第15話 白雷狼
狼が吠えた。
それは咆哮というより、宣告だった。
金色の瞳が見開かれ、白い毛並みが逆立つ。その瞬間、狼の全身から青白い雷が爆発するように放たれた。
雷はフロア全体に降り注いだ。天井から壁から床から、あらゆる方向に稲光が走り、空間そのものが青白く染まる。轟音が鳴り止まない。
まずは動きを見る。さっきのハイゴブリンと同じだ。攻撃パターンを一つでも——
その思考が終わる前だった。
目の前に、狼がいた。
二十メートルあったはずの距離が、一瞬で消えていた。いつ動いた。いつ近づいた。わからない。ただ、巨大な前足が僕の頭上から振り下ろされていた。
体が命を守るかのように右側へと逸れた。立っていた場所には深い爪痕が抉られていた。
一瞬でも遅れていたら、僕は死んでいた。
速い。ハイゴブリンとは比べものにならない。観察する暇すら与えてくれない。
狼が地面を蹴った。跳躍。四メートルの巨体が宙を舞い、上から僕に向かって落ちてくる。
横に転がって避けた。狼の着地で床が砕け、破片が飛び散る。
距離を取ろうとした。その時、狼の口元が光った。
雷。
青白い光の塊が、狼の口から撃ち出された。
避ける時間がなく、咄嗟に長剣を正面に構えてその攻撃を受ける——
雷が剣に触れた瞬間、全身に電撃が走った。
「がっ——!」
視界が白く飛んだ。筋肉が勝手に収縮する。指が、腕が、足が、自分の意思で動かない。剣を握る手が痙攣している。
まずい。
雷から離れろ。体に鞭を打って横に飛んだ。雷が剣から離れ、痺れが少しだけ和らぐ。だけど完全には抜けない。右腕がまだ震えている。指先の感覚が鈍い。
あの雷に触れたらだめだ。受けるのも、防ぐのも。触れた時点で体が痺れて動けなくなる。
狼がゆっくりとこちらを向いた。次の攻撃が来る。
どうする。
爪の攻撃は速すぎてぎりぎりしか避けられない。雷は受けることすらできない。じゃあ、攻撃するしかない。
狼が前足を振り上げた。横薙ぎ。
避けた。左に体を捻って、爪の軌道から外れる。振り抜いた直後、狼の右脇が一瞬だけ開いた。
ここだ!
僕は踏み込んで、長剣を狼の脇腹に叩き込んだ。
——弾かれた。
剣が弾き返された。手に衝撃が走る。そして刃が狼の毛に触れた瞬間、雷が剣を通じて腕に流れ込んできた。
「くっ——!」
腕が痺れる。剣を取り落としそうになるのを必死に堪えた。後ろに跳んで距離を取る。
だめだ。攻撃しても、狼が纏っている雷に弾かれる。触れた瞬間に電撃が流れ込んできて、こっちが痺れる。
近づけない。触れられない。雷を受けられない。
有効な手札が自分にはない。
狼がゆっくりと歩いてくる。急ぐそぶりはなく追い詰められた獲物を見る目だった。
僕は壁際まで後退しながら、必死に頭を回した。
このままじゃ、何もできずに終わる。剣が通らない。雷が防げない。速さについていけない。
どうすれば
——待て。
一つだけ、思い当たることがある。
さっき。ハイゴブリンを倒した時。あの最後の一振りの時、体の中を白い光が巡っていた。
あの時だけ、棍棒ごとハイゴブリンを両断するほどの威力……まるで剣の威力が別物になった。
あれは何だったのかはわからない。でも、あの状態なら——あの光を纏った状態なら、この狼の雷を超えられるかもしれない。
思い出せ。あの感覚を。
僕は壁に背をつけたまま、目を閉じた。
狼が二十メートル先で止まっている。不思議なことに、攻撃してこなかった。金色の瞳がこちらをじっと見つめている。まるで、挑戦者に対して、猶予を与えるかのように。
意識を内側に向けた。
あの時の感覚。型に入って、全身の集中力が極限まで高まった時、足の裏から背骨を通って、腕を抜けて、剣に流れ込んだ、あの白い何か。
体の奥底を探る。深く、深く。
——あった。
体の中心に、微かに熱いものがある。小さな炎のような、微かだけど確かな熱。さっきは死にかけの極限状態で勝手に溢れ出したそれを、今度は自分の意志で引き出そうとしている。
集中する。その熱に意識を向ける。
じわりと、熱が広がり始めた。足の裏から。背骨に沿って。肩から腕へ。
目を開けた。
長剣を構え直す。刃に白い光が宿っているのが見えた。ハイゴブリンの時よりも強い光だった。
これが僕の唯一の対抗策であり、今出せる最大限の力だ。
狼はそれを確認したかのように、体勢を低くして戦闘態勢に戻っていた。
その狼に向けて、僕は叫んだ。
「来い!」




