4 心臓の高鳴り
それからも働く今野くんを盗み見る。すごいな、あんなにたくさんのお皿を運んでいる。鉄板熱そう。ぐつぐつぐつっていい匂い。
あ、お腹すいたかも。メニューを広げる。今日はだいぶ予算オーバー。ナポリタンの一番小さいサイズなら690円。これにしようかな。
「吉崎さん、これ食べて」
今野くんがオムライスをテーブルに置いた。
「おいしそう」
「練習で作ったからお金はいいよ。下手でごめんね」
と今野くんが謝る。
「なんで? ちゃんとできてる」
「卵破れてる。ここ、ごはん出ちゃってる。まだまだだ」
「じゃあ、いただきます」
それは今野くんみたいに優しい味がした。
「食べれる?」
「うん、おいしい。今野くん、おうち手伝ってるんだね。すごいね」
「普通だよ」
普通の男子高校生はそんな実直に家を手伝わないと思う。
「ちょっと、水がないわよ」
というクレームにもぺこっと対応。許しちゃう人っている。そんな今野くん、素敵だな。電車での対応にも納得。私ならむっとしてあのおばさんから離れることばかり考えてしまう。
今野くんは、すごいな。同い年なのに、私よりも礼儀とか人生とか知っているのだろう。
トイレを借りたときにふいに聞こえてしまった。
「あんなかわいい娘がお嫁さんに来てくれたらいいわね」
「そういうのやめて。吉崎さんには吉崎さんの希望があると思うから」
という今野くんとお母さんのやり取りが。
お嫁さんに、来たいです。あなたの息子は、とても優しくて、かっこいい。
やだ。今日、初めてこんなに話したばかりなのに今野くんのことが好きすぎる。
今野くんみたいな人って初めてだな。なんというか、人間として当たる面積が広い気がする。学校の知り合いなら私はつい鋭角な部分の付き合いになってしまう。面倒なんだもの。
友達が言う『かっこいい』とはちょっと違う。表面じゃなくて全体が素敵。どうして今まで思わなかったのだろう。私と同じで今野くんも学校では隠していることが多いのだ。
「吉崎さん、送ってく」
嬉しいけど、
「忙しそうだからいいよ」
と断る。
「大丈夫だよ。ちょっとピーク過ぎたし。あんまり遅くなると親御さん心配するだろ」
と弟の体を起こした。
「虎、起きた?」
寝ぼけ眼の弟はあくびをしたけれど話しもせず、私と今野くんに手を引かれてようやく歩く。
今野くんのお父さんには会えなかったがお母さんにお礼を言うと、私の言葉と同じ数だけ頷く優しそうな人。
「ごはん食べちゃって大丈夫だった? うちで食べられない? すまん」
と家に向かいながら今野くんがまた謝る。
「ううん。うちで食べなくてすむから助かる」
私は言った。
「吉崎さんは頭もいいし、家継ぐの?」
外はすっかり暗くなっていた。最近は季節の間があまりない。7月の朔日なのに夜はむっとして真夏の夜みたいだ。
「まさか。兄がもう研修医だし、この子もいるし。今野くんは?」
ポプリを継ぐのだろうか。
「できれば店を継ぎたい。でも大変だろうなとも思う。おじいちゃんが店を拡張したんだけど全部だめになったのとか聞いてるから、なんとなくずっと続くようにとは願ってるけど」
そう話す今野くんの顔が凛々しい。
「三代目?」
「知ってるよ、三代目が一番会社とか潰すって」
その笑った顔が、忘れられない。今野くんは顔が小さくて、目も小さい。背も私よりもちょっと低い。でもふらふら歩く虎の手をしっかり引いてくれて、たぶんすごく優しい。
「ありがとう。ここで大丈夫」
家の前で私は言った。クリニックが表側だから家には裏門から入る。
「じゃあ、また学校で」
「うん」
虎も手を振った。
今野くんが走ってゆく。その後ろ姿を見てしまう。足音も聞いてしまう。タッタッタッタ。急いで戻ってまた店を手伝うのだろう。
あんな人もいるんだな。私だったらサボることばかり考えてしまいそう。
家に帰ると、
「遅い」
と父から叱られるし、
「連絡だけはちょうだい」
と母も庇ってくれない。
「すいませんでした」
なんで私が謝らなくちゃいけないのだろう。悪いこと、してない。意気消沈する私とは反対に、
「今日、すっごい楽しかった」
と寝ぼけ眼の虎がスマホを見せると、
「廃線のところか」
と父も写真に見入った。
虎は今野くんが持たせてくれたポプリのオムライスを食べてにんまり。おいしいよね。喋ってばかりいないで味に集中して。それは今野くんが作ってくれたものだから。
「私、先にお風呂入るね」
歩きすぎてふくらはぎが今にもつりそう。
洗面台で自分を見てはっとした。
「やば。今日カラコン入れてない。化粧もしてないじゃん」
今野くん、よくすっぴんの私に気づいたな。帽子も目深にかぶっていたはず。
髪を洗い、湯船に沈む。
この時間でも今野くんはまだお店を手伝ってるのかな。
楽しかったな。
今野くん、優しかったな。
またあの嬉しそうな顔、見たいな。
トクトクトクトク。
その心臓の高鳴りはベッドに入っても収まらなかった。
どうしちゃったのかしら、私。
その日から私は、今野くんのことをかっこいいと思うようになりました。




