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第9話 アドバイス

ひかりん:ピュッが来たらシャッ!で避けて、シュッ!で踏み込んで、スパンッ!で斬る!!


ひかりん:分かった!??


これ、全部擬音だ。

十年間、CDの向こうでヴォルフ師匠が「ギュッとしてバシュッ!」と叫んでいたのと——まったく同じだ。


「……あの、ひかりんさん」


ひかりん:なに?


「アドバイス、ありがとうございます。」


それに——十年間の経験が教えてくれている。擬音のアドバイスは、最初は意味が分からなくても、体を動かしているうちに分かるようになる。ギュッもジワーもバシュッも、全部そうだった。

だったら、ピュッもシャッもシュッもスパンッも——きっと、やっているうちに分かるはずだ。


「よし——やってみます!」


ひかりん:がんばって


壁から背中を離して、通路の奥へ足を進めた。

ピュッが来たらシャッで避けて、シュッで踏み込んで、スパンッで斬る。


ひかりんさんのアドバイスを頭の中で繰り返す。言葉の意味はまだ分からない。

でも、分からないのは慣れている。ヴォルフ師匠の「ギュッとしてバシュッ!」だって、最初は何一つ分からなかった。それが三年、五年と体を動かし続けるうちに、少しずつ意味を持ち始めた。


今回は三年もかけられない。今この場で、体で覚えるしかない。

通路を進んでいくと、案の定——いた。

水たまりの近くで、ぷるぷると震えるスライム。三匹目だ。


僕は剣を構えたまま、今度は踏み込まなかった。

まず、見る。


スライムがこちらに気づいた。ぷるぷると揺れながら間合いを詰めてくる。

さっきまでの僕なら、恐怖に負けて先に剣を振っていた。でも今は違う。ひかりんさんのアドバイスがある。


——ピュッが来るのを待て。


スライムの体が、ぎゅっと縮んだ。

これだ。さっきまでは「縮んでから飛んでくる」ことにぼんやり気づいていただけだった。


でもひかりんさんの言葉で意識が変わった。縮む動作——これが「ピュッ」の前兆だ。

次の瞬間、スライムが弾けるように飛んできた。


——ピュッ!


「シャッ——!」


口に出しながら、横に跳んだ。

スライムの体当たりが、さっきまで僕がいた場所を通過した。


ついにタイミングを見て、自分の意思で避けることができた。


「避けられた——!」


ひかりん:そうそう!


コメントが飛んできた。心臓が高鳴る。合ってる。方向は合ってるんだ。


スライムが着地して、ぷるぷると震えている。ひかりんさんが言っていた。着地した瞬間は一瞬止まる、と。


——今だ。シュッで踏み込む!


足に力を込めて、スライムの着地点に向かって踏み込んだ。距離が一気に縮まる。目の前にスライムの青い体がある。


——スパンッ!


剣を振った。


手応えがあった。さっきまでのような空振りじゃない。刃がスライムの体を捉えた感触が、手のひらに伝わってきた。


ただ——完璧じゃなかった。


踏み込みが浅かったのか、剣がスライムの端をかすめただけだった。スライムの体がぐにゃりと歪んで、半分ほどが削げ落ちる。


でも、それで十分だった。

スライムはそのまま形を保てなくなって、地面に溶けるように消えていった。小さな魔石が転がる。


「……倒せた」


今度はまぐれじゃない。かすっただけだけど、自分の意思で、アドバイス通りに動いて、斬ることができた。


ひかりん:すごい

ひかりん:すごいすごい!!!!

ひかりん:今の、ちゃんとできてた!!!!


すると、コメント欄が一気に賑やかになった。

さっきまでの落ち着いたトーンが嘘みたいに、ひかりんさんのテンションが上がっている。


「けど、剣の攻撃はかすっちゃいました……」


ひかりん:かすったけどそこじゃなくて!

ひかりん:ピュッを見てシャッで避けてシュッで踏み込んでスパンッまでいったよね!?

ひかりん:全部やったよね今!?


「は、はい。自分なりに考えて言われた通りにやってみました。」


ひかりん:それがすごいんだって!!


ひかりんさんの興奮が、コメントの文字からでも伝わってくる。そんなにすごいことなんだろうか。言われたことを、体で試しただけなのに。


でも——素直に、嬉しかった。


ぷるん。

通路の奥から、また聞き覚えのある音がした。振り返ると、スライムが二匹、並んで這い出てくる。


「うわ、今度は二匹——」


ひかりん:大丈夫!

ひかりん:さっきと同じだよ!

ひかりん:一匹ずつ!ピュッが来たらシャッ!


「わ、分かりました!」


二匹のスライムが同時に迫ってくる。一匹目がぎゅっと縮んだ。ピュッの前兆。


「シャッ——!」


横に跳ぶ。一匹目の体当たりをかわす。すかさず二匹目を確認——まだ縮んでいない。今だ。


「シュッ——スパンッ!」


踏み込んで、振った。今度はさっきより深く入った。スライムの体を正面から捉えて、一撃で弾き飛ばす。


ひかりん:ナイス!!


残りの一匹が体勢を立て直して突っ込んでくる。ピュッ。シャッで避けて、シュッで踏み込んで——スパンッ!


二匹目も弾けて消えた。


「はぁ……はぁ……倒せた、二匹とも!」


ひかりん:すごい!!!!!ほんとにすごいよ!!!


息は上がっていたけど、さっきまでとは全然違う疲労感だった。がむしゃらに振り回して疲れたんじゃない。ちゃんと動いて、ちゃんと戦って、その結果の疲れだ。


ひかりん:次も来たらまたアドバイスするから!


「はい、お願いします!」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

それから、一時間が経った。


気がつけば、足元に小さな魔石の山ができていた。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


通路の壁にもたれかかって、荒い息をついた。体中が汗だくで、腕も足もぱんぱんに張っている。鉄の剣を握る指が、もう言うことを聞かない。


でも——足元の魔石の数が、その一時間の成果を物語っていた。


最初は一匹倒すのがやっとだった。それが二匹同時になり、三匹になり、途中からはひかりんさんのアドバイスなしでも体が動くようになっていた。ピュッを見てシャッで避けて、シュッで踏み込んでスパンッ。その一連の動きが、少しずつ体に染み込んでいくのが分かった。


ひかりん:よく頑張ったね。もうこんなに倒せるようになってる


「ひかりんさんのおかげですよ。アドバイスがなかったら、僕まだスライム一匹に負けてたと思います」


ひかりん:ううん、これは君の力だよ


「いやいや、本当にありがとうございます」


ひかりん:……でも、そろそろ休んだ方がいいよ。もう結構長い時間経ってるし


そう言われて自分の体を見下ろすと、もらったばかりの革鎧はあちこち擦り傷だらけで、腕や足にも赤い打ち身の跡が点々と残っていた。


「確かに……体中がバキバキです」


じゃあ帰ろうかな。


そう思い、僕はダンジョンの出口を探そうと辺りを見回して——固まった。


「……あれ」


そういえば、そもそも第1層に足を踏み入れた時、振り返ったらここへきた階段が消えていた。


「……どうやって帰るんだ、これ」


ひかりん:え

ひかりん:帰り方知らないの?


「いやその……ダンジョンに来たい気持ちが先走りすぎて、あんまり何も調べないまま来ちゃいまして……」


ひかりん:……初心者セットの中に帰還石入ってない?


「帰還石?」


慌ててリュックを開けた。鉄の剣と一緒にもらった包みの中を探ると、布の奥に小さな石が入っていた。手のひらに収まるくらいの白い石で、表面に赤い紋様が刻まれている。


「これですか?」


ひかりん:それ。それを握って念じたら地上に転送されるよ


「こんなのが入ってたんだ……全然気づかなかった」


ひかりん:普通はパーティーの誰かが教えてくれるんだけどね


「あはは……一人だと色々大変ですね」


帰還石を手に握りしめて、ふとコメント欄に目をやった。


「あの、ひかりんさん」


ひかりん:ん?


「配信って、帰還石を使ったら勝手に切れるんですか?」


ひかりん:うん。転送と同時に切れるから大丈夫だよ


「そうなんですね。じゃあ……今日はありがとうございました。アドバイスのおかげで、本当に助かりました」


ひかりん:ううん


少し間があった。


ひかりん:あの

ひかりん:また配信、見に来てもいい?


その文字を見て、自然と笑顔になった。


たった一人の視聴者。でもその一人が、今日の僕を変えてくれた。スライムに一方的にやられていた僕を、ちゃんと戦える冒険者の——その入口くらいまでは、引っ張り上げてくれた。


「もちろんです! むしろお願いします!」


ひかりん:……うん。じゃあ、また


「はい、また!」


帰還石を強く握った。白い石が淡い光を放ち始める。体が光に包まれて、足元の感覚がふわりと消えた。

視界が白く染まる直前、コメント欄に最後の文字が浮かんだのが見えた。


ひかりん:おつかれさま


次の瞬間、僕は地上に立っていた。


東の山並みの向こうから朝日が顔を覗かせていた。入った時の冷たい夜風とは打って変わって、穏やかな朝の空気が体を過ぎた。


配信画面はもう消えている。浮遊していた球体も光を失って、ゆっくりと降りてきた。手のひらで受け止める。


「……楽しかったな」


全身がボロボロで、体中が痛くて、足もふらふらだ。

でも、胸の中は温かかった。

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