第23話 開会式
アリーナに出ると、空が広かった。
すり鉢状の観客席が四方を囲んでいて、見上げるほどの高さまで人で埋め尽くされている。足元は砂地で、歓声と熱気が上から降ってくる。
「すごい……こんなに人がいるんだ!」
隣でミリアも目を丸くしていた。
「すごいですね……私、こんなにたくさんの人を見たの初めてです」
僕もだった。王都に来てからずっとダンジョンに潜ってばかりで、こういう場所に来たこと自体がなかった。
周りを見渡すと、他の出場者たちはもう少し落ち着いた様子で、中には観客に手を振っている者もいる。僕たちだけが完全にお上りさんだった。
すべての出場者がアリーナの中央に集まると、歓声が少しずつ静まっていった。
アリーナの正面、一段高くなった壇上にマイクスタンドが設置されている。そこに一人の女性が歩み出てきた。長い紫髪をハーフアップにまとめ、整った顔立ちに華やかな笑顔を浮かべている。ギルドの制服ではなく、白と紫を基調にした軽鎧を身に纏っていた。
「皆様ー! 本日はようこそ、新星杯へ! 司会進行を務めます、Aランクパーティー『紫閃の舞踏』のエルナです! よろしくお願いしまーす!」
観客席が一気に沸いた。黄色い声援が飛び交い、名前を叫ぶ声がいくつも重なる。
「エルナちゃーん!」「待ってたよー!」
アイドルみたいだった。Aランクの冒険者以上は人気配信者の面も持っているのか。
「それでは早速、開会の挨拶をいただきましょう。全冒険者を束ねるギルドマスター、ガレウス様です!」
エルナが壇上の端に下がると、代わりに一人の男が歩み出た。
白髪を後ろに撫でつけ、顎には短く刈り込まれた白い髭。ただ立っているだけで空気が変わった。厳しい目つきで、アリーナ全体を見下ろしている。観客席の歓声が、自然と静まった。
「ルーキーたちよ」
低く、よく通る声だった。マイクなど必要ないほどの声量が、砂地のアリーナに響き渡る。
「お前たちがここに立っているということは、少なくとも20層の魔物を退け、ギルドの者がその名を推すに足ると認めた証だ。その事実に誇りを持て」
一拍の間を置いて、ガレウスの目が出場者たちを射抜いた。
「だが、誇りだけでは生き残れん。この大会は祭りではない。お前たちの力を、覚悟を、この場で証明しろ。それができん者は、ここで終わる」
声が一段低くなった。
「千年前、五人の始祖がダンジョンに挑んだとき、彼らにあったのは才能でも名声でもなかった。折れぬ意志だけだ。お前たちの中に同じものがあるか——それを、今日この場で見せてもらう。君たちに私は期待している。以上だ」
ガレウスが壇上から降りると、エルナが再び前に出た。
「ありがとうございます、ガレウス様! さあ、それでは最後に、もうお一方にご挨拶をいただきたいと思います」
エルナの声のトーンが、少し変わった。
「ご紹介しましょう。冒険者ギルド最高戦力、『勇者』の名を冠する者。黎明の聖剣を率いし、我らが頂点——」
観客席がざわめいた。期待と興奮が波のように広がっていく。
「——閃光の勇者、リーナ様です!」
歓声が爆発した。
壇上に現れたのは、銀色の軽鎧に白いマントを纏った女性だった。長い銀髪が風に靡き、静かな表情でアリーナを見渡している。
あの人が、勇者。
画面越しでは何度も見たことがある。だけど実物は、画面で見るよりもずっと——なんというか、存在そのものが違った。立っているだけで、周りの空気が澄んでいくような感覚。
リーナが口を開いた。
「今日、この場に立つ全員に敬意を表します」
静かだが、芯のある声だった。
「新星杯は、始まりの場です。ここでの結果がすべてではない。だが、ここで見せた覚悟は、必ずこの先の道を照らす。全力で挑んでください。」
短い言葉だった。飾りも煽りもない。だけど、胸の奥に届いた。
——その時だった。
リーナの視線が、一瞬だけこちらを向いた気がした。
気のせいか。出場者の中で一番ランクが低い、僕なんかを見る理由はない。だけど、なぜだか見られている、という感覚が確かにあった。
考える間もなく、リーナは壇上から降りていった。
「ありがとうございました、リーナ様! さあ、皆様お待たせしました!」
エルナが再びマイクの前に立ち、声を張り上げた。
「それでは早速、第一試練に参りましょう! 出場者の皆様、こちらをお受け取りください!」
エルナが手を振ると、ギルドの職員たちがアリーナに入ってきて、出場者一人一人に小さな革のカバンを配り始めた。手のひらよりやや大きいくらいの、何の変哲もないカバンに見える。
「これ、なんだろう……」
僕が首を傾げると、ミリアが小さく声を上げた。
「あ、これ魔法鞄ですね。見た目は小さいですけど、中に魔法空間が広がっていて、かなりの量を収納できるんです」
「へえ、便利だな……」
「ダンジョンで素材や魔石を持ち帰るのに使うものですけど、結構高くて……。これ、もらえるんですかね?」
周りの出場者たちも同じように魔法鞄を受け取り、中を覗いたり開閉したりしている。
「はい、皆様お持ちになりましたか?」
エルナが確認するように見回した。
「では——早速参りましょうか!」
エルナがぱちんと指を鳴らした瞬間、足元が光った。
砂地の上に、巨大な魔法陣が浮かび上がっていた。複雑な紋様が青白い光を放ちながら、アリーナ全体を覆っている。
「なっ——」
光が一気に強くなった。視界が白に染まる。体が浮くような感覚。
「ミリア!」
手を伸ばしたが、もう何も見えなかった。
——光が収まって、目を開けた。
石の壁。薄暗い通路。空気が冷たく、湿っている。足元は砂ではなく、硬い石畳だった。
ダンジョンだ。
隣にミリアがいた。彼女も僕と同じように目を瞬かせている。他の出場者の姿は見えない。僕たちだけが、この場所に転送されたらしい。
頭上から、エルナの声が響いた。魔法で増幅されているのか、天井のどこかから聞こえてくる。
「出場者の皆様、ようこそダンジョンへ! これより第一試練、『採集競争』を開始します!」




