第36話 エピローグ
目が覚めると、白い天井が見えた。
「……あー」
知らない天井——いや、知っている。数時間前にも見た天井だ。ギルドの医務室。同じベッド。同じ白い壁。
思わず、呆れたように笑ってしまった。
「一日に二回もここで目を覚ますことになるとは思わなかったな……」
体を起こそうとして、全身が軋むのを感じた。痛みはない。また術師が治してくれたのだろう。だが、魔力を使い切った後の倦怠感だけは残っていた。
横に人の気配がした。
ミリアがそばにいてくれたのかな、と思って顔を向けた。
「大丈夫? 怪我はなかった?」
穏やかな声。だが、ミリアの声ではなかった。
ベッドの横の椅子に、一人の青年が座っていた。白く長い髪に、澄んだ青い瞳。顔立ちが整っていて、纏う空気が柔らかい。見覚えのない人だった。
「えっと……誰、ですか」
青年はにこりと笑った。
「一応、りんご剥いてみたんだけど。どう? 食べられる?」
差し出された皿の上に、うさぎの形に切られたりんごが並んでいた。丁寧に耳まで作ってある。
「あ——これ、お母さんがたまに作ってくれたやつだ」
思わず声が出た。懐かしい形だった。一つ手に取って口に運ぶ。甘い。みずみずしくて、よく熟れたりんごだった。
「おいしい……」
「おいしかった? よかった」
青年が嬉しそうに目を細めた。
「さっきバザーの人に、『おいしいりんごください』って言って買ってきたんだ」
「へえ、わざわざ……ありがとうございます」
むしゃむしゃとりんごを食べている僕の姿を見て青年はにこやかに笑っている。
すると、医務室の扉が開いた。
「あ、起きたんですね、カイ!」
ミリアだった。駆け寄ってきて、僕の顔を覗き込む。
「大丈夫ですか、怪我は——」
「大丈夫だよ。ありがとう、ミリア」
ミリアがほっとした顔をした。それから、横に座っている青年に気づいたように視線を移した。
「あの、この方は……?」
僕も改めて青年を見た。青年は椅子から立ち上がり、軽く会釈した。
「僕の名前はシン。白氷の帳幕のリーダーを務めてるんだ」
白氷の帳幕のシン。あの——今大会の優勝候補の一角じゃないか!!?
「君の試合、見てたよ。本当にすごかった!」
「え、あー……ありがとうございます」
シンは穏やかに笑ったまま、ミリアの方を見た。
「ミリアさんも。雷の覚醒、すごかったね。あとね——」
少しだけ声のトーンを落とした。
「最初の待合室での出来事あったでしょ。僕も止めようとしたんだけどそれよりもカイ君の方が早かったんだ。。あそこで立ち向かった姿、かっこよかったよ」
ミリアが目を見開いた。それから、小さく頭を下げた。
「……ありがとうございます」
「あ——」
僕はふと気づいた。シンさんがいるまでなんか気まずいけど聞いた。
「ミリア、スヴェンとの試合はどうなったんですか? 僕が倒れた後の——」
ミリアが答えてくれた。
「カイの試合の後、アリーナの修復作業があって。それと、上位の冒険者の方々が観客席との間に防御結界を張った上で、準決勝の第2試合が行われたんです」
「スヴェンさんとシンさんが戦って——シンさんが勝ちました」
「そして決勝戦は、行われませんでした」
ミリアが少し言いにくそうに続けた。
「レクトさんとカイ、二人とも試合続行不可能になってしまったので……。シンさんがそのまま、優勝です」
シンが軽くピースをして見せた。
「そうなんだよ。時間ができたから、見舞いに来たってわけ」
「そうなんですね……。わざわざありがとうございます」
りんごを一つ、口に入れた。甘いはずなのに、少しだけ苦く感じた。
「……あー、そうか。敗退か」
天井を見上げた。
優勝するって、ひかりんさんと約束したんだった。それなのに、準決勝で——
「そんな暗い顔しないでよ」
シンの声が、軽やかに割り込んできた。
「ほら、次はバナナあげるから。はい、これ」
懐から取り出したバナナを、ひょいと差し出された。
「……いつの間に用意してたんですか」
「さっき一緒に買ってきた」
思わず受け取ってしまった。
「ありがとう、ございます……」
シンは笑顔のまま、少しだけ真面目な声になった。
「けどね、この大会はこれで終わりじゃないんだよ」
「え?」
「これから、僕たちの中で派閥に入る人が決まるんだ」
「派閥……ですか」
「ギルドには五つの派閥があってね。この大会の結果を見て、出場者がそれぞれの派閥に振り分けられるんだ。そしてその派閥の中で一番強い人が——冠位の五傑として認められる」
「冠位の五傑……」
「まあきっと、どこかの派閥にカイ君は選ばれるよ。ミリアちゃんも」
シンがにっこりと笑った。
「ねえ、ねえどこの派閥がいいとかある??」
「えー……どこですかね」
ミリアと顔を見合わせた。正直、派閥のことなんてまだ何も分からない。だが、悪い話ではなさそうだった。
そんな話をしていると、医務室の扉がまた開いた。
「おー、カイ! 元気にしてるか!」
スヴェンだった。銀の槍を背に担いだまま、気軽に入ってくる。
「スヴェン——」
「なんだ、シンもいるのかよ」
スヴェンが呆れたように笑った。
「まあいいじゃないか。あ、バナナ食べる?」
「なんでお前がバナナ配ってんだよ……」
スヴェンが椅子を引っ張ってきて、ベッドの反対側に座った。シンがバナナを渡し、スヴェンが文句を言いながら受け取り、ミリアが笑い、僕もつられて笑った。
小さな医務室が、いつの間にか賑やかになっていた。
りんごとバナナを食べながら、派閥の話をして、試合の話をして、くだらない話をして。
窓の外では、夕日がアリーナの上に沈みかけていた。橙色の光が、白い天井をゆるやかに染めている。
新星杯は、終わった。
優勝はできなかった。でも——
僕はベッドの上から、窓の外の夕焼けを見た。
悪くない景色だった。
そうして新星杯の幕が、静かに閉じた。
ここまで見ていただきありがとうございました!
自分でもこれだけの量の物語をかけて驚いております。
これも日ごろから応援をいただいている読者様のおかげです。
ありがとうございます。
第3章以降については、現在プロットを作成している段階なので
少しお待ちいただけると幸いです!
またお会いしましょう!




