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幕間4 前代未聞のEランク

冒険者ギルドの、ある日のこと。


「やっと終わったー……」


受付カウンターに突っ伏して、クレアは長い息を吐いた。


「クレア、お疲れ」


隣の席から同僚が声をかけてくる。


「ほんと大変だったね、ここ二週間」


「大変なんてもんじゃないわよ……」


この二週間、冒険者ギルドは勇者パーティーによる80層突破の事後処理に追われていた。新階層の突破は、ギルドにとって膨大な業務を意味する。


ボスの行動パターン、有効だった戦術、推奨される装備構成、地形の特徴。それらすべてを勇者パーティーから聞き取り、正式な記録としてライブラリに保存しなければならない。


それだけではない。新階層突破の報せが広まれば、周囲の冒険者たちも活気づく。自分たちも続こうと、普段より無理をして深い層に挑む者が増える。


装備の相談、パーティー編成の助言、負傷者の対応。ギルド職員の仕事は一気に跳ね上がる。

帰れない日もあった。仮眠室で数時間だけ目を閉じて、また受付に戻る。そんな日が何日か続いた。

だけど、ようやく一段落ついた。


「けど、来月にはあの一大イベントがあるから、また忙しくなりそうね」


「うわぁぁ、休みが欲しい……。私まだ誰を推薦するか決められてないのよ……締め切りがもうそこに迫ってるのに。」


そんな愚痴をこぼしながらも、同僚は穏やかな顔をしていた。


「けど、いったんはゆっくりできる時間ができるわよ」


同僚がそう言って伸びをする。


「そうねえ……」


「あ、そういえば。最近メイン通りに新しいクレープ屋さんができたらしいの。一緒に行かない?」


「行く。絶対行く」


「ええ行きましょ。それじゃあお先に上がるわ。クレア、また明日」


「はーい。お疲れさま」


同僚が荷物をまとめて出ていくのを見送って、クレアはもう一度カウンターに頬杖をついた。

残りの業務を片付けて、自分も帰ろう。


「さて、私も作業戻ろうかしら」


椅子を引いて、端末に向かい直す。未処理の書類がいくつか残っている。淡々と片付けていく中で、ふと手が止まった。


「……そういえば」


今朝方、医務室に運び込まれた冒険者がいた。カイという、自分が冒険者登録を担当したEランクの少年。

10層のボス部屋で倒れていたところを発見されたと聞いている。


「10層のボスを倒したって言ってたわよね、あの子」


それが本当なら、記録として正式に残さなければならない。アーカイブを確認しよう


「……というか全然、配信を見られてなかったわ。私の担当だったのに」


本来、冒険者ギルドはEランク冒険者——いわゆるルーキーに対して、定期的な監視を行う決まりになっている。経験の浅い冒険者は何が起こるか分からない。配信映像を定期的に確認し、危険な兆候があれば介入する。それがギルドの責務だった。


だが、この二週間はそれどころではなかった。80層突破の事後処理が全てを押し流した。カイの配信には視聴者が一人ついていたから、何か異常があれば報告が上がるだろう。そう判断して、確認を後回しにしていた。


「さて、じゃあ確認しますか。」


端末を操作し、カイのアーカイブを呼び出す。

配信のアーカイブは、現時点では冒険者ギルドの端末からしか閲覧できないようになっていた。


本来であれば広く公開できるのが理想だが、映像伝送の技術がまだそこまで発展していない。冒険者の記録保全という最も重要な用途に機能を絞っている現状では、ギルド内限定の閲覧が精一杯だった。


「えっと、登録日は……Eランク冒険者、っと。……あった」


クレアは最初の配信から順に目を通し始めた。


「……一人で潜ってない? この子」


パーティーを組んでいない。最初の映像から一貫して、単独でダンジョンに入っている。一層のスライムから始まり、階層を一つずつ上げていく様子が淡々と記録されていた。


「そういえば、私パーティーについてちゃんと説明してなかったかも……。ごめんね、カイくん」


とはいえ、そこまで気にはならなかった。ルーキーが単独で浅い層を探索すること自体は珍しくない。

ダンジョンに憧れを抱いて飛び込む冒険者は多い。ただ、大抵は2層あたりで一人の限界に気づいて、パーティーを組むようになる。きっとこの子もそのタイプだろうと思っていた。


だが、その予想は大きく外れることになる。


早い。


上達のスピードが、明らかにおかしい。Eランクになったばかりの冒険者が、この速度で階層を上げている。動きの精度、判断の速さ、敵の攻撃に対する反応。どれも二週間の経験で到達できる水準ではなかった。


「……何、この子」


クレアは身を乗り出した。映像を一時停止し、チャット履歴を開く。視聴者は一人。「ひかりん」というアカウント名が、ほぼ配信開始時からずっとコメントを残していた。


内容を読む。ただの応援ではない。明らかにアドバイスだった。ただ、擬音が多くて正直クレアには内容がよく分からない。それでも、この助言が彼の異常な成長速度に繋がっているのだろうということは想像がついた。


「ひかりん……誰なのかしら」


アカウント情報を照会する。ギルドの端末からであれば、配信アカウントの登録者情報を確認する権限がある。検索結果が表示された瞬間、クレアの目が見開かれた。


勇者リーナのプライベートアカウント。


「……は?」


思わず声が出た。周囲に人がいないことを確認して、もう一度画面を見る。間違いない。

80層を突破した現代最強の勇者、リーナ。その個人アカウントが、このルーキーの配信に張り付いて、一つ一つ助言を送っている。


「ちょっと待って。ということは、この子、勇者リーナに直接指導を受けてここまで来てるってこと……?」


混乱したまま、クレアは最新のアーカイブを開いた。10層、ボス戦の映像。


ハイゴブリンが画面の中央に立っていた。三メートルを超える巨体。巨大な棍棒を振り回し、地面を揺らす。Eランクの冒険者が二週間で、それも単独で挑む相手ではない。


映像の中のカイは、その怪物と正面から戦っていた。棍棒の軌道を読み、紙一重で回避し、隙を突いて斬り込む。途中、増援のゴブリンが現れても冷静に対処し、短剣に持ち替えて三体を瞬く間に仕留める。


そして最後の一撃。

棍棒ごとハイゴブリンの巨体を、一振りで両断した。

クレアは椅子の背もたれに叩きつけられるように座り直した。


「嘘でしょ……」


もう一度巻き戻した。何度見ても同じだった。Eランクのルーキーが、10層のボスを単独で撃破している。それも、力任せではない。あの一振りに込められた技術と威力は、Eランクの冒険者が持っていいものではなかった。


「この子、一体何なの……」


端末の前で、クレアは数秒間動けなかった。頭の中で、ここ二週間の繁忙期に埋もれていた情報が繋がっていく。勇者リーナの個人指導。二週間での異常な成長速度。そして、10層ボスの単独撃破。


胸の奥で、何かが弾けた。

この子だ。私が推薦するのは、この子しかいない。


来月に控えている、あのイベント。年に一度、ルーキーたちの人生を大きく左右するあの舞台へ。

まだ出場条件を1つ満たしてはいないけどあと、一か月もあるきっとクリアする。

クレアは端末から顔を上げ、通信機に手を伸ばした。


「……ギルドマスター、夜分に申し訳ありません。クレアです」


一呼吸置いて、続ける。


「私、推薦したい冒険者が決まりました。」

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