1 或る日曜日
自室で私が目を覚ましただけなのに、埃というか繊維がキラキラしながらひとつ落ちてくる。寝返りを打ったせいだろうか。ゆっくり、キラリ。きれいだな。
カーテンの隙間から朝日が入り込んで、こんなにもきれいに見せるのだろうか。そんなことを考えながら脳を覚醒させる。
「ふぁあ」
日曜だからもうちょっと寝ていてもいいのに、なぜか私は8時前には起きてしまう。友達は10時とかお昼過ぎまで寝ちゃうっていう子もいる。
ストレスがないのだろうか。そんなことないんだけどな。
ベッドから出る前にスマホでちょっと動画を見る。無駄な時間の自覚はある。でも毎日見ないと、
「あれ見た?」
「これ知ってる?」
についてゆけなくなる。JKだって忙しいの。JKとひと括りにされることに違和感がある。だってみんなそれぞれ違うでしょ? 顔のかわいい子、スタイルのいい子、彼氏がいる人、運動ができる人、得意なことが何もない子。
私は、知らず知らずのうちにヒエラルキーの上にされて、でも実際はたぶん内気。みんなが化粧やネイルをしているから合わせているだけ。自分のことは自分でもよくわからない。楽しいことは好きだが、弟のマンガを借りて読むのも好きだ。優しい妖怪とその力を借りて自分をいじめるクラスメイトを追い詰める物語。サッカーマンガも好きだし、異世界モノも嫌いじゃない。
ただ、こうして同年代の女の子が踊っている動画を見ていても無意味だなとは思うから、起き上がって部屋を出た。
「100点取ったら連れてってくれるって言ったぁ」
日曜の朝から、弟が声を上げている。変声期前の甲高い声が耳に痛い。元気な証拠だなと思いながら低血圧の私は階段を降りて歯を磨き始めた。
「知り合いの先生の講演があるからお父さんと出かけなくちゃなの」
母の言葉は弟を諭すというより絶対に無理であることをそれとなく伝える。
「やだやだやだ」
弟よ、床をドタドタするのはやめたほうがいい。
「うるさい」
と父が一喝する。
ほうら。父が叱る気持ちもわかる。地団太を踏まれたら音が頭に響くんだもの。
「ごめんね。また今度連れて行くから」
母が優しく諭しても弟はふてくされたままだ。こんな弟と残される私の身にもなってほしい。
「私が連れていこうか?」
待ってましたとばかりに母が私の手に5千円をねじ込んだ。
「じゃあ涼音、お願いね。行ってきます」
父はスーツで、母はシャツにカーディガンのゆるい格好。二人が出かけることなんて本当に仕事のことだけだ。おかしな夫婦だと思う。父が内科の開業医で母もそこに勤める看護師だから、家の中でも夫婦というよりまるで従業員。
「お姉ちゃん、早く行こ。混んじゃう」
弟の虎司はもう身支度を整えていた。
「着替えるからちょっと待って」
小学生の弟と出かけるなんてデートじゃないからTシャツに半パンくらいでいいか。ぐちゃぐちゃの頭は帽子で隠す。
「どこ行くの?」
それを聞かずに家を出たことを後悔。スニーカーだから靴擦れの心配はないものの、水分が必要かもしれない。
身長差のある弟に手を引っ張られると全身が痛い。
「早く早く」
と急かされて電車に乗る。言われるがまま乗り換える。あれ、なんでこの子、こんなにすいすい駅のホームを迷わずに乗り換えできるようになったのだろうか。いつの間に? 私の腕を引く手はまだ小さい。それでももっと小さいときを知っているから逞しくなったなと感心する。
なんか、どんどん視界に緑が増えてゆく。ビルが消え、田んぼの中に民家、たまにびっくりするくらいきれいなアパートや新しい家々。一駅の距離も伸びてゆく。
弟は楽しそうに窓外を見ている。
観光地はそれなりに整備されてきれいだけれど、日本の田舎はどこも似たり寄ったり。私は別にそれにケチをつけるつもりはない。初夏だから青々とした木に山も覆われている。冬にはそれがほとんど落ち葉になり、春には桜の花びらがあんなに道端にあったのに少し経つと全部消える。この国にはきれい好きな魔法使いがたくさん住んでいるのかもしれないと思わせる。
「次でまた乗り換え」
と弟が言う。スマホもないのに覚えているんだろうか。
やけに車両の短い、よく見たら2両しかない電車に揺られている。
嬉しそうな顔で虎は駅に降り、すたすたと歩く。
「どこよ、ここ?」
私は聞いた。
「ずっと来たかったんだ」
開けた場所に本物の電車が並んでいる。そういえば、虎は電車好きだ。あと数年もすれば立派な鉄オタになるだろう。
そこは鉄道のテーマパークのようだった。
園内の地図を見て、弟がまた私の手を引く。場所によっては人だかりができているが、それほど混んではいない。
トロッコ列車と園内を走るSLに乗り、さすがにお腹が空いたのでお昼に近くの店で釜めしを食べた。お土産コーナーが充実していて、私はこっちでコーヒーでも飲んでゆっくりしたかったけれど小学生の弟を一人にはできない。先月も男の子が大人の男の人に誘拐されたニュースが世間を騒がせたばかり。
お昼を食べた弟はジオラマとか、漢字も読めているのかわからないけど電車のパネルをじっくりと読んで回るから私はうしろで小さな弟の背を見守っているだけ。完全に保護者。無趣味な私は弟がちょっと羨ましい。
なんで動かない電車の写真を撮って嬉しそうなのだろう。わからん。
弟より小さな男の子は急に走り出すし、まだ赤ちゃんなのかギャン泣きも聞こえてくる。そうかと思えば父くらいの年齢の人も一人で来ているようだ。電車好きは年齢層が広いらしい。
撮り鉄、乗り鉄くらいしか知らないが、趣味が生きがいという人もいるのだろう。
「あれ乗る」
虎は時計を見てずんずん歩いて行ってしまう。
弟が乗りたがったのは跨って乗るミニSL。さすがにこれは私まで乗らなくてよかったな。とうに母からもらったお金は使い果たした。私は帰りの電車代はあるけど虎はどうなのだろう。いざとなればスマホで払おう。
その小さなSLに大人は乗っていなかった。乗ってはいけないようではないが、恥ずかしい。それから降りるときだった。
「吉崎さん?」
と声をかけられる。




