不老の魔女
「ここまでバレたんだし、君のことを教えてくれないかい?」
「――いいでしょう。私が何であろうと、陛下にご迷惑を掛けるものではありません」
「意外と素直だね」
グレーテルが自身の不老を認めたことで、彼女の供回りとヴェロニカに緊張が走る。吸血鬼は化け物としては比較的ありふれた存在で、その力を恐れられることこそあれ、不気味がられることは少ない。それに対してグレーテルは、何もかもが謎に包まれた存在であった。
「そうは言っても、大して面白い話ではありません。ただ、大昔の私が、魔力を肉体に取り込むよう作り変えられたというまでです」
「ほう。詳しく教えてくれるかな?」
ヴィルヘルミナとしては看過できない言葉であった。かなり邪法に近い術式であることは間違いない。
「魔力を物体に浸透させる魔法……あなたならご存知でしょう?」
「もちろん」
「魔導弩などで使われている魔法ですか?」
「そう捉えていただいて構いません。魔法の使えない者でもある程度の魔法が使えるようになる技術と等しいものです」
魔導弩などの魔法兵器は、誰が扱っても差が出ないよう、魔法を使える人類が事前に魔法を染み込ませてある。魔法に長けた人材の確保はどの国でも死活問題だ。
「そんな魔法が、グレーテルさんの不死性と何の関係が……?」
「魔力を浸透させる魔法の使い道など、それほど多くはないと思われますが」
「まさか君自身に使ったとでも?」
「はい、その通りです」
「……そう」
――ロクでもないことをしてるのは確かか。
ヴィルヘルミナの感覚としては、鉄の鍛造を人間に施しているようなものである。まともな人間であれば思いついても実行はしない。魔法にそれなりに詳しいヴェロニカも、彼女の言葉に顔を青くしていた。
「それは、無理やりやられたのかい? それとも自分で進んでやったのかい?」
「もしも無理やりだったとしたら、今なお北方正帝に仕えている道理はありませんかと」
「それは確かに。で、そんなことを望んだ理由は?」
「時を越え、未来永劫に皇帝家にお仕えすること。ただそれだけです」
「その理由は?」
「あるお方に命を救われたというだけです。ありふれた話ですよ」
「そうかい」
ヴィルヘルミナも秘密をいくつも抱えている。グレーテルの動機を問い詰める気はなかった。
「それで、そんな魔法を使ったら、不死身になるのかい?」
「私は不死身などではありません。寿命がなくなっただけです」
「なるほど。じゃあ強力な魔法が使えたりするのかい?」
「そうですね。一般的に言えば、強い魔法が使えると言えます。例えばこのように」
ゲルトルートは右手に長槍を作り出した。一見して大した魔法ではない。武器を作り出すくらいヴィルヘルミナには造作もないことだ。ポメレニア辺境伯にもできる。だが、一つだけ気になることがあった。
――速い。私の目にも留まらないくらい一瞬で生成した。
吸血鬼の動体視力だけが、その差を認識できた。その槍は文字通り一瞬にして作り出されたのである。だが、ヴィルヘルミナはあえて気づかなかったことにした。
「そこそこの魔法だね。で、その力を北方帝のために使っていると」
「はい。そうなります。もっとも、私が魔法を使う時は、陛下の御身に危険が及んだ時だけですが」
「それはいい使い方だね」
「はあ」
「化け物とは、その行為によって定義されるものだ。君は化け物ではないってことだよ」
「……そうですか」
どんな力であれ、使い方が全てなのだ。グレーテルの場合であれば、ヴィルヘルミナは特に問題としない。
「それにしても、魔力を人間に浸透させるなんて普通じゃないが、君は大丈夫なのかい?」
「そ、そうですよ! そんなの、副作用がないわけがありません!」
それは皮肉のつもりでもなく、純粋な心配であった。
「時折魔力が暴走して骨を砕かれるような激痛に見舞われますが、特に問題ありません。強いて言えば魔力の補充が定期的に必要なのは欠点でしょうか」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。大丈夫じゃないだろ、そんなの。吸血鬼でもあるまいに。本気で言ってるのかい?」
――ただの人間が、そこまでやるのか……?
心臓を自分の手で抉り出すことを躊躇わないヴィルヘルミナでも、グレーテルから淡々と語られる内容には戦慄せざるを得なかった。
「もう慣れました。あなたがどれほど生きているのかは存じ上げませんが、私も数百年生きていますから」
「それを聞くと、私よりよっぽど化け物だと言いたくなるね」
「そ、そんなの、グレーテルさんは、それでいいのですか……?」
「不老の代償としては、大したものではありません。この力で皇帝家に尽くせるのなら、十分割に合っています」
「それほどまでに、皇帝家への忠誠心があるのですか……?」
「無論です」
「それについては、君だって割とグレーテルと似たようなことを言ってたと思うけど」
ヴェロニカも、ポメレニア辺境伯領に未来永劫に奉仕することを目的に吸血鬼になったのである。そういう点では似た者同士だ。
「永遠に忠義を尽くすという気持ちはよくわかります。ですが、グレーテルさんの場合はいくらなんでも……」
「痛み程度で私の忠義が揺らぐことはありませんよ。そんなことより、あなたたちは何者なのですか? どうしてこんな場所に?」
「おっと、自己紹介がまだだったね。私はヴィルヘルミナ。こっちは私が血を与えたヒルデガルトだ」
もちろん偽名である。ヴェロニカはつい最近病死したということになっているので、迂闊に名前を出すわけにはいかない。




