第17話 エピローグ
あの狼との戦いの後——
目を覚ましたとき、見覚えのない白い天井があった。
起きようとして体をおこすとした
「いてっ!」
体中が軋んで痛みが走った。だけど、動けないほどじゃない。
ゆっくりと上半身を起こして、周囲を見回した。簡素なベッドと、小さな棚と、窓のない石壁の部屋。ベッドの横に椅子が一つ置いてあって、その上に見覚えのない着替えが畳んであった。
「起きましたか?」
扉が開いて、一人の女性が入ってきた。ギルドの制服を着た、受付で見たことがある人だった。
「ここは……」
「冒険者ギルドの医務室よ。ダンジョンで負傷した冒険者を一時的に預かる場所。あなた、ここに運び込まれたの」
医務室。ギルドにこんな場所があったのか。
「僕は……いつの間にここに?」
「通りがかった冒険者があなたを見つけて、担いでここまで運んできてくれたの。10層のボス部屋で倒れていたって」
10層のボス部屋。そうだ。ハイゴブリンを倒して、床が崩れて——
……20層のことは、気づかれていないのか。
「それにしても、深夜に一人でダンジョンに潜るなんて。なんでそんな危ないことしたの!」
「す、すいません……」
「強くなりたい気持ちはわかるけど、ダンジョンに潜る時はちゃんとパーティーと行くこと。いいわね?」
「はい、わかりました」
パーティーを組んでいないこと自体もばれていなさそうだった。
深夜にソロで潜ったことを注意されただけだ。
ものすごく怒られるものだと思っていたから、少しだけ安心した。
「怪我のほうはどう? ちゃんと治るまでここにいていいのよ」
自分の体を確認した。腕を動かす。足を曲げる。痛みはあるけど、骨が折れている感じはない。傷もほとんど塞がっている。
「いえ、大丈夫です。動けます」
「そう、それはよかったわ」
職員さんが少しだけ安心したように笑って、それから真面目な顔になった。
「一つ聞いておきたいんだけど。10層のボス部屋で見つかったって聞いたけど、10層のボスを倒したの?」
「はい。一応、倒しました!」
「そう……配信してたのよね? あとであなたの配信のアーカイブを確認して、撃破の証拠が確認できたら正式に記録に残すわ。その時に配信機材も新しいものに交換するから、通達が届いたらギルドに来てちょうだいね」
「はい、わかりました」
職員さんが立ち上がりかけて、ふと思い出したように棚の方を指差した。
「ああ、それと。あの剣、あなたのものだって、運んできてくれた人たちが言ってたから、そこに置いてあるわ」
視線を向けた。
棚の横の壁に立てかけてあった。漆黒の刀身。飾りも装飾もない、ただ黒い剣。あの戦いで、僕が最後に握っていた剣。
「僕の……」
僕のものじゃない。あの剣は誰かが投げてくれたものだ。でも、その誰かが「あなたのものだ」と言って置いていった。
「じゃあ、私は業務に戻るわね。元気になるまでいつでもここにいていいから。無理しないでね」
「ありがとうございます」
職員さんが出ていって、部屋に一人になった。
僕はベッドから降りて、漆黒の剣の前に立った。
手を伸ばして、柄を握る。あの時のような衝撃は来なかった。今は、ただの剣のように静かだった。でも、手に馴染む感覚がある。
あの戦いの最中、この剣がなかったら僕は死んでいた。誰が投げてくれたのかはわからない。でも、その人はこの剣を「僕のもの」だと言った。
返したくても、返す相手がわからない。
……ありがたく、借りておこう。
剣を腰に差して、医務室を出た。ギルドの受付を通り過ぎて、外に出る。
朝の空気が肌に触れた。空が明るい。昨日の夜のことが嘘みたいに、穏やかな朝だった。
宿に向かって歩きながら、昨日のことを思い返していた。
「すごい一日だったな……」
ハイゴブリンとの戦い。床の崩壊。10層分の滝への落下。そして、あの雷の狼。
あの白い光。体の中を巡って、剣に流れ込んだ、あの力。
でも、それだけじゃなかった。
あの漆黒の剣を握った時、白い光が黒赤に変わった。あれはなんだったんだろう。剣が変えたのか、僕が変えたのか。あの黒赤の光は、白い光とは全然違う感覚だった。
わからないことだらけだ。魔力のことも、あの剣のことも。
でも、一つだけわかっている。
僕は、まだまだ強くなれる。
宿に着いた。自分の部屋に入って、漆黒の剣を壁に立てかけた。ベッドに腰を下ろす。
「やばい……」
安心したら、急に眠気が押し寄せてきた。ギルドの医務室でも寝ていたはずなのに、体が休息を求めている。
ベッドに横になった。目を閉じると、意識がすうっと沈んでいく。
明日からまた、ダンジョンに潜ろう。もっと強くなろう。あの光を、自分のものにしよう。
新しい冒険が、始まったばかりだ。
僕は、そのまま眠りに落ちた。
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