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第33話 疾風の槍

カイは準々決勝を順調に勝ち進んだ。


相手はDランクの魔法使い。風の魔法を使う、手堅い戦い方をする男だった。だが——絶魔の剣閃スペルブレイクの前には、魔法は届かない。


放たれた風の刃を刀身で打ち消し、距離を詰めた。相手が詠唱を重ねるより早く間合いに入り、一撃。腕輪の魔法陣が光って、相手はアリーナの外へ転送された。


「勝者、カイ選手!」


エルナの声が響いた。歓声はあったが、カイの耳にはあまり入ってこなかった。剣を鞘に戻し、静かにアリーナを降りた。


控え室に戻ると、ミリアが待っていた。


「カイ、お疲れさま!」


「うん。ミリアの試合、観客席から見てるよ!がんばって!」


「……うん。頑張るね!」


ミリアの表情は明るかったが、指先がわずかに震えていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



エルナの声がアリーナに響く。


「さあ、準々決勝第6試合! 雷属性の覚醒で会場を震わせた、Eランクパーティー『小さな一歩(ファーストステップ)』所属・ミリア選手と、Dランクパーティー『蒼嵐の刃(ブルーレイド)』リーダー・Dランク筆頭スヴェン選手の対戦です!」


「スヴェン選手は槍の使い手ですね。前衛としての技量はDランクの中でも最上位。加えて、風属性の魔法を槍に纏わせる独自の戦闘スタイルを持っています。攻守のバランスが非常に高い選手です」


ノエルが穏やかに、しかし的確に解説した。

観客席の最前列で、カイは身を乗り出していた。


アリーナの砂地に、二人が立つ。ミリアは両手を前に構え、指先に紫の火花が散っている。対するスヴェンは、銀色の長槍を緩やかに構えた。短い茶髪に、落ち着いた目。纏う空気が静かだった。


ミリアは自分を落ち着かせるために短い深呼吸をした。息を吐く。

相手は前衛職、それも蒼嵐のブルーレイドのスヴェンといえば、Cランクの実力に近いと言われている人だ。

胸の鼓動が速い。落ち着け。


「ミリア!」


不意に、スヴェンから声がかかった。


「な、なんですか?」


スヴェンは明るく笑った。気負いのない、自然な笑顔だった。


「お互い、悔いのないように戦おうぜ!」


その一言で、胸の強張りが少しだけほどけた。


「——はい!」


エルナの合図が落ちた。


「——始め!」


ミリアが先手を取った。右手から雷光弾サンダーボルトを放つ。紫の雷撃が一直線にスヴェンへ向かった。


スヴェンは動かなかった。槍を片手で回し、穂先に風の魔力を纏わせると、雷撃の軌道をわずかにずらした。雷光弾は槍の横を通り過ぎ、背後の壁に着弾して散った。


「受け止めるんじゃなく、逸らした……」


カイは息を呑んだ。力で受けるのではなく、風で軌道を変える。最小限の動きで最大の効果を出す技術だった。


「さすがスヴェン選手。雷の速度に対して、正面から受けずに風で流しましたね。槍と風の相性を完全に理解している動きです」


ノエルの声に感嘆が混じっていた。


ミリアは止まらなかった。左手からもう一発、続けて右手からもう一発。連続で三発の雷光弾を異なる角度から撃ち込んだ。


スヴェンは槍を回転させた。風が渦を巻き、三発の雷撃がすべて渦の中に吸い込まれるように逸れていく。


「嘘……全部!?」


ミリアの顔に焦りが浮かんだ。


直後、スヴェンが踏み込んだ。一歩で距離が半分になった。槍が突き出される。穂先に圧縮された風が唸りを上げていた。


「速い——!」


ミリアは咄嗟に両手を地面に向け、雷迅槍ライトニングランスを足元に叩きつけた。紫の電流が地面を走り、スヴェンとの間に雷の壁を作る。

スヴェンの足が止まった。槍の穂先が雷の壁の手前で静止する。


「いい判断ですね」


ノエルが言った。


「攻撃を防御に転用した。雷を壁にして距離を取り直す——とっさの判断力はかなりのものです」


だがスヴェンの表情は変わらなかった。静かに槍を引き、構え直す。


「雷属性、か。確かにすごい才能だ」


スヴェンが初めて口を開いた。声は穏やかだった。


「でも、覚醒したばかりの魔法じゃ——」


槍の穂先に、風の魔力が一段と濃くなった。空気が軋むような音がした。


スヴェンが地面を蹴った。今度は先ほどより速い。槍が突き出される度に風の衝撃波が飛び、雷の壁を削り取っていく。


「咄嗟の判断力がまだまだなんじゃないか!」


ミリアは後退しながら雷光弾を撃つ。だがスヴェンは一発一発を最小限の動きで逸らしながら、確実に距離を詰めてくる。


「押されてる……」


カイの拳が握り締められた。


ミリアの息が上がっていた。雷魔法の消費は回復魔法より遥かに大きい。覚醒したばかりの属性を連発すれば、魔力の消耗は激しい。


「ここで——!」


ミリアが両手を掲げた。紫の光が両手に集中する。覚醒してから最大の魔力を込めた一撃。雷迅槍を二本同時に生成し、スヴェンの左右から挟み込むように放った。


スヴェンは槍を地面に突き立てた。


「——疾風槍ソニックスピア


槍を中心に、爆発的な風が全方位に広がった。ミリアの雷迅槍が風圧に押し返され、軌道が歪んで砂地に突き刺さる。


そしてその風が収まった瞬間、スヴェンはもうミリアの目の前にいた。

槍の柄がミリアの腹を打った。重い一撃。ミリアの体がくの字に折れ、膝が砂地についた。


「ミリア!」


カイが立ち上がった。

ミリアは歯を食いしばり、両手を地面に突いて立ち上がろうとした。紫の火花がまだ指先に残っている。だが体が揺れていた。魔力がほとんど残っていないのが、見ていて分かった。


スヴェンは槍を引き、半歩下がった。追撃しなかった。


「強いな、君は」


スヴェンが静かに言った。


「覚醒したばかりというのもあるが、魔法使いで前衛職を相手にここまで戦える奴はそういない。胸を張っていい」


スヴェンは構えを解かないまま、ゆっくりとミリアとの距離を詰めた。壁際まで追い詰められたミリアに、一歩、また一歩と近づく。


ミリアは何も言わなかった。俯いて、動かない。

受け入れているのだろう——カイはそう思いかけた。


だが違った。

ミリアの目は、まだ死んでいなかった。


「まだ……まだです!」


顔を上げた。真っ直ぐにスヴェンの目を見た。その瞳に、諦めの色はどこにもなかった。

スヴェンの目が一瞬見開かれた。ミリアの視線の強さに、足を止めた。そして——気づいた。


上だ。


見上げた空に、それはあった。紫色の光が膨張していく。残りの魔力をすべて注ぎ込んだであろう、巨大な雷の塊。いつの間に——戦いながら、少しずつ上空に魔力を送り続けていたのか。


スヴェンの口元に、笑みが浮かんだ。


「——見事だ! ミリア!!」


ミリアが叫んだ。


「これが私の、すべてです!」


両手を振り下ろした。


天雷墜落ライトニング・フォール!!」


上空に溜め込まれた雷が、一本の巨大な落雷となってスヴェンに向かって降り注いだ。轟音。地面が砕け、砂煙が爆発的に舞い上がった。アリーナ全体が白い光に包まれ、観客席にまで風圧が届いた。

歓声が止んだ。誰もが息を呑み、砂煙の晴れるのを待っていた。


視界が戻った時——


スヴェンは、立っていた。


槍を地面に突き立て、片膝をついている。鎧のあちこちが焦げ、肩口から煙が上がっていた。だが、致命傷ではない。


「な……なんで……?」


ミリアの声が震えた。全魔力を込めた一撃。当たったはずだった。


「スヴェン選手がほぼ無傷で立っています!!!」


エルナが叫んだ。


ノエルが静かに、しかし興奮を抑えきれない声で解説した。


「落雷の瞬間、スヴェン選手は自分自身に風の弾丸ソニック・ショットを打ち込んで、後方に吹き飛んだんです。直撃を避け、余波だけに留めた。あの一瞬で自分を撃って逃れるという判断——これは経験の積み重ねがなければ絶対にできない。見事としか言いようがありません」


スヴェンが立ち上がった。鎧が焦げたまま、槍を持ち直す。


ミリアの膝が震えていた。もう紫の火花は指先に残っていない。魔力が完全に枯渇していた。視界が揺れている。意識が飛びかけていた。

スヴェンがミリアの前に立った。


ミリアは顔を上げた。もう魔法は出ない。体も動かない。それでも、スヴェンの顔を見上げていた。

スヴェンが笑った。穏やかで、まっすぐな笑顔だった。


「ミリア。お前は、役立たずの魔法使いなんかじゃない」


その声は、アリーナ中に届くほど大きかった。


「最高にイカした魔法使いだ」


ミリアの目から、涙がこぼれた。


「——はい。ありがとう、ございます!」


スヴェンが槍を構えた。最後の一突き。ミリアの腕輪の魔法陣が光り、ミリアの体がアリーナの外へ転送された。


「——第6試合、勝者、スヴェン選手!」


エルナの声が響いた。


一瞬の静寂。そして——観客席から、この日一番の拍手が湧いた。


ミリアへの拍手だった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


アリーナに向かう途中、スヴェンが廊下で待っていた。


「よう、カイ!」


「スヴェン。いい試合だった」


「ああ。あの絶魔の剣閃を使えるカイ様に言われるなんて、光栄だな」


「ちょっとやめてよ、その言い方」


スヴェンは声を出して笑った。そしてすぐに、表情を引き締めた。


「さて、とうとう準決勝だな。それも互いに、格上との戦いだ」


「……そうだね」


準決勝の対戦カードは、どちらも今大会の優勝候補との戦いだった。スヴェン vs シン。そして——


僕の相手は、Cランク・レクト。


「カイ」


スヴェンが真っ直ぐにこちらを見た。


「俺もあいつには少し腹が立ってるんだ。だから——こてんぱんに倒してきてくれよな」


「わかった。スヴェンも勝って」


「おう!」


互いに手を伸ばし、握手をした。力強い握り。


スヴェンが背を向けた。その背中を見送りながら、僕は拳を握った。


そしてアリーナへと進む。

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