第10話
(びっくりした……)
ゲートから出た直後、誰かの突然の叫び声に驚き、俺は思わず息を呑んだ。
そこで初めて周囲を見回し、眉をひそめる。
(えっ……何これ……。スーツ着た人とか警備員が、なんでこんなにいるの……)
俺はさっき俺を呼んだ女性へ視線を向けた。
(あの人は……えーっと……ハンター協会? から来た人なのかな……)
胸元についた名札を見る。
そこには、『ハンター協会 黒川二乃』と書かれていた。
「ふーん……」
俺は頭の中で素早く状況を整理する。
魔力がゲートの中にいた時よりも、はるかに減っている。
やはり無魔力地帯らしい。
この程度の魔力では、これだけ大勢の人間の記憶を消すことはできない。
だが、このまま俺がゲートをクリアしたと知られても、それはそれで面倒なことになる。
平和な猫カフェ開業が遠のくということだ……。
面倒なことは大嫌いなのに……。
そこでふと、自分の外見がアカデミーの低学年くらいだったことを思い出した。
それなら、ゲートに巻き込まれただけの一般人の子供を適当に演じればいい。
(正解だ、錬金……じゃなく、シノちゃん!!)
俺はとりあえず一般人のふりをするため、体内の魔力を隠した。
天下の大魔導士たる俺にとって、魔力を隠す程度のことは、寝転がって足でピーナッツを割るくらい簡単だ。
そして腕の中に抱いた子猫を優しく撫でながら、世界で一番無害そうな、純真無垢な表情を浮かべた。
「あ、はいっ。動かないです。えへっ……。剣、怖いですぅ……」
(完璧だった! 可愛すぎる!)
***
「……え?」
にのが緊張しながら警戒していたのが馬鹿らしくなるほど、その少女からは凄まじい殺気も、危険な魔力も感じられなかった。
それどころか、ゲートから出てしばらくすると、少女の周囲に残っていた魔力そのものが消えていった。
一般人がゲートに入って外へ出た場合、ゲート内の魔力が身体に付着しているため、それが時間とともに消えていったとしても、特におかしくはない。
魔力がないということは、覚醒者――つまりハンターではないということだ。
(な、なんなの……?)
にのは剣を向けることも、下ろすこともできず、ぎこちない姿勢のまま固まってしまった。
その時、冴香が重い足取りでにのの前へ出て、少女に近づいた。
そしてシノの全身をじっくりと見渡す。
魔力反応は完全に消えている。
脅威にも見えない。
だが、偶然巻き込まれたというには、どこにも怪我一つない無傷の姿が妙だった。
「……とりあえず武器を収めなさい、にの」
冴香は小さな少女へ慎重に声をかけた。
危険な魔力もなく、外見も話し方も特におかしくはない。
だが、ついさっきA級ゲートから出てきた少女だ。
正体を隠すために姿を変えている可能性もある。
本当に一般人だとしたら、何者かが送り込んだ囮である可能性もあった。
「あなた、怪我はない? それと、一体中で何があったの? あのゲートは一般人が入れる場所じゃないの。どこかの所属ハンター……」
冴香が目の前で話している間、シノの頭の中は別のことでいっぱいだった。
一般人として巻き込まれたふりをすると決めたものの、その嘘のストーリーをまだ考えていなかったのだ。
シノは目を左右に動かしながら必死に考え、なんとかそれらしい嘘を思いついた。
「あ、わ、私ですか? サイレンが鳴ったから逃げてたんですけど……道に迷っちゃって、変な渦の中に間違って入っちゃったんです。そこで道に迷ってうろうろしてたら、どこからか悲しそうな鳴き声が聞こえて……聞こえて……えっと……」
(やっば……! そこまで考えてなかった!!)
猫に出会うところまでは考えていた。
だが、どうやってゲートをクリアしたのかまでは考えていなかった。
ただゲートが勝手に開いたと言えば、それはそれで不自然だ。
「うぅ……ふぇぇん……怖かったですぅ……」
シノは言葉を濁しながら、怖がって泣いているふりをした。
そして腕の中を軽く叩く。
そのタイミングに合わせるように、腕の中に隠れていた子猫が周囲の視線に怯えたように、小さな声で鳴いた。
「にゃあああああお~~」
「……」
張り詰めていた周囲の空気が、一瞬で崩れ落ちた。
剣を向けていたにのは、呆然とした顔で目を瞬かせる。
冴香は呆れたような表情でシノを見つめた。
危険な単一ゲートで魔物と死闘を繰り広げるどころか、道に迷っているうちに猫を拾い、そのまま呑気に歩いて出てきた一般人(?)の少女。
信じられない話だ。
だが、測定器が示した魔力数値や、少女のか弱そうな体格を見る限り、どうやら事実らしかった。
「……とりあえず、民間人の保護と事情聴取のため、私たちについてきてもらいます。臨時隔離区域へ移動しましょう」
詳しい話をここでする意味はない。
まずは、この少女が何者なのか、身元を確認することが先だ。
「あ……は、はい……分かりました……。ついていけばいいんですよね……?」
「ええ。行きましょう」
これ以上追及されなかったことに内心で歓喜しながら、シノは冴香の後をついて歩き始めた。




