第5話 Eランク冒険者
一歩踏み込んだ瞬間、熱気が押し寄せてきた。
そこには村の集会場の3倍はある空間があり、人がひしめいていた。
正面には長いカウンターがあって、その奥をギルドの職員らしき人たちが忙しそうに行き来している。
左手には掲示板のような大きな板がいくつも並んでいて、その前で冒険者たちが何かを見比べている。右手には食堂のようなスペースがあって、テーブルを囲んで飲み食いしている集団がいた。
「——だから言ったでしょ、あの階層のゴブリンは左から回り込まないとダメっって」
「いや俺は正面から突っ込んだ方が早いと思うけどな」
「お前それで先週死にかけたじゃねえか」
笑い声が弾ける。大きな剣を背負った男、杖を持った女の人、革鎧に身を包んだ集団。みんなそれぞれの装備を身につけて、当たり前のようにここにいた。
すごい! これが冒険者ギルドか。
パーティーで集まって作戦を話し合っている人たち。一人で黙々と掲示板を眺めている人。カウンターで何かの手続きをしている人。全員が冒険者で、全員がダンジョンに挑んでいる。
絵本の中に出てきたような、風貌を持つ人たちが目の前にいた。
僕はしばらくその場に立ったまま見回していた。
——いけないいけない。見とれている場合じゃなかった。
お母さんの言葉を思い出す。
『王都に着いたら、まず冒険者ギルドに行きなさい。そこで冒険者として登録してもらって、それからダンジョンに行くのよ。順番を間違えちゃダメよ?』
出発の朝、おにぎりを渡してくれた時に何度も念押しされた。大丈夫、ちゃんと覚えてる。
僕は人混みをすり抜けて、正面のカウンターに向かった。何人か並んでいたので、大人しく列の後ろにつく。しばらく待って、ようやく自分の番が来た。
カウンターの向こうにいたのは、眼鏡をかけた若い女性の職員だった。書類を手際よく整理しながら、顔を上げた。
「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「あの、冒険者として登録したいんですけど」
「冒険者登録ですね。承知しました。ではこちらの用紙にお名前と希望する職業をご記入ください」
差し出された紙に、ペンで書き込んだ。
名前——カイ。
職業——剣士。
僕は剣士だ。十年間、ずっとそうだった。
「お名前がカイ様、ご職業が剣士ですね。確認いたしました。冒険者ランクはE級からのスタートとなります。こちらが登録証になりますので、ダンジョンへの入場時は必ずご携帯ください」
小さな金属のプレートを渡された。表面に僕の名前とE級の文字が刻まれている。冒険者の証だ。手のひらの上でずしりと重い。
「それから——」
職員さんが僕の腰元に目をやった。
「……それは木の剣、でしょうか?」
「はい、木の剣です!」
「防具も……お持ちではないようですね」
「はい!」
職員さんは一瞬だけ言葉に詰まった後、にこりと微笑んで、カウンターの下から二つの包みを取り出した。
「当ギルドでは、新規登録の冒険者の方に初心者支援として装備一式をお渡ししております。こちらが鉄の剣と、軽装の防具セットになります。ダンジョン内での最低限の安全を確保するためのものですので、どうぞお受け取りください」
「え、いいんですか?」
「はい。またダンジョン攻略に必要な物を入れた包みもお渡しいたします。こちらも初心者支援制度の一環ですので、どうぞご遠慮なく」
そして剣と包み受け取った。ずしりとした重さだった。
鉄の剣。五歳の誕生日に初めて握って、一振りで折ってしまった、あの鉄の剣と同じ金属の輝き。あの頃とは手の大きさも、振り方も、全然違う。
「ありがとうございます! 大事に使います」
「はい。——それからもう一つ、お渡しするものがございます」
職員さんがカウンターの下からもう一つ、小さな箱を取り出した。箱を開けると、中には拳くらいの大きさの丸い球体が収まっていた。表面はつるりとしていて、薄い金属のような質感がある。
「こちらは配信機材になります」
「配信……?」
「はい。約一年前から当ギルドで導入された新しい仕組みです。こちらの機材を起動すると、このように——」
職員さんが球体の表面を軽く撫でた。すると球体がふわりと浮き上がり、淡い光を放ちながら職員さんの斜め上あたりで静止した。
「あっ、さっきのさっき街中で見た玉だ!」
食べながら喋っていた女の人の横に浮いていたのははこれだったのか。
「起動中は冒険者の周囲を自動で追従し、映像を記録・配信いたします」
「へえ……あの、これってみんなどうやって見るんですか?」
「王都内に敷設された魔力ネットワークを通じて、映像が伝送されます。ご自宅や酒場などに設置された受信用の魔導具があれば、どなたでも視聴が可能です」
「魔力ネットワーク……? CDとかに映すんですか?」
「CDをご存知なんですか。ずいぶんと古いものをご存知ですね」
職員さんが少し驚いた顔をした。
「CDは映像を保存する媒体ですので、リアルタイムの配信には使えないんです。現在は魔力線を介した伝送技術が確立されまして、専用の受信魔導具さえあれば、CDのような記録媒体がなくても映像をそのまま受け取ることができます」
「へえ……すごいなぁ」
「もともとはダンジョンの最前線で活動する冒険者の映像を記録し、攻略情報を正確に残すために開発された技術なんです。接続の安定性を最優先に設計されたため、現在のところ視聴できるのは王都グランヴェル内に限られています」
その言葉を聞いて、ふと思いついた。
「あの——じゃあ、王都の外にいる人は見られないってことですか?」
「はい、現時点では」
「そう、ですか……」
お母さんの顔が浮かんだ。もしこの配信がどこからでも見られるなら、村にいるお母さんにも僕がダンジョンで頑張っている姿を見てもらえるのに。
「ただ、技術の進歩は日進月歩でして。今後、魔力ネットワークの範囲を拡張して王都以外の地域からも視聴できるようにする計画は進んでおります」
「本当ですか! じゃあ、いつかはお母さんも見られるように——」
「ええ。そう遠くない未来にみられるようになると思いますよ。」
受付の方は安心させるように、ふわりと目を細めてそう言ってくれた。
そっか・・・ お母さんに見てもらえるんだ。
その時までに、ちゃんとかっこいい姿を見せられる冒険者になっていたいなあ。
「続けてご説明いたしますね。配信の目的は大きく分けて二つです。一つは安全管理のためです。配信映像を通じてギルド側が冒険者の状態を確認できますし、視聴者の方からの通報によって、万が一の際の救助を迅速に行うことができます」
「なるほど……」
「もう一つは、視聴者の方から支援魔石——サポートストーンと呼ばれるものを受け取ることができる仕組みです。これはギルドの窓口で換金、またはアイテムとの交換が可能です。人気のある冒険者の方ですと、かなりの収入になるようですよ」
「そうなんですね! なんかすごそう」
僕なりに精一杯リアクションしたつもりだったのだけど、職員さんには伝わっていないのがバレたらしい。彼女は小さく吹き出すように笑って、
「冒険者をされていれば、おのずと分かるようになりますよ」
と穏やかに言った。
「なお、配信映像はランク昇格の審査資料としても使用されます。ダンジョン内での実績を公式に記録するためにも、活動中は起動しておくことを推奨いたします」
「あ、それは大事ですね。わかりました」
ランクを上げないと先に進めない。それなら配信は必須だ。
「それと一点補足です。現在お渡しした配信機材はE級のものになりますので、配信可能な範囲は第1層から第10層までとなります。深い階層になるほど魔力の干渉が強くなり、機材に求められる性能も上がりますので」
「なるほど、10層までなんですね」
「なので10層を攻略されたら、受付にお申し付けください。ランクに応じた機材にお取り替えいたしますので」
「わかりました!」
「以上で登録手続きは完了です。カイ様、本日より冒険者です。ダンジョンでのご活躍を心よりお祈り申し上げます」
職員さんが丁寧にお辞儀をしてくれた。
僕はカウンターから離れて、もらったものを確認した。登録証のプレート。鉄の剣と軽装の防具。それから、配信用の球体。
胸の中で、何かが熱くなった。
五歳の誕生日にCDをもらった日。裏山で初めて岩を切った日。水面に線を刻んだ日。風を斬った日。最後の型をまとめた日。お母さんにおにぎりをもらって家を出た日。
全部がここに繋がっていた。
僕は、ついに冒険者になった!




