氷の魔法
だが、その一撃は届かなかった。ヴィルヘルミナの身体に到達する前に、透明な何かに弾かれたのである。
――氷か。シルヴァもさすがに助けてくれたみたいだね。
ヴィルヘルミナの前方に巨大な氷の棘が複数現れ、道を完全に塞いだ。ウティウム伯の兵はヴィルヘルミナに近寄ることもできない。斧を何度も打ちつけているが、まるで効果がない。魔法に関係なく、氷は人々が思う以上に頑丈なものだ。
――火炎放射器か。無駄だと思うけど。
続いて敵兵は氷に向かって火炎を放った。凄まじい蒸気が発生し、ヴィルヘルミナの視界は真っ白に染まった。その霧が晴れると、氷は表面が少々溶けているだけであった。
首を回せないヴィルヘルミナには見えていなかったが、彼女の背後の火炎放射兵などは、シルヴァが投げた氷の槍に殺されていた。
○
「だ、ダメです! あの氷は破壊できません!!」
「ク、クソッ……! あんなものを作り出せるとは……エルフの方がよっぽど化け物ではないか……」
「魔法の氷だからあれほど丈夫なのでしょうか?」
「いいや、違うな。ただの氷でも、あれほどの大きさならば、壊すのも溶かすのも容易ではない……」
貴族として教養あるウティウム伯には、氷の頑強さと溶けにくさがよくわかっていた。投石器の炸裂弾を直撃させても、あれを壊すのは困難であろう。
「て、敵が、再生していきます!!」
ヴィルヘルミナの再生は始まっている。炭化した肌や肉が剥がれ落ち、肌が純白を取り戻していく。
「間に合いそうにないな……」
氷を少しずつ破壊できても、ヴィルヘルミナが完全に再生するのに間に合いそうもない。
「向こう側に行けないわけではありません。兵を出しますか?」
「いや、やめておけ。無謀だ」
向こう側に行く手段も全くないわけではないが、壁を伝って移動したり、あるいは梯子を掛けて氷を乗り越えたりしては、隙を晒しすぎる。ことごとく殺されて終わりであろう。
「こちらの火炎放射器は健在です! 奴を足止めすることはできます!」
「そうだな。とは言え、反撃もできないのでは……」
「反対側から反撃しましょう! あの吸血鬼も、ここに引き寄せておけばいいのです!」
「それはよい策だ。向こう側の槍使いならば、まだ相手にできるか……。それに賭けるぞ!」
「はっ!」
氷の壁を火炎放射器で溶かさせながら、ウティウム伯はグレーテルの側に戦力を集中させた。
○
「まったく。次から次へと湧いてきますね」
グレーテルが討ち取った敵は五十を下らないが、敵兵は次々と湧いてくる。グレーテルはヴィルヘルミナにも引けを取らないほど強かったが、ヴィルヘルミナのように敵を怯えさせるのには向いていない。
「我こそは槍のジョヴァンニ! お相手してもらおうか!」
「おやおや。威勢のいい方ですね」
同じく槍を持った、下級貴族と思われる戦士が姿を現した。貴族を武術の訓練に時間を費やす余裕があるので、ただの農兵や騎士よりは強いだろう。
「覚悟!!」
迷いなく槍を構え、戦士がグレーテルに向かって突撃する。
「遅いですね」
「何ッ……!?」
グレーテルはどうということもなさそうに槍を逸らし、そのままジョヴァンニと名乗った男の胸に槍先を突き立てた。もちろんただの人間が生きていられるはずもない。
「わざわざ名乗る割には大したことないですね。次は誰が相手ですか?」
兵士たちがグレーテルから距離を取る。どうやら槍のジョヴァンニはそれなりに名の通った豪傑だったようだ。とは言え、やはりヴィルヘルミナの時のような全面的な戦線崩壊には至らない。
「……増援が来ていますか。早く終わらせねば」
「グレーテル、調子が悪そうだね」
「シルヴァ様……。何か策はありますか?」
ヴェロニカに背負われたシルヴァが増援にやってきた。グレーテルは自分自身の武功などに興味はない。勝てればシルヴァの手柄になろうと一向に構わないのだ。
「私の魔法は直接攻撃には向かない。氷の棘を人に直接刺すのは難しい。特に複数相手では」
「さっきの魔法で壁を造ってしまえばいいのではありませんか?」
ヴェロニカが提案したが、グレーテルが否定する。
「もう少し敵を押し込まねば、攻城塔の安全が確保できません。その後に壁で塞ぐのは良い手ですが」
「そうですか……」
「何をぺちゃくちゃと話している!!」
敵兵が数人襲ってきたが、グレーテルは即座にその首を落とした。
「あっちの氷が溶けても、ヴィルヘルミナなら何とかできそうだけど、早めに終わらせたい」
シルヴァが氷を出せる距離は最大で二十メートルほどだ。
「ええ。私の魔法で――いえ、シルヴァ様、この辺りに転がっている死体を氷で串刺しにできますか?」
「できるけど」
「お願いします。できるだけ高くしてください」
「敵を脅したいのか。どうなっても知らないけど、やってあげるよ」
シルヴァに生きている兵士を串刺しにして殲滅する能力はない。だが敵がそう思い込んでくれれば、この戦いは勝ちだ。




