幕間3 救出作戦
配信画面の中で、カイが戦っている。
第10層のボス、ハイゴブリン。三メートルの巨体が棍棒を振り回し、カイがそれを避けて、斬って、また避ける。
「がんばれ、がんばれ……」
私は部屋の中で、配信画面に顔を近づけて見ていた。
カイが横薙ぎを避けた隙に斬り込んだ。浅いけど、確実にダメージが入っている。その調子。ここまで教えてきたことが全部活きている。
パターンを見て、隙を見つけて、一撃ずつ刻む。完璧だ。
いける。このまま——
その時、カイが横に跳んだ先にゴブリンがいた。
「え、嘘——」
避けられない位置だった。カイが長剣を正面に構えて、棍棒を受けた。
衝撃で吹き飛ばされて、背中から地面に叩きつけられる。
「カイっ!」
思わず声が出た。画面の中のカイが這うようにして起き上がる。壁際まで後退して、なんとか立ち上がった。
大丈夫。まだ立ってる。まだ戦える。
ゴブリンが三体、前に並んでいる。その奥にハイゴブリン。
「どうするの、カイ……」
画面を見つめる手に力が入る。
カイが長剣を投げた。ハイゴブリンに向かって。弾かれたけど、その一瞬でゴブリンの注意が逸れた。カイが短剣を抜いて、三体を一気に片付けていく。
速い。あの子、こんなに速く動けたの。
——短剣。
胸の奥がちくりとした。短剣を使っているということは、あのカゲという子のアドバイスが活きているということだ。私じゃなくて、あの子の。
……今はそんなことを考えている場合じゃない。
三体倒した直後、ハイゴブリンの棍棒が振り下ろされた。カイが辛うじて避けたけど、風圧で壁に叩きつけられた。
その光景を見て、握っていた手に汗がにじんだ。
でも、カイが立ち上がった。長剣を拾って、構え直した。
そして——カイの体に、白い光が纏った。
「……え?」
あれは、魔力?
魔力のことは一切教えていない。しかしカイは、それを力に変えている。
魔力は人によって色や性質が変わる。赤い者もいれば、青い者もいる。私の魔力は金に近い色をしている。
それにしても、なんて澄み切った魔力だろうか。混じり気のない、透き通るような白。あんな魔力は見たことがない。
白い光を纏ったまま、カイが長剣を振り下ろした。
ハイゴブリンが、棍棒ごと両断された。
「よし!!」
カイが天井を見上げて、何か呟いていた。
終わった。勝ったんだ。
すぐにコメントを打った。
ひかりん:すごいよ!!!!!!!倒せた!!!
ひかりん:やった!!本当にやったね!!
カイが笑おうとしていた。頬が引きつって痛そうだったけど、笑っていた。
よかった。本当によかった。
カイがポーションを飲んで、傷をいやしたその瞬間だった。
画面が揺れた。カイの足元の地面に亀裂が走っている。
床が崩れ始めた。カイの体が沈んでいく。
「カイ——!」
画面が暗転した。
『配信が終了しました』
その文字だけが、画面の中央に表示されていた。
「嘘……嘘でしょ」
配信機材は10層までしか対応していない。配信が切れたということは、カイが10層より下に落ちたということ。
あそこは——あのボス部屋は、ヘブンフォールの真上だ。
床が崩れたなら、ヘブンフォールに沿ってまっすぐ下に落ちる。
10層分の落下。つまり、20層。
「助けに行かないと」
椅子を蹴って立ち上がった。装備は部屋に置いてある。剣を掴んで、扉を開けた。
廊下に出た瞬間、ユイが壁にもたれて立っていた。
「どこ行くつもり?」
「20層。今すぐ行く。」
「20層? なんで? 」
立ち止まる余裕はなかった。ユイの横を通り過ぎようとした。
「時間がない。今すぐ行ってくる」
「待ちなさいよ」
ユイが私の腕を掴んだ。振り払おうとしたら、ユイが笑った。
「なら、私も行くわ」
「……え?」
「何かあった時、私なら対処できるでしょ。ほら行くわよ。」
ユイは攻撃魔法のほかに簡単な補助や回復魔法も使える。その言葉はとても心強かった。
私たちは宿を飛び出して、ダンジョンに向かって走った。
各層のモンスターなんて、私たちの敵じゃない。すれ違いざまに片付けながら、一気に階層を下っていく。
走りながら、ユイが聞いてきた。
「で、何があったの」
「カイが——10層のボス、ハイゴブリンと戦ってて、倒したの。でもその直後に床が崩れて、配信が切れた」
「カイって、いつもリーナが見ている子ね。で、床が崩れた? 一体どうして」
「わからない。ボス部屋の床が崩れるなんて、聞いたことがない」
そう、ボス部屋の床が抜けるなんてことは、これまで一度も報告がないのだ。
ユイが一瞬黙った。何かを考えている顔だった。だが、今は走ることが先だ。
「ダメージも蓄積してる状態で落下か。大変ね」
「ダメージは……たぶん大丈夫だと思う」
「え、なんで?」
「いいポーション渡したから」
「いいポーション?」
ユイの足が一瞬止まりかけた。
「あんたまさか、あの子にハイポーション渡したの?」
「いや……その」
「な……! まさかフルポーション!?」
「うん、そう」
「何を渡してんの!?」
最近になって中級冒険者にも手に入るようになったハイポーションとは違い、フルポーションは72層に咲く「ルミナ草」でしか作れない。
その貴重性故に、ギルドで管理されており、最前線のパーティーですら取得できる個数が制限されている。現状の最高級ポーション。
その回復量は、瀕死レベルの致命傷すら癒すことができる。
リーナは気まずそうに目を逸らした。だって心配だったんだもん、とでも言いたげな顔だった。
……後でリーナにはきっちり怒らないと。あとポーションは絶対に触らせないようにしないと。
また詳しく聞くと、道具屋を通して渡したらしい。なんでそんなに手が込んでいるのよ。
まあいいわ。今はそれどころじゃない。
ユイがわざとらしく咳払いをした。
「じゃあ、傷はポーションで回復してるわね。問題はヘブンフォールの落下に耐えられるかどうか」
「うん、だから心配なの」
「わかったわ。急ぐわよ」
二人で速度を上げて、ダンジョンを下る。
そろそろ20層のボス部屋というところで、ユイがちらりとこちらを見た。
「……何その顔」
「え?」
「なんか恥ずかしそうな顔してるけど」
「いや……なんか、実際に会うとなると緊張してきた」
「あんた何言ってんのよ!?助けに行くんでしょ!」
「わかってるけど! 画面越しにしか話したことないから!」
「信じられない。この状況で緊張してるの?」
「うるさい! 走るよ!」
リーナが顔を伏せて先を走った。
ユイは呆れたように溜息をつきながらも、少しだけ嬉しそうだった。
最近のリーナはずっと暗い顔をしていたから。こうやって年相応に慌てている姿を見ると、少しだけ安心する。
20層に着いた。
ボス部屋の扉が見えた。開いている。
「開いてる……」
ユイが眉をひそめた。
「なんで開いてるの。まさか——」
「カイが、中に入ったんだ」
わかる。あの子ならそうする。未知のモンスターが待っている扉を見つけたら、入らずにはいられない。そういう子だ。画面越しに、ずっと見てきたからわかる。
扉の前まで駆け寄った。中から、凄まじい音が響いている。雷の音と、剣がぶつかる音と、獣の咆哮。
中を覗いた。
ユイが私の横に立って、息を呑んだ。
「何よ、あのモンスター……」
白い毛並みの巨大な狼。全身に青白い雷を纏っている。こんなモンスターは見たことがない。20層のボスはシーサーペントのはずだ。あれは——違う。あれは、通常のボスじゃない。
「助けに——」
ユイが中に踏み込もうとした。私はユイの腕の前に手を出して、止めた。
「待って、ユイ」
「え? 何してるの、助けないと——」
「見て」
カイが、戦っていた。
先ほどと同じ、透き通った魔力を全身に纏って、あの雷の狼と正面から打ち合っている。
あの子が、あの狼と互角に戦っている。
狼の爪を受け流している。力の方向を読んで、逆らわずに流す。あれは——私の剣と同じだ。力を読んで、流して、隙に斬り込む。
「何よ、あの子……、本当にEランクなの?」
「うんEランクだよ。登録して一週間ちょっと」
ユイが黙った。信じがたい、という顔だった。
あの狼はこの階層にいるはずのモンスターと明らかに格が違う。30層——いや、40層レベルのボスと同格かもしれない。
それと今、この子は互角以上に渡り合っている。
私もこの子を見たことがある。ほんの数日前、ゴブリンメイジに苦戦していたような子だった。
一体、何があったの。
そう考えているうちに、狼の口から雷の砲撃が放たれた。
そしてそれを避けずに、正面から迎え撃とうとするカイの姿。
「な! 避けなさい!」
ユイが叫んだ。
だけどカイは避けなかった。白い光を纏った剣で、雷を真正面から——斬り裂いた。
「嘘でしょ……雷を、斬った?」
ユイの声が震えていた。
リーナは輝くような目で見ている。
その後も両者はぶつかり合い、離れ、また衝突する。互いに傷だらけで、互いに消耗している。だけどどちらも引かない。
やがて、二人が同時に距離を取った。狼が全身の雷を凝縮させていく。カイも剣に力を込めていく。白い光が膨れ上がっていく。
これが最後の一撃だと理解しているのだろう
カイの剣の光がどんどん強くなっていく。もっと、もっと——
パキッ。
剣が、折れた。
「あ——」
白い光が消えた。カイの手元には折れた柄だけが残っている。
狼は止まらない。雷を溜め続けている。
「ユイ!」
私は叫んだ。
「あの剣出して。今すぐ」
「あの剣って——80層のあれ? でもあれ、何の能力もない武器だったでしょ。誰が持っても通常の剣以下の——」
「いいから貸して!」
ユイが魔法カバンから一つの剣を取り出した。80層でドロップした、漆黒の刀身を持つ剣。
リーナが持っても、ユイが持っても、通常の武器より弱かった。冒険者ギルドにも報告する必要がないと判断した、ただの黒い剣。
でも。
理由はわからない。でも、直感が叫んでいた。あの子なら。
私はその剣を掴んで、カイに向かって投げた。
全力で。一直線に。カイの足元めがけて。
剣がカイの足元に突き刺さった。カイが一瞬驚いて、でもすぐにその剣を引き抜いた。
握った瞬間だった。
漆黒の刃に、赤い文字が浮かび上がった。
「何……あれ……」
ユイが絶句した。
カイの体を巡る光が変わっていく。白から、赤へ。赤から、黒赤へ。漆黒の刃の上を、深紅の光が走っている。
「あの剣、あんなの……見たことない。80層で拾ってから一度もあんな反応——」
あの剣が、カイの力に応えている。私やユイでは何も起きなかった剣が、カイの手の中で初めて目覚めている。
カイが叫んだ。
「これで——最後だ!」
狼が跳んだ。白青の雷を凝縮させた最大の突進。
カイが走った。黒赤の光を纏った漆黒の剣を振りかぶって、正面から狼に向かっていく。
二つの光がぶつかった。
深紅と白青が激突した瞬間、凄まじい光が空間を呑み込んだ。目を開けていられない。腕で顔を覆った。
光が収まった時。
カイが立っていた。
漆黒の剣を振り抜いた姿勢のまま。
狼の姿は、なかった。
「勝っ……た?」
ユイの声が聞こえた。
カイの口が動いた。何か言っている。でもここからは聞こえなかった。
次の瞬間、カイの膝が折れた。そのまま前に崩れ落ちて、地面に倒れた。
動かない。
「カイ!」
私は走った。
カイのそばに駆け寄って、膝をついた。うつ伏せに倒れている。右手は漆黒の剣を握ったままだ。息はある。気を失っているだけだ。
全身傷だらけだった。
ユイが隣に来て、カイの状態を確認した。
「生きてるわ。気絶してるだけ。」
その言葉を聞いて、張り詰めていたものが一気に緩んだ。目の奥が熱くなる。
「本当に、よく頑張ったね……カイ」
小さく呟いて、カイの頭にそっと手を置いた。
私たちはカイを担いで、ダンジョンから出た後、冒険者ギルドの受付に引き渡した。
20層のボス部屋で見つけたことは隠した。10層のボス部屋で、たまたま倒れているのを発見したということにした。
カイの顔を最後にもう一度見て、それから私たちはギルドを出た。
ギルドの前を歩きながら、ユイが言った。
「あの剣、渡してよかったの?」
「いい。たぶん私たちじゃ、あの剣は活かせない。それに、20層のボスを倒した事実も隠しちゃったし」
「まあ、あのことは隠すべきだとは思うけど……」
「あの子が一人で戦って、一人で勝ったの。私たちはただそばにいただけ。それでいい」
リーナの言葉を聞いてユイはそれ以上何も言わなかった。
二人でギルドを後にした。
少し歩いたところで、私は立ち止まった。振り返って、冒険者ギルドの建物を見た。
あの中で、カイが眠っている。ボロボロの体で。
「カイ」
小さく呟いた。
「ボス撃破、おめでとう」




