第29話 第一の技
「それでは、第2試合! Eランクパーティー『小さな一歩』リーダー・カイ選手 vs Dランクパーティー『紅蓮の灯』所属・オリアナ選手!」
エルナの声がアリーナに響き渡った。観客席からまばらな歓声が上がる。だが、その大半はオリアナに向けられたものだった。Eランクの新人に期待する声は少ない。
アリーナの砂地に、二人が向かい合って立っていた。
オリアナは赤いローブを纏った女性だった。腰に杖を携え、両手に淡い炎を揺らめかせている。落ち着いた佇まいで、対戦相手を冷静に観察していた。
カイは剣を構えた。
「それでは——始め!」
オリアナが先に動いた。右手を振ると、三つの火球が同時に放たれた。速い。正面から二つ、やや遅れて一つが弧を描いて横から迫る。
カイは横に跳んで正面の二つを躱し、横からの一つを剣で弾いた。刀身に炎が触れ、火花が散る。だが、着地した瞬間、足元が光った。
砂地の上を、火の筋が走っていた。細い炎がちりちりと音を立てながら導火線のように地面を這い、カイの足元に向かって伸びてくる。
カイが飛び退いた。直後、火の筋が到達した地点が爆ぜた。砂が弾け飛び、熱風がアリーナを揺らす。
「ノエルさん、これは!」
実況席でエルナが声を上げた。
「オリアナ選手はDランクだけあって、火の使い方が豊富ですね。今見えたのは二種類の火です。一つは直接飛ばす火球。もう一つは地面を這わせる導火——着弾点を指定して、時間差で爆発させる設置型の炎です」
「二種類の攻撃を同時に使っているということですか!」
「ええ。元々、剣士が魔法使いに挑む場合、魔法の弾幕を掻い潜って距離を詰める必要があります。ですがオリアナ選手は火球で正面を塞ぎながら、導火で足元を狙っている。近づこうとすれば足元を焼かれ、距離を取れば火球で追い立てられる。これは対人戦を相当意識した戦い方です」
「なるほど……やはりEランクとDランクには大きな差があるということでしょうか」
砂地の上で、カイは息を切らしていた。
近づけない。火球を躱しても導火が足元に来る。導火を避けても次の火球が飛んでくる。二つの攻撃が交互に、時には同時に襲いかかり、前に進む隙がない。
カイは攻撃を避け、剣で弾き、防いではいる。だが、それだけだった。防戦一方で、攻め込むことができていない。
オリアナは動かない。距離を保ったまま、淡々と火を操り続けている。焦る必要がないのだ。このまま消耗させれば勝てると分かっている。
観客席の一角で、ミリアが両手を握りしめていた。
「カイ……」
唇を噛んでいた。自分にできることは何もない。ただ見ていることしかできない。
「がんばって……」
アリーナでは、オリアナが攻撃のペースを上げていた。火球が四つ、五つと連続で放たれ、その合間に導火が地面を走る。カイは剣で弾き、躱し、弾き、躱す。だが一発、火球が肩を掠めた。銀色の軽鎧が焦げ、白い煙が上がる。
「おっと、カイ選手に火球が直撃! じわじわと追い詰められています!」
エルナの声が響く。観客の中には、もう勝負は決まったと言わんばかりの空気が漂い始めていた。
しかし——カイは弾くことをやめなかった。
火球が飛んでくる度に、剣を合わせた。躱せる攻撃もあえて剣で受け、刀身に炎を触れさせた。何度も、何度も。まるで炎の感触を確かめるように。
ノエルが、わずかに目を細めた。
「……何をしているんだ」
エルナが気づいた。
「ノエルさん?」
「いえ——少し気になることが」
ノエルはそれ以上言わなかった。ただ、カイの動きを注視していた。
カイは弾きながら、感じ取っていた。刀身を通じて伝わる、オリアナの魔力の感触。火球に触れる度に、その形と性質が少しずつ輪郭を持っていく。熱い。鋭い。だが、ただ熱いだけじゃない。この炎には、特有のうねりがある。回転するように燃える、螺旋状の形。
あと少し。あと少しで、掴める。
オリアナが両手を掲げた。これまでより一回り大きな炎が、両手の間に生まれた。仕留めにかかっている。
「カイ……!」
ミリアが立ち上がった。
火球が放たれた。一際大きな炎がアリーナの空気を焼きながら、真っ直ぐカイに向かって飛んでいく。
カイは——動かなかった。
「おっと、カイ選手が立ち止まりました! これはもう為す術がないのか——」
カイは剣を正面に構えた。息を吸い、吐いた。
そして——目を開いた。
掴んだ。この炎の形。螺旋状に回転する、熱く鋭い魔力の形。ならば、その対は——。
体の中の魔力が変わった。透き通った、形のない魔力が、炎とは正反対の性質を帯びていく。それを剣に流し込んだ。
カイは剣を振った。
黒い刀身が、巨大な火球に触れた。
そして。
炎が——消えた。
弾いたのではない。散ったのでもない。刀身に触れた瞬間、炎そのものが消滅した。
アリーナが静まり返る。
観客席の歓声が、ぴたりと止んだ。実況のエルナも言葉を失っていた。
オリアナが初めて表情を変えた。両手を掲げたままの姿勢で、硬直していた。
「消え——?」
ノエルが、ゆっくりと立ち上がった。穏やかだった目が、大きく見開かれている。
「……まさか」
ミリアは両手で口を覆っていた。何が起きたのかわからなかった。
観客席の最上段で、リーナが身を乗り出しガッツポーズをとる。
アリーナの中央で、カイが剣を構え直した。黒い刀身が、砂地の上で静かに光を吸い込んでいる。
その目は、真っ直ぐオリアナを見ていた。




