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第31話 落ちこぼれ

アリーナの袖で、ミリアはさっきの試合を思い返していた。

カイが魔法を消した瞬間。観客の歓声。あの堂々とした姿。


「カイ、すごかったな……」


胸の奥が熱くなった。ミリアは気合を入れるように頬を叩く


「じゃあ、私も頑張らなくちゃ」


決意を胸に、アリーナへと一歩を踏み出した。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「それでは、第5試合! Eランクパーティー『小さな一歩(ファーストステップ)』所属・ミリア選手 vs Cランクパーティー『猛牙の咆哮(レイジファング)』所属・セナ選手!」


エルナの声がアリーナに響いた。観客席から歓声が上がる。だが、その温度差は明らかだった。セナの名が呼ばれた時の方が、圧倒的に大きい。

砂地の中央に、二人が向かい合った。


セナは水髪の髪を短く切り揃えた女性だった。青と茶の二色のローブを纏い、冷たい目でミリアを見下ろしている。かつて同じパーティーにいた相手。ミリアをパーティーから追い出す原因を作った張本人。

ミリアは深呼吸をした。足が震えている。だが、逃げるつもりはなかった。


「ノエルさん、この試合はどう見ますか?」


「元々同じパーティーに所属していた二人ですね。互いの手の内を知っている分、駆け引きが重要になります。ただ——」


ノエルが少し言葉を選んだ。


「セナ選手は氷と土の二属性を扱える、非常に珍しいタイプの魔法使いです。二属性使いはこの大会でも彼女だけでしょう。対してミリア選手は回復魔法のみ。攻撃魔法の情報は入っていません」


「つまり……」


「攻め手がない、ということです。回復魔法で耐え続けることはできても、相手を倒す手段がなければ勝利は遠い。厳しい戦いになるでしょう」


「それでは——始め!」


セナが先に動いた。右手から氷の礫が三つ、左手から土の塊が二つ、同時に放たれた。二属性が交差しながらミリアに迫る。

ミリアは横に転がって躱した。元パーティーメンバーだ。セナの攻撃パターンは知っている。氷の礫は速いが直線的。土の塊は遅いが追尾する。先に氷を躱して、土は横に動き続ければ当たらない。


「避けた! ミリア選手、セナ選手の攻撃を的確に回避しています!」


「やはり元パーティーの利点ですね。攻撃のパターンを把握している。ただ——」


セナが舌打ちした。


「あんた、まだそうやって逃げ回るだけ? 相変わらずね」


氷と土の攻撃が続いた。ミリアは避け続けた。掠った傷は自分に回復魔法をかけて塞いだ。避けて、回復して、避けて、回復して。だがそれだけだった。反撃の手段がない。


時間が過ぎていく。ミリアの息が上がってきた。回復魔法を使い続ける度に魔力が削られる。回復量も徐々に落ちていた。

そして残り時間が5分に差し掛かろうとしていた。


「ミリア選手、回復魔法で粘っていますが、やはり攻撃手段がないのが致命的ですね。このままでは消耗戦で押し切られます」


「ふん、目障りね」


セナが足を止めた。両手を掲げると、空中に二本の氷の剣が形成された。透き通った青い刃が、冷気を纏って回転している。


「じゃああんたに、この攻撃がわかるかしら」


氷の剣が飛んだ。ミリアに向かってではなく——ミリアの足元の左右に突き刺さった。

ミリアが怪訝な顔をした瞬間、氷の剣が刺さった地点から白い霜が広がり始めた。砂地が凍結していく。足元が凍り、靴底が地面に張り付いた。


なにこのこうげきはしらない。

回復魔法と同時にこの技も覚えたの。ほら?わたしっててんさいだから。


「動けな——」


「これで終わりよ。くらいなさい」


セナが両手を突き出した。巨大な岩の塊が空中に浮かび上がった。人の胴体ほどもある、土属性の巨大な礫。それがミリアに向かって射出された。


足が動かない。凍結した地面に縫い止められたまま、巨大な岩が迫ってくる。

避けられない。

岩がミリアの体を直撃した。体が吹き飛ばされ、アリーナの壁に叩きつけられた。


「ぐっ——」


背中に激痛が走った。ミリアは壁にもたれたまま、自分に回復魔法をかけた。淡い光が体を包む。だが、痛みが完全には引かない。魔力が足りない。回復量が、さっきまでと比べて明らかに落ちていた。


「ミリア選手、直撃! 回復魔法で立て直そうとしていますが……回復が追いついていないように見えます!」


セナがゆっくりと歩いてきた。


「ぶざまね。あんた、ここまで回復ばっかり使っといて、それしかできないなんて。私が回復してあげましょうか? ……ああ、今は無理か。敵だったわ。あはは」


ミリアは地面に膝をついていた。体が重い。魔力が底を尽きかけている。回復魔法を使う力すら、残り少ない。

だめだ。やっぱり私には、これが限界なんだ。回復魔法しか使えない。攻撃する力もない。カイの隣に立つ資格なんて——


「まあ、もう楽にしてあげるわよ」


セナが右手を掲げた。氷の槍が空中に形成される。


「じゃあね、パーティーの落ちこぼれさん」


ミリアは目を閉じかけた。

その時だった。


「ミリア、頑張れーーー!!」


観客席から、一つの声が聞こえた。

カイだった。アリーナの最前列で、身を乗り出して叫んでいた。


「諦めるな、ミリア!!」


目を開いた。

カイが見えた。あの待合室で、自分を守ってくれた人。パーティーを組んでくれた人。第一試練で、自分の知識を頼りにしてくれた人。前のパーティーでは誰も言ってくれなかった「ありがとう」を、何度も言ってくれた人。


あの人が応援してくれている。

あの人の前で、こんなところで終わるわけにはいかない。

ミリアは立ち上がった。


——回復魔法なんていらない。


今この瞬間だけは。

この目の前の相手に、一矢報える力が欲しい。


胸の奥で、何かが弾けた。

ミリアの体を、透き通った魔力が駆け巡った。これまで感じたことのない量の魔力が、体の中で渦を巻いている。そしてその魔力が——形を持ち始めた。


バチッ。


小さな音がした。


バチッ、バチバチッ——。


ミリアの全身に、紫色の火花が走った。髪の毛が逆立ち、空気が帯電する。足元の凍結した地面に亀裂が入り、砕けた。


「な——何それ」


セナの顔から余裕が消えた。


ミリアは自分の手を見た。指先から紫色の稲光が這っている。理解なんてしていない。だけど、体が知っていた。これが何なのか。


ミリアは手を前に突き出した。


そして——叫んだ。


「——雷光弾サンダーボルト!!」


紫色の雷撃が、ミリアの手から放たれた。空気を引き裂く轟音と共に、一直線にセナに向かって飛んでいく。

セナが咄嗟に氷の壁を展開した。だが、雷撃は氷の壁を貫通した。氷が砕け散り、雷がセナの体を打った。


セナの体が吹き飛ばされ、壁際まで転がった。

アリーナが静まり返った。


二人とも壁際に倒れていた。審判が確認し、両者を中央付近に戻した。

セナが立ち上がった。体が震えている。両手が痺れて、うまく動かない。


「何、今の……体が痺れる。まさかあんた——雷属性?」


セナの目が見開かれていた。驚愕と、信じられないという感情が混ざっている。


「なんで……なんであんたが攻撃魔法を使えるのよ。雷属性……あんたが? 回復魔法しか使えない落ちこぼれが——」


セナは拳を握りしめた。痺れた体を無理やり起こし、構え直す。


「私はまだ負けない——!」


ミリアも立ち上がった。全身に紫色の火花がまだ走っている。自分でも何が起きたのかわからない。だけど、一つだけわかることがあった。


もう、落ちこぼれじゃない。

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