第7話
「…………」
ゴブリンロードはしばらく何も言わず、俺をじっと見つめていた。
「おお……すご……。い、いや、貴様がゴブリン語を学んでいようと、見逃すつもりはない……! ポケットに入れて持ち歩けそうなほど小さな人間の雌め」
「……いや、さすがにポケットには入らないだろ」
バッ――!
ゴブリンロードが地面を蹴って飛び上がった。
巨体からは想像もつかないほどの速さ。
振り下ろされた大剣が、俺の頭上へと迫る。
ズゥゥン――!
俺は軽く身体を後ろへ引き、攻撃をかわした。
俺が立っていた地面が無惨に陥没し、石の粉塵が舞い上がる。
「お、結構速いな」
シュシュッ! シュッ!
次々と飛んでくる斬撃を紙一重でかわしながら、俺は洞窟の壁を駆けた。
「ハハッ! ネズミのようによく逃げ回るではないか!」
ドゴン! ドゴン!
大剣が振るわれるたびに壁へ叩きつけられ、岩盤が次々と砕け散る。
「うーん……」
あ、もう飽きてきた。
このままこんなことを続けていたら、俺の貴重な時間がもったいない。
何より、この洞窟の空気はあまりにも息苦しかった。
俺は空中へ跳び上がり、詠唱もせずに魔法を紡ぐ。
シュゥゥゥン――!
洞窟の天井から、俺の腕ほども太く鋭い石の杭が雨のように降り注いだ。
ゴブリンロードは大剣を掲げ、降り注ぐ石を防ぐ。
だが、俺の狙いは攻撃そのものではない。
視界を奪うこと。
その隙を逃さず、俺は奴の懐へ潜り込んで腕を伸ばした。
「踊れ、踊れ、踊れ、エクスプロォォージョンッ!!」
ドォォン――!
至近距離で発生した爆発が、ロードの胸元を真正面から打ち抜いた。
凄まじい轟音とともに、奴の上半身が大きくのけぞる。
普通の魔物なら、ここで上半身が粉々になっていてもおかしくない。
だが、煙の向こうから荒い息遣いが聞こえてきた。
「クッ……クハハハハッ!!! 認めてやろう!何かが違うようだな!! 人間にこれほどの力を持つ者がいるとは!」
ロードはふらつきながら立ち上がった。
その胸元には、先ほどの魔法によって巨大な円形の傷が刻まれている。
俺は確実に仕留めるため、もう一度石の杭を生み出し、その胸へと突き立てた。
ズブッ――!
「グッ……」
ロードは顔をしかめて呻くと、わずかに嘲笑を浮かべた。
「ククク……」
奴は胸に突き刺さった巨大な石を手で掴み、そのまま引き抜いた。
ブシュシュッ――!
紫色の血が噴水のように噴き出す。
それでも、奴は痛みなど感じていないかのようだった。
「ならば、礼を尽くして久しぶりに『あの姿』を見せてやろう」
「?」
俺の眉がぴくりと動いた。
突然、周囲の空気が重く沈み込み、俺を押し潰すような圧力が襲ってくる。
ゴブリンロードの身体から、不吉な赤い気配が陽炎のように立ち上り始めた。
「これは……」
ゴキッ――! ゴキゴキッ――!
奴の胸に開いた巨大な傷と、石の杭が突き刺さった傷口が不気味な音を立てながら、瞬く間に再生していく。
筋肉が異常なほど膨張し、奴の身長がさらに一回り大きくなった。
「狂暴化、か?」
狂暴化。
あるいは魔獣化とも呼ばれる現象だ。
(うーん……ゴブリンが狂暴化、か……)
普通、ゴブリンは狂暴化なんて使えない。
生まれつき弱い魔物だからだ。
(でも、やったな……。これ、三サークルじゃちょっと厳しいかもな)
俺は顎に手を当て、しばらく考え込む。
十一サークル大魔導士だった頃の俺なら、くしゃみ一つで分子単位まで分解できるような相手だ。
だが、今の俺が巡らせている魔力は、たった三サークル。
三サークル魔法であの再生力を突破するには、かなり精密な攻撃が必要になる。
「殺してやるッ!!!!!」
赤いオーラをまとった奴が突進してきた。
ドンッ! ドンッ!
先ほどとは比較にならない速度と破壊力。
俺は地面を転がり、壁を蹴りながら、紙一重の攻防を繰り返す。
奴の剣先が、俺の銀髪の先をかすめていった。
「おいおい。髪が傷んだら、お前が責任取るのか?」
俺はわざと余裕を見せながら、奴の魔力の流れを読み取った。
あの異常な再生力も、結局は核から放出される魔力によるものだ。
通常なら、その核は胸にある。
だが、魔力の流れを見る限り――こいつは違うようだな
ロードが渾身の一撃を放つため、大剣を大きく後ろへ引いた。
「お?」
隙があるじゃん。
(考える必要もなかったな)
俺はその一瞬を逃さず、奴の両脚の間へ滑り込んだ。
「……!?」
ドォン――!
ロードが大剣を振り下ろし、地面を粉砕する。
その瞬間、俺は奴の背後へ回り込み、心臓のあたりに手のひらを密着させた。
三サークルで出せる最大火力を一点へ集中させた一撃。
「パンパレ!!」
ゴゴゴゴゴォォォン――!!!
連鎖的に爆発する炎が、ロードの体内を荒れ狂う。
核がどこにあるのか分からないなら――全部壊せばいい。
奴は再生する暇もなく、焼けた肉の臭いを漂わせながら前のめりに倒れた。
ドォン――!!
巨大な身体が洞窟の床を揺らし、崩れ落ちる。
「ハァ……ハハ……。強いな……小さな雌……認めよう……。俺の負けだ……」
ロードは死にかけているというのに、最期の言葉まで格好をつけている。
俺は服についた埃を払いながら、冷たく言い返した。
「フフフ、認めるがいい……! たった三サークルで貴様を倒した! 俺の勝利だ!!」
「…………」
ススス……。
奴の身体が、ゆっくりと塵へ変わり始めた。




