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あの日からずっと・・・ ~学年イチの美少女は『今野くん日記』をこっそりしたためる~  作者: 吉沢月見


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3 ポプリ

 もう夕方になっていた。車掌室に乗る受付に間に合ったのが最後の時間だったから。

「SL乗ったことある? デゴイチ? すげえ。寝台車も興味あるよ」

 さっきまであんなにお喋りだったのに帰りの電車に乗るなり弟は爆睡。楽しかったのだろう。寝顔はまだまだかわいい。


「今野くん、こんなに遅くなって大丈夫?」

 徐々に陽が傾き始めた。

 弟があてにならないので私はスマホで乗り換えを検索。

「うん。まだ大丈夫」

 まだ、ということはこのあと予定があるのかな。

「楽しかったのかな? 虎、寝ちゃってる」

 ゆすっても起きそうにない。


「ちょっと、子どもが寄りかかってるんだけど」

 と隣りのおばさんが眉間にしわを寄せる。

「すいません。虎」

 体を引き寄せたら虎の足が反動でおばさんに向いてしまった。むっとしていることがわかる人っている。


「お姉さん、僕と席変わるでもいいですか?」

 今野くんがおばさんに言った。

「いいけど」

 私から見たらおばさんなのに今野くんにはお姉さんに見えるのか。違う、そういう世の中なのだ。


「ごめんね」

「なんで? 吉崎さん、なんも悪くないよ」

 と今野くんは虎の膝が太腿に当たっていても嫌な顔一つしない。優しい人なんだな。


「きょうだい?」

 と意地悪おばさんが私に聞く。

「私の弟とクラスメイトです」

「まぁ。じゃあデート? さすがにママじゃ若すぎるわよね」

「ママ?」

 私と弟は6歳しか離れていない。背が高いせいで私は年上に見られがち。


 でもなぜか電車の中がほわっとした空気になる。

「ふふっ」

 と今野くんが笑ったから。おばさんもだけど、みんな優しい顔に急に変わった気がした。今野くんのおかげ。今野くんの優しいが蔓延したんだ。


「あ、乗り換え。僕が運ぶよ」

 と今野くんが申し出てくれる。

「重いよ」

「平気」


 虎を背負った瞬間、平気そうじゃない顔になる。

「バッグぐらい持たせて」

 と今野くんの体にくっついている斜め掛けを取ろうにも今度は虎の手が邪魔して、むやみやたらに今野くんの肩や胸に触れてしまう。

「ごめんね」

「ううん」

 今野くん、こんな顔するんだ。恥ずかしいを更に堪えているような顔。


 乗り換えって普段は階段を上り下りしているだけだが、人を背負うと別の風景のようだ。

「よっと」

 人様の迷惑にならないよう、次の電車内では私と今野くんの間に弟を挟んだ。

「全く起きそうにない」

 希望の電車に乗れて嬉しかったのだろう。私も、楽しかった。


「うち、お店をやってて。レストランなんだけど、だから年に一回くらいお休みして家族旅行に連れてってくれた。すごく嬉しかったな。だからどこに行ってもはしゃいで、すぐに寝ちゃった記憶しかない。僕が小学校までだけど」

 今野くんが虎の前髪を顔にかからないように流してくれる。

「そう」


 駅に着いても起きない弟を私は捨てたいと思ったが、

「うち寄ってく? 駅前だから」

 と今野くんが店を指差す。


 そのレストランは私も知っていた。

「今野くんち、ポプリなんだ?」

「吉崎さん、来たことある?」

「うん。兄がいたときは家族で。すごーい」


 駅前にあるイタリアンでハンバーグもあるし、ハンバーガーもあった。私はもっぱら、ハンバーググラタンかオムライス。最近は行ってないけれど、スパゲッティの種類も覚えてきたところ。カルボナーラは卵とベーコンで、マリーナは海鮮のトマト味。ボンゴレと和風パスタにはまだ手を出していない。

「別にすごくはないよ」

 と虎を背負った今野くんは表から店に入った。


「利無、裏から入りなさいって…」

 お母さんらしき人の目が今野くんのうしろの私に向く。

「友達。弟さんが電車で寝ちゃって、席で休ませてあげていいかな」

 今野くんがお母さんに伝える。

「もちろん。うちにあがってもらう?」

「ううん。もう手が限界」

 と今野くんはテーブル席のシートに弟を下ろした。私が支えなくてもちょうど弟が横になれた。


「すいません。同じクラスの吉崎です」

 私はお母さんに頭を下げた。

「吉崎内科の?」

「はい。吉崎涼音です」

「あら、そう。下の子が風邪でこの前お世話になったばかりなのよ」

 お母さんは首を傾けて太陽光で動く人形みたいに頷く人だった。


「遅くなってごめん。今から手伝うよ」

 と今野くんは店の奥に行ってしまった。

「すいません。今野くんが遅くなったの私たちのせいです。ずっと弟をおんぶしてくれて、全然起きないので助かりました」

「そう。ちょっと待ってね」

 お母さんも奥に引っ込んでしまった。


 私はようやく今が夕飯時で、店がそこそこ混んでいることに気づいた。今日はいろいろとタイミングが悪いな。電車のテーマパークでも発車時刻が間に合わなくて、あれとあれは次の回に乗る羽目になったし、あれに乗らなければもっと早く帰れたはず。そうすれば今野くんにも会わなかったかもしれない。


 私たちの席の向こうは家族連れらしく、子どもが小学生なのに静かに食べる一家だった。上品だ。クリームソーダも食後。私なら待ちきれなくて食前だな。

「お待たせしました」

 運んでいるのは今野くんだった。緑と黄色のエプロンに黒の帽子。かわいいって男の子には失礼かな。


 さっきまであっちに配膳したのに、今度は向こうを片づけて、こっちではメニューを取り、レジまでこなす。今野くんて、スーパーマンなんじゃないだろうか。

「ありがとうございました」

 と頭を下げる姿も様になっている。


 かっこいい。


「吉崎さん、お母さんが、いや母がどうぞって」

 と私にオレンジジュースを運んできた。

「だめだよ、お金払う。オレンジジュース高騰してるってニュース見たし」

「ははっ」

 と笑った顔が、きゅん。


 なにこれ。

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