5 今野くん日記
翌日の月曜日、浮かれた気持ちのまま学校に行ったのに、今野くんと話せないどころか目も会わない。
昨日のこと、夢だったのかな。
「里亜、昨日ゲームの途中で寝落ちしたろ?」
「ごめーん。朝起きたらレベル上がっててびっくりした」
ほら。クラスメイトなら里亜と佐登田くんみたいに話すのが普通よね。
今野くんは休み時間、ほとんど席にいなかった。トイレだろうか。友達に会いに行ってるのかな。
「優華ちゃん、私の頬をつねって」
「どしたん?」
と咲が聞くより早く、優華ちゃんが頬をつねる。ちゃんと痛い。
「夢を見たのかな」
話しかけてくれないことを寂しいと感じつつ、今野くんの席は私より前方なので授業中もちょくちょく見ちゃう。
こっち、向かないかな。真面目に授業聞いてるな。今野くん、得意科目あるのだろうか。電車好きはなんの勉強を好きになるのかしら。お店も手伝ってるから経営とかに興味あるのかな。
今日の授業は接点が持てないものばかり。体育は男女別だし、パソコン室は席が遠すぎるし。
お昼のときを待っていたのにもういない。
今野くんのお弁当ってお店のものなのかな。もしや自分で作ってる? あの腕前だもん。えっ、私、昨日、今野くんが作ったオムライス食べたよね。やば。思い出せ、私の味蕾。おいしかったことしか記憶にない。あれって、すごく貴重なことだよね。
あ、今野くんが廊下を歩いてゆく。
「吉崎さん、今度よかったら遊びに行かない?」
知らん人に声をかけられている間に今野くんは行ってしまった。がびーん。
「先輩方、すずはこのように人見知りなんです」
と咲が私とその人の間に割って入ってくれた。
「ダンス部の森岡さんだよね? 君たちももちろん一緒に」
今野くんに声、かけそびれちゃったな。
「私、ゲームで忙しいので」
と里亜が断る。
「他の子は?」
「遊ぶってどこですか?」
優華ちゃんが聞く。
「カラオケとか?」
「遊園地がいいな」
「遊園地ね」
「動物園もいいな」
「動物園か」
「いや、水族館」
優華ちゃん、完全に先輩を遊んでる。
「私、行かないよ」
私は言った。よくわからない人のことより今野くんのことが知りたい。
教室に戻り、今野くんの背を見つめる。私が魔法使いなら、今野くんが何してるのか知りたい。
同じクラスでも話すきっかけがない。でも今野くんの場合はポプリに行けばいいのか。絶対に家にはいるだろうから。
「帰り、みんなでポテト食べながら宿題終わらせない?」
咲以外は部活をしていない。
「ごめん。私、先に帰る」
提案してくれた優華ちゃんには申し訳ないのだが、教室を出る今野くんが視界に入った。今日話せなければ、明日も同じだ。
家があそこなら、こっちのルートのはず。
今野くん、発見。
速足だな。急いでいるのだろうか。
「こ、今野くん」
声が小さくて気づいてもらえない。だって、ドキドキする。
しかし、このままあとをついて行ってはストーカーになってしまうじゃないか。
悩んだ末、肩を叩いてみることにした。
「吉崎さん」
「今野くんも今帰り?」
「うん」
あれれ。昨日と違って視線も合わせてくれない。
「今野くんは今日も家の手伝い?」
「うん。そう」
その返答ではっとした。
「私と、学校で話したくない?」
私は聞いた。
「そんなことないけど、俺と話したら吉崎さんが友達から変に思われるよ」
だからそんなに周囲を気にするのね。
「思われない、絶対に」
それだけは言い切れる。私の友達は、今野くんを変だなんて思わない。思うなら友達をやめていい。
「別に嫌じゃないよ」
と今野くんは答えた。
「本当に? じゃあ連絡先教えて」
「スマホ、持ってない」
今野くんが俯く。
「そっか。話したいときはお店に電話したら迷惑だよね」
「うん」
「じゃあやっぱり学校で話してもいい?」
「いいよ」
その日はそこで別れた。忙しい今野くんを引き止められない。
日記を書く人の気持ちなんてわからなかったけど、今日知った。今日話したこと全部、忘れたくない。
話したときの顔も、歩き方も。
家に帰って、使っていないノートを『今野くん日記』とすることにした。
私の脳よ、昨日のことを全部思い出して。虎がスマホを見ずに乗り換えて、駅でもずんずん歩いた。そうだ、虎を撮ったからスマホを見れば写真がある。今野くんの写真も撮ればよかった。
なに話したっけ? 虎のほうが覚えているかもしれない。あとで聞こう。
「涼音、ごはんよー」
「はーい」
階段を降りて夕飯を食べる。
今野くん、今日のうちの夕飯は焼き魚とスープとじゃがいもの煮物です。
「この鮭はしょっぱいな」
そう言えば、父が食事にうるさくなったのは、一人暮らしをしていた父の父、つまり私の祖父が一人で死んでしまってからだ。あれからうちは外食から遠ざかった気がする。
「だからお味噌汁じゃなくてスープにしたんですよ」
母が小声で反論した。
虎司も、
「おいしいよ」
と無邪気に笑う。
父が箸を置いた。
「だったら、この煮物もしょう油を使わない料理にしろよ。こんな塩分の高い夕飯、お前たちも無理に食わなくていいんだぞ」
どうして作った人の前で、命を奪われた魚の前でそんなこと言えるのだろう。父はこれでも医者なのだ。矛盾でしかない。
なんでだと思う? 今野くん。
あれ? 私、どうして心の中でずっと今野くんに話しかけてるんだろう。
今、何してる? ごはん食べた? 宿題やった?
当たり前だけど、父と母も恋愛をしたのだ。昔のことで忘れちゃったのかな。
「ごちそうさまです」
食器を流しにおいて私は自分の部屋へ逃げる。
『今野くんと、お話ししたいな』
と私は日記にしたためた。彼の一挙手一投足を忘れたくない。あの笑顔、ずっと見ていたい。頭の中がもう今野くん一色です。




