!」
や、やばい。
体の奥がキュンキュン疼いて、何かが溢れ出してしまいそうだ。
「くっ!……はぁぁぁぁっ♡」
どうやら俺のことが気に入ったのか、猫は何度も俺の手を舐めてくる。
「みゃあ……」
舌が手に触れるたび、ゾクッと身体が跳ね上がってしまう。
もうずっと撫でていたい……!
「おおっ……! 可愛すぎる……!もう、我慢できなくなるぅぅぅ……っ♡♡」
数分後。
「ふぅぅ……。よ、ようやく落ち着いた……」
こんなに可愛いものを触ったのは初めてだった。
ちょっと興奮しすぎてしまったらしい。
「今はこんなことしてる場合じゃない……!」
ゲートを出なければならない。
俺は猫をそっと抱き上げた。
「おお……抱き心地いいな……」
抱き上げてみて、すぐに分かった。
「猫は液体って説、本当だったんだ!」
俺に持ち上げられた猫は、最初こそ驚いたように身体を固くしていた。
だが、すぐに柔らかな声で喉を鳴らし始める。
「ゴロゴロゴロ……」
「くぅ……。こ、この音だ……。俺はこれを聞くために生きてきたんだ……。録音して、毎晩寝る前に聞こう……」
満足感に浸りながら、嬉しそうな笑みを浮かべてゲートへ向かっていた。
その時だった。
シュゥゥン――!
先ほど開いた紫色のゲートが、突然不安定に揺れ始めた。
「……!」
おそらく、ボスであるゴブリンロードが消滅したことで、内部の魔力バランスが完全に崩れたのだろう。
ゲートが爆発するように収縮し、周囲の空間が大きく歪み始める。
巨大な魔力の渦が、洞窟全体を飲み込むように押し寄せてきた。
「ちょ、ちょっと待て!うちの子が怪我しちゃうだろ!!」
俺は腕の中の子猫をしっかりと抱きしめ、後ろへ下がろうとした。
だが――
身体ごとゲートの中へ引きずり込まれ、視界が真っ白に弾けた。
(ああもう、マジで! こんなクソみたいなゲートを設計した奴は誰だ!? 絶対に許さないからな!!)




