第6話 ダンジョン
冒険者ギルドを出ると、目の前にそれはあった。
中央広場を挟んで、ギルドの真向かいに鎮座する巨大な円形の石造りの構造体。
周囲のどんな建物とも比べものにならないほど大きく異質な雰囲気を放っている。
壁の表面には細かな模様が刻まれており、時折、その紋様の一部がかすかに光を帯びていた。
足を進めダンジョンに近づいていく、近づくたびに冒険者の声が聞こえてくる。
攻略の作戦を最終確認しているパーティー。
ダンジョンから帰還したばかりで、汗を拭いながら笑い合っている者たち。
「前衛あと一人募集!」と声を張り上げて仲間を探している者。
みんなそれぞれ違うことをしているのに、共通していることが一つあった。
全員がこのダンジョンに、自分の人生を懸けている。
そして僕は行き止まりまで歩いてきた。
壁があって行き止まりになったわけではない。
僕の前には——大穴があった。
向こう側の縁に立っている冒険者の姿が小さく見えるほどの、途方もなく大きな穴。
外壁には明かりがともされているが、覗き込むと底は見えない
ただ暗い。深い。冷たい空気がゆっくりと吹き上がってくる。
これが、ダンジョン。
怖い。
けれどそれ以上に、胸の奥で何かが満たされていくのが分かった。
ずっとずっと、ここに来たかった。十年間、ずっと夢に見てきた場所が、今、目の前にある。
よし。僕も行こう。
リュックを背負い直して、ダンジョンの入口に向かって歩き出した。登録証は持った。鉄の剣も防具もある。配信の球体も——まだ使い方はよく分かっていないけど、とりあえず持っている。準備は万端だ。
そして大穴へ一歩踏みこもうとしたときに
「——おい」
低い声が、頭の上から降ってきた。
足が止まった。声の方を見上げると、長身の男が腕を組んでこちらを見下ろしていた。
赤髪をセンターで分けた、整った顔立ちの男だった。
前髪の隙間から覗く切れ長の紫の瞳が、真っ直ぐにこちらを射抜いている。
——なんだ、この人。怖い。
目を合わせているのが精一杯で、声が出ない。体が勝手に固まっていた。
「お前、一人か」
「え、あ、はい……」
かろうじて2文字だけ返事をすることができた。
「パーティーは」
「……組んでないです」
男の目が、すっと細くなった。
「一人でダンジョンに入る気か。お前みたいなざこが」
「あ、いえ、その——」
言葉を紡いでいる時に、男の手が伸びてきて、僕の胸倉を掴んだ。
ぐいと引き寄せられ、あの赤い目が間近に迫る。
「ダンジョンなめるんじゃねえよ。しにてえなら、人がいない路地裏でしね」
声は低く、静かだった。怒鳴っているわけじゃない。なのに、全身の血が凍るような感覚がした。
何も言い返せなかった。
「……すみません。出直します」
僕は一歩下がって、頭を下げた。自分でも驚くくらい素直に、体が引いていた。
振り返って、ダンジョンの入口から離れる。背中に視線を感じる。足が早くなった。逃げるみたいで情けなかったけど、あの場に立ち続けることができなかった。
僕はダンジョンに入ることなく去った。
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「ジェイド、そこまで言わなくても良かっただろう。まだルーキーじゃないか」
水色の髪を無造作に流した男がジェイドに声をかけた。
「あ? 一人で来るなんて自殺行為だろうが。パーティーも組まずにダンジョンに突っ込むルーキーを黙って通す方がどうかしてる」
「それはそうだけどさ……もうちょっと言い方ってもんがあるだろ」
「言い方を気にして死なれる方が寝覚めが悪い」
それだけ言うと、ジェイドは振り返ることなくダンジョンの大穴へと足を運んだ。
残されたパーティーメンバーたちは顔を見合わせ、やれやれといった表情を浮かべながら、その背中に続いた。
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夜が更けて、広場から人の気配が消えた頃。
露店はとっくに畳まれ、酒場の明かりも一つ二つと落ちていった。昼間の喧騒が嘘のように静まり返った広場に、ダンジョンの入口だけが変わらず暗い口を開けていた
その深淵ともいえるダンジョンの前に一人の少年が立っていた。
夢を追って、十年間剣を振り続けてきた。その修行の成果を、この場所で試したい。
——いや、そんな難しい理由じゃない。もっと単純な、ただ一つの想い。
あの場所へ立ってみたい!
「ダンジョンにいくぞおおお!」
そうして一人のルーキーが、ダンジョンに足を踏み入れた。




