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あの日からずっと・・・ ~学年イチの美少女は『今野くん日記』をこっそりしたためる~  作者: 吉沢月見


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6 偽物の彼女1

 私は、本当に知らなかった。

 クラスの、誰が誰を嫌いで、誰が誰をいじめてるかなんて。そもそも、そういうのがなくなっている世の中だと、自分の周りだけは平穏だと思い込んでいた。


 体育なのに今野くんが着替えないなと不思議だった。教室を出て行ってしまう。

「先行ってて」

 と友達に言って、私は今野くんのあとを追った。


 体操着を忘れたのかな。昇降口になんてあるわけない。もしかして、親に持ってきてもらうのかな。

 今野くんはあっちへうろうろ、こっちへうろうろ。


「今野くん、どうしたの? 男子、体育館だよ」

 私が声をかけると、

「あっ」

 と言ったまま固まってしまった。


「そこの二人、授業始まるわよ」

 他の学年の先生に見つかってしまった。

「私のお腹が痛くて、保健室に付き添ってもらう途中です」

 と私は答えた。

「そう」

 確か三年の英語の先生だ。若いのに髪をひっつめて厳しいと有名な女の先生。彼女が教室に吸い込まれて行ったあとで、


「吉崎さん、嘘つかせてごめん」

 と今野くんが謝る。

「ううん」

 チャイムが鳴っても私たちは廊下を歩き続けた。


「吉崎さんは授業出たほうがいいよ」

「うん。でも今野くんは?」


「…体育着がない」

 今野くんが言った。

「ない?」


「隠されたんだと思う」

「まさか」

 今野くんはふらりと男子トイレに入った。そしてしばらくして、汚れた体操着を手にして出てきた。

 冗談だよね。こんなひどいことする人いるの? だって、きっと今野くんのお母さんが今野くんのためにきれいに洗った体操着を汚して捨てるなんて。


「なんで吉崎さんが泣きそうな顔するの?」

「だって。ひどい」

 誰なの? こんなに素敵な今野くんをいじめるなんて。私はこの腹立たしさをどこにぶつけていいのかわからないのに、

「吉崎さんにはいじめられてること知られたくなかったな」

 と今野くんは悲しい顔で言った。今野くんは強いな。私だったら泣いて、犯人探しをして吊し上げにする。


「先生に言お」

「いい。言ってももっとひどくなる」

 授業中だから校舎をうろつけない。きっとまた先生に見つかる。


「今野くん、さぼっちゃおうか」

「え?」

 それから私たちは人のいない教室に戻って、隠し持っていた飴を舐めながらじゃんけんをしたり、私のスマホでくだらないゲームをした。


 そして残りの授業は何食わぬ顔して出て、

「そのままじゃ持って帰れないでしょ?」

 と帰り道に二人でコインランドリーへ寄った。


 使い方が微妙にわからない。洗濯物を入れて、お金を入れる。

 ぐるぐると回りだした。


「お節介だったかな。親には体育で汚れたって言えばいいんだし。ごめんね」

 私は謝った。


「昔から名前でからかわれてた。利無、ムリって。向こうはいじってるだけのつもりなんだろうけど、それに便乗して物理的にひどいことする人もいる。大人になったらそういうこと言う奴いなくなるんだろうか」

 そうだよって言ってあげたい。


「嫌いな人、全員殺しても嫌いな人間はわいてくるよね」

「吉崎さんもそういうこと思うんだ?」

 今野くんがふっと笑った。


「思うよ。今野くん、名前の由来とかあるの?」

 確かに変わった名前だとは思っていた。

「利益が無い日でも笑ってご飯を食べようって思ったって、おじいちゃんがつけた」


「素敵」

「そのおじいちゃんが店を次から次へと拡張してうちを潰れる寸前にまでしたんだけどね」

 と今野くんはまた笑った。いつもの笑い方に戻ってほっとした。私は、その顔のほうがずっと好き。

 雲が動いてゆく。コインランドリーの椅子に座ってそれを見ていた。時間が止まればいいな。止まったら今野くんの命も止まっちゃうのかな。それはだめ。


「あの雲、猫に見えない?」

 立ち上がって私は指さした。

「えー、そうかな」

「こっちが頭であっちが尻尾だよ。ほら、見えない? こう丸まってるの」

 私はその格好を真似た。


「いいな、吉崎さんは背が高くて」

 どうして今野くん、そんなこと言うのだろう。

「そんなに変わらなくない? それに同じくらいのほうが…」

 私の口、ちゃんと考えて喋って。えっと。キスがしやすそう、じゃなくて、ええと。

「同じ目線で嬉しい?」

 と今野くんが言ってくれた。


「うん。あのさ、差し出がましいけど、決して今野くんを見下してるわけじゃないんだけど、私と付き合ってることにする? 私の周りには今野くんをいじめるような人いないし。どうかな?」

 私はずるい提案をした。


「いいの?」

 まさか、今野くんが乗って来るなんて。

「いいよ」

「助かる」

 そんなわけで、私たちは付き合っているふりをすることにしました。


 乾燥まですると数時間かかるので、洗濯だけで諦めた。

「洗った分だけ重い」

 私は持っていた袋に今野くんの体操服を入れた。


「ありがとう。自分で持つ」

 今野くんが手を出した。

「重いよ」

「平気」

 今野くんはひょいっとそれを持った。普段からフライパンを持っていたり配膳しているから見た目によらず力持ちなのね。いじめっこなんて一ひねりかもしれない。でも暴力はダメって考えなのかな。


「じゃあ、また明日」

 とコインランドリーの前で私は手を振った。

「いろいろありがとう、吉崎さん」

「明日から、彼女ね」

「うん」

 気恥ずかしそうに笑って、今野くんは手を振り返してくれた。


『明日から、今野くんが彼氏』

 家に帰って日記にそう書いたら、自分でもびっくりするほど嬉しい。子どもみたいに飛び跳ねちゃう。

 偽物でも嬉しい。

『今日は一緒にコインランドリーに行った』

 たくさん話したはずなのに、忘れちゃうな。私の目や脳に録画機能があるといいのだけれど。

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