第22話 猛牙の咆哮
「お前はこの瞬間、パーティーをクビだ」
待合室の奥で、一人の男がそう言い放った。
赤茶色の髪をした女の子が、目の前に立つ男を見上げていた。唇が震えている。
「あれって……」
「あいつは猛牙の咆哮のリーダー、レクトだ」
スヴェンが低い声で教えてくれた。
レクトと呼ばれた男は、体格のいい剣士だった。腕を組んで、見下ろすように女の子の前に立っている。その後ろには、パーティーメンバーらしい数人が無言で控えていた。
「待ってください、レクトさん。私、もっと頑張りますから——」
「頑張る? 何を頑張るんだよ」
レクトが鼻で笑った。
「お前、僧侶として入れてやったよな。回復魔法が使えるっつうから。だけどお前の回復量じゃ話にならねえんだよ。うちのルキアが40層のボスを倒したときに回復魔法を覚えてな。お前よりよっぽど回復できる」
レクトがため息をついた。
「これまで散々回復魔法を使わせてやったのに伸びねえとは。こんな雑魚を入れた俺の恥だな」
女の子の顔が青ざめた。
魔法を覚える? 僕が疑問に思っていると、スヴェンが小声で教えてくれた。
「魔法使いは、魔力量が増えればその分扱える魔法の幅が広がるんだ。テーブルが大きくなれば、その分置けるものが増えるようなもんだな。だから強い敵を倒したりして魔力量が跳ね上がったきっかけで、新しい魔法を覚えるのはよくある話だ」
なるほど。それで、パーティーの魔法使いが回復魔法まで覚えてしまったから、この子が必要なくなったということか。
「そんな……でも、私——」
「それにな」
レクトが一歩踏み出し、女の子の腕から銀色の腕輪を奪い取った。
「この大会はパーティーでしか参加できねえ。今この瞬間、一人になったお前は出場すらできないってことだ」
笑った。あからさまに見下して、笑った。
「滑稽だな」
それを見ている周囲の参加者たちは、誰も止めなかった。優勝候補のCランクパーティー相手に、わざわざ揉め事を起こしたくないのだろう。
女の子は俯いたまま、それでも食い下がった。
「お願いします……どうか、もう一度だけチャンスを——」
「あ? うぜえんだよ」
レクトの声から温度が消えた。
「お前、もう死ねよ」
レクトの顔から笑みが消えた。腰の剣に手をかけ、そのまま一気に抜き放った。銀色の刃が、女の子に向かって振り下ろされる。
「おい、それはやりすぎだ!」
スヴェンが叫んで駆け出した。
だけど、それよりも早く動いた者がいた。
一人の冒険者が、弾かれたように駆け出していた。女の子とレクトの間に滑り込み、振り下ろされた剣を——素手で掴んだ。
刃が手の中で止まる。
「それは、やりすぎなんじゃないですか」
静かな声だった。
「そこまでする必要、あるんですか」
レクトの目が、その冒険者を捉えた。
「……なんだ、お前」
「カイです」
左手にじわりと熱い痛みが走っている。だけど、手は離せなかった。
「カイ? 知らねえな。お前、ランクは」
「Eランクです」
一瞬、間が空いた。
それからレクトが、盛大に笑い出した。
「Eランク? Eランクがここにいんのかよ」
後ろのパーティーメンバーたちも、つられて笑っていた。
「はぁ、Eランク風情が俺に逆らってんじゃねえよ!」
笑いが消えた。レクトが再び剣を持ち上げ、降り下げようしたその瞬間。
「おい!そこの。ここでの武器の使用は禁止だぞ!」
低い声が割って入った。待合室に見回りに来た警備員が、こちらに向かって歩いてくる。
レクトが舌打ちをした。
「……チッ。覚えてろよ」
それだけ言って、パーティーメンバーを連れて待合室の奥へ消えていった。
静かになった。周囲の視線が僕に集まっているのを感じたが、それよりも左手の痛みの方が気になった。掌から血がたらりと流れている。思ったより深く切れていた。
「あの、ごめんなさい……! 手、怪我して……私のせいで」
女の子が慌てて駆け寄ってきた。目が赤い。泣いていたのだろう。
「あ、大丈夫です! 勝手にやったことですし、これぐらい——」
「待ってください、治します」
女の子が両手を僕の左手にかざした。淡い光が手のひらから溢れ、傷口を包んでいく。じんわりと温かい。数秒で、痛みが引いていった。切れた皮膚がゆっくりと塞がり、血が止まった。
「これが回復魔法……すごいですね! ありがとうございます」
「こんなの……これくらいは、できますから」
そう言った女の子の声は震えていた。回復魔法はちゃんと使える。さっきレクトに言われたことが、嘘みたいに。
だけど、女の子の目からは涙がこぼれていた。
「私も……出られなくなっちゃった」
俯いて、小さな声で呟いた。パーティーをクビになった。一人になった。この大会の第一試練は、パーティーでなければ出場できない。さっき僕が突きつけられたのと、同じ現実だった。
僕はポケットからリングを取り出した。受付でもらった、もう一つのリング。赤い魔石が嵌め込まれた、パーティーメンバー用のリング。
「よかったら、僕とパーティーを組みませんか」
「え?」
僕はポケットからリングを取り出した。受付でもらった、もう一つのリング。赤い魔石が嵌め込まれた、パーティーメンバー用のリング。
女の子が顔を上げた。涙で濡れた目が、大きく見開かれている。
「え……いいんですか?」
「はい! いや、まあ……今、僕一人しかいないんですけどね」
少し笑ってしまった。
「二人だけのパーティーになっちゃうんですけど」
女の子はしばらく僕の顔を見つめていた。
「けど、あなたがあんなやつに好き勝手言われてるの見てたら、なんだか腹が立っちゃって」
拳を握った。さっき治してもらったばかりの左手に、まだ温かさが残っていた。
「だから一緒に、あいつらにぎゃふんと言わせてやりましょう!」
女の子の目が丸くなった。涙がまだ頬に残っていたけれど、その奥に小さな光が灯ったのが見えた。
「……私、ミリアです」
声が震えていた。でも、さっきまでとは違う震え方だった。
「回復魔法しか使えないけど、一生懸命頑張ります! よろしくお願いします」
「僕はカイです。よろしくお願いします、ミリアさん!」
「あ、その……ミリアでいいです。さん付けにあまり慣れていなくて」
「じゃあ、僕のこともカイって呼んでください。」
「はい、カイさ——カイ、ですね。よろしくお願いします、カイ」
ミリアが少しだけ照れたように笑った。
ミリアがリングを左手にはめた。二つのリングの赤い魔石が、同時に淡く光った。
二人だけのパーティーが、できた。




