第8話 初めての視聴者
ひかりん:こ、こ、こんばんわ!!!!
返事が返ってきた。
「こ、こんばんわ!」
とっさに返事をしたが、声が少し裏返った。
遠くにいる誰かと、画面越しに会話している。生まれて初めての感覚に、頭がうまく追いつかない。
「あ、えっと……見てくれてありがとうございます。って言えばいいのかな、こういう時」
ひかりん:さっきのスライム戦見てたんだけど
ひかりん:大丈夫?めちゃくちゃボコボコにされてたけど
「えっ!?見てたんですか!?」
見られていた。スライム一匹に翻弄されて、やけくそで振り回してようやく倒した姿を。
なんだか恥ずかしくなってジワリと頬が赤くなるのを感じた。
ひかりん:でもちゃんと倒したのはえらい
「あはは、ありがとうございます……」
初めて会った人に褒められた。普通にちょっとうれしかった。
だけど、さっきまで感じていた孤独感が、コメントのやり取りをしている今、ほとんどなくなっていることに気づいた。
たった一人の視聴者。たった数行のコメント。それだけで、こんなに気持ちが変わるものなのか。
ひかりん:でもなんでこんな時間に一人で来てるの?
「はい、昼間にちょっと色々あって……夜なら人がいないから」
ひかりん:なるほど
ひかりん:けど、一人で来るのは危ないよ?
「それは、今すごく実感してます」
壁にもたれたまま苦笑いした。全身がまだじんじんと痛い。
と、その時——通路の奥から、聞き覚えのある音がした。
ぷるん。
水たまりの向こうから、さっきと同じ、拳二つ分のスライムが這い出てきた。
「また来た——!」
僕は壁から背中を離して、鉄の剣を構えた。
さっきのようにはいかない。今度はちゃんとスライムの動きを見てから——。
スライムがぷるぷると揺れながら近づいてくる。
僕は剣を構えたまま、動きを見ようと立ち止まった。
スライムがこちらと対峙するように間合いを詰めてくる。
だけど——先ほどの体当たりの鈍い痛みが、腹の奥によみがえった。あの衝撃がまた来ると思うと、体が勝手に動いてしまった。
スライムが攻撃してくる前に、剣を振ってしまった。
案の定、スライムはぷるんと身をかわし、剣を戻しきれない僕の腹部に体当たりをぶつけてきた。
「くっ——」
先ほどのダメージが残っている体に、追い打ちの一撃が重なる。
痛みと焦りが絡み合って、冷静に考えることができない。
剣を振る。スライムがぷるんと避ける。また振る。また避けられる。さっきと何も変わらない。攻撃が一つも当たらない。
「くそっ——これっ——当たれっ——!」
結局、またやけくその大振り。力任せの横薙ぎが、たまたまスライムの動線と重なった。
べちゃっ。
スライムが弾けて消えた。小さな魔石が転がる。
「はぁ……はぁ……」
倒せた。倒せたけど、またまぐれだ。
十年間、修行を続けてきた。岩を切った。水に線を刻んだ。風を斬った。
なのに、スライム一匹をまともに倒せない。あの修行は、意味がなかったんだろうか。
「悔しいな・・・」
ひかりん:たおしたね
ひかりん:でも今の攻撃はまぐれだよね?
「……はい、まぐれです」
図星だった。
ひかりん:あのさ
コメント欄に文字が浮かんで、そこで少し止まった。
ひかりん:その
また間が空いた。何かを言おうとして、でもなかなか言葉にできないような、そんな間だった。
ひかりん:アドバイスとかしてもいいですか
その文字を見た瞬間、心臓が跳ねた。
アドバイス。
誰かが、僕に、戦い方を教えてくれる。
僕はこれまで、ヴォルフ師匠のアドバイスを受けて自分の力を伸ばしてきた。誰かの言葉を聞いて、それを体に落とし込んで、少しずつ前に進む。それが僕のやり方だった。
それに、師匠のCD以外で誰かからアドバイスをもらうのは——これが初めてだ。
「本当ですか!? ありがたいです! お願いします!」
思わず声が大きくなった。配信画面の中の自分が、目を輝かせているのが映っている
だけど、ここでふと不安がよぎった。
僕はこれまで、ヴォルフ師匠の擬音だらけの指導で修行してきた。
「ギュッとしてバシュッ!」を体で覚えるやり方しか知らない。もし普通のアドバイス——言葉で論理的に説明されたら、ちゃんと吸収できるだろうか。
いや、でも。
せっかくアドバイスをもらえるんだ。どんなものだろうと、絶対に自分の力にしてやる。
そう心を決めて、コメント欄を見つめた。
ひかりん:まずスライムの動きなんだけど
ひかりん:あいつらが攻撃してくる前にね
ドキドキしながら次のコメントを待つ。さあ来い。何でも自分のものにしてやる!
ひかりん:体がピュッてなるの分かる?
「ピュッ……?」
ひかりん:ぎゅって縮んでからピュッて飛んでくるでしょ??
ひかりん:そのピュッの瞬間にシャッて横に動くの!!
「シャッ……」
ひかりん:で、避けたらすぐにスライムの着地点にシュッて踏み込む!!
ひかりん:着地した瞬間はスライムぷるぷるして一瞬止まるから
ひかりん:そこをスパンッ!!だよ!!
「……………………」
ひかりん:ピュッが来たらシャッ!で避けて、シュッ!で踏み込んで、スパンッ!で斬る!!
ひかりん:分かった!??
僕は配信画面の前で固まっていた。
そうて思った。
ああ——アドバイスって、みんな擬音なんだ。




